追跡
あれからどれだけ経っただろう。纏っていたコートも怪物の血に濡れ、腐臭を漂わせ、不快にさせる道具と化した。
手にした『鈍』も怪物の血を滴らせる。だが、そんな事など関係ないと、懐を漁り、携行食糧を口にする。
「・・・・残り二つか・・・」
異常に慣れたというよりも慣らされたサンゴは、異常であろう中でも冷静に自身の未来を想像する。
「このままだと、数時間後には怪物を食べないといけないな」
そして、今迄倒してきた者達を候補に上げ、
「ん~~オークって臭そうだなぁ・・・」
不味そうな怪物の姿に、溜息をついた。
新たに手に入れた『夜目』のスキルのお陰か、暗闇でも然程苦にしなくなった為、不利は感じなかったが、
如何せん数の暴力には手を焼いた。それに、塔は外観と違い、内部構造は湾曲しているのか、その広さは桁違い。
容易に、上へと上がれると思っていたが、そう甘い筈も無く。上へと上がる階段も複数存在する様で、
各々の階段には、階段を守る『階層守護者』が存在した。サンゴとしては、そのどれかを撃破し、上らねばならなかったが、その行動を『直感』が妨げた。今はまだ・・・と。
サンゴもその声に従い、対象を鑑定した処、
〔オークの決闘者:レベル16 彼我戦闘力・・・危険。撤退を推奨〕
と、出たものだから、諦めて他の階段を探しつつ、経験値を稼いでいた。
村に居た頃ならば、考えられない事だったが、この塔に着いてからというもの、何処か力が沸きだすのを感じていた。
そして身についたというか、諦めたと言うべきか、分からない事は調べてしまえと、自身に手を当て『鑑定』を発動させた。『鑑定』が人であれば、酷使され文句の一つでも述べただろうが、そんな事も無く、淡々と、
〔六業の村三十五番目の子供、通称サンゴ。先天性魔力欠乏体質・・・別称『魔力吸収体』塔内部における生存率高。
塔の内部の魔力を取り込み、異常成長。却って、塔の外では凡人以下〕
と、情報を吐き出した。
「魔力・・・吸収体?」
つまるところ、魔力の薄い塔の外で幾ら戦おうと、レベル2以上に上がる訳が無かったのだと『鑑定』は語る。
ジョルドが語っていた様に、ゴブリン、オーク等の怪物が元々塔の住人であるならば、外に居る者達は連れ出された者。ならば、彼等が持つ魔力などたかが知れている。村人達が倒すのならば、充分であろうが、『魔力吸収体』である、サンゴにとっては腹の足しにもならなかった。その為、成長は止まっていたのだろう。
「・・・つまり、僕は此処でなら生きられる?」
(いや、違う・・・此処でしか生きられない・・・か)
結局、塔でしか成長できない壊れた個体であると認識し、目標を見定めた。
「階段を上がれる位には、強くならないとね・・・」
◆
「大人しく食われろぉおお!」
『ッギュウウウ!』
オークの決闘者は声を荒げ、サンゴの一撃を巨大な斧で受ける。却ってサンゴは『鈍』で浅く斬り付け、傷を増やす。
だが、オークとて決闘者という名を持つ者。簡単に屈するものかと、斧を振り上げ、振り下ろす。
流石にその巨体、振り下ろす度に旋風が舞い、サンゴの行動を阻害する。
「っち! 知能が高いのか」
こんな事ならば、知能の数値を見ておくべきだと思ったが、『鑑定』が、弱い等と後押しした為、戦う破目となった。
そんな悪態に応じるべく『鑑定』スキルが、相手のステータスを表示し、如何だとばかりに謝罪を要求した。
「ごめんなさい! 消して! 前が見えなくなるから!」
視界が防がれた中、『直感』スキルが、『危機察知』スキルを併用し、逃げるべき場所へと誘導する。
サンゴもその気配に従い、大きく跳び退る。危機を脱した事に息を吐くが、最大の敵は己の内か?
『鑑定』スキルもやり過ぎたと思ったのか、ウィンドウを消去し、弱点を指し示す。
〔流血による行動遅延発生。対象の能力25%減〕
斧の一撃は脅威であったが、速度差を生かした戦術により、戦いの結末は見えた。
その事を、オークの決闘者も悟っているのだろうが、階層守護という大役を任せられた自負か、
『ッギュァアアアア!』
と、『鼓舞』を己に放ち、知能を下げ、力へと変換する。
〔『鼓舞』による、攻撃力強化・・・知能低下による能力減、対象の戦闘力低下〕
サンゴを手こずらせていたのは、知能から派生した技の数々。それを失っては、意味は無い。
斧を上段へと掲げ、一撃を狙うオークに対し、サンゴは愚直にも突撃を敢行する。
オークも最後の一撃と、全身の筋肉を硬直させ振り下ろす。それは失われたと思われた知能の一滴。
駆け引きともとれる一合。このまま行けば、斧の到達点は、サンゴと重なる。
サンゴを引き裂く幻想に、オークが笑うと共に、サンゴの姿が霞んで消えた。
『ッゴオオオオ!?』
オークは驚愕に悲鳴を漏らし、止まらぬ攻撃に、大地は陥没する。
何処へ行ったとばかりに視線を漂わす中、一条の煌きが懐より漏れ出でた。
オークに残った僅かばかりの知性が、危険を察知した時には最早遅く、オークの懐より駆けたサンゴは、
オークの腹部を切り裂き、その刃は喉下を突き抜け駆け上がる。
『ッグゴッガァア!!』
オークは絶命の最中、己を倒した者を見て、小さいその背中に賞賛の声を送る。
それは、誰にも聞かれぬ事の無い声ではあったが、最後の戦いに相応しいと、戦士は瞳を閉じた。
〔対象・・・生命反応停止、食糧確保〕
だが、そんな事は『鑑定』スキルには関係ないとばかりに、先程の失点を取り戻そうと声を上げる。
『直感』は何処か、呆れた様子で疲れを示し、サンゴは生き残れた現状に息を吐く。そして・・・。
「頂きます!」
と、手を合わした。
◆
「すまないが、この男を知っているか?」
少々慌てた様子で、シキが周囲の男達にサンゴと並ぶ男の姿を塔の壁面に映写して見せた。
男達にとってそれは未知の技術であったのか、珍しそうに野次馬も集い、あれよあれよと人の山。
シキも自身の失策に頭を抱えたが、野次馬の中の一人が、何やら頭を捻り呟く。
「ん? この顔・・・・はぐれ者のフルドか?」
「知っているのか!?」
失策と思えたが、耳目を集めただけはあったのか、その者を逃がすまいと、シキは顔を寄せる。男も驚いたのか、
「あっ・・・ああ、多分十階層より下を狩場にしてる奴だと思うぜ」
と、呆気に取られた表情で声を漏らす。情報が得られれば最早用は無い。シキは踵を返すと、転移門へと駆け出す。
「すまない、助かった!」
「お、応・・・気をつけてな」
そうした短い会話を残し、シキの姿は転移門より消え去った。
微かな浮遊感を感じ、瞳を開くとそこは二階層と呼ばれる場所。新人達がひしめく中で、シキは勝手知ったる他人の家とばかりに、間を駆け抜けて行く。
間を抜かれた者達からすれば、一陣の風。何事かと風の所在を眺めるが、その時には遥か彼方。
異形の怪物達も恐れをなし、運悪く進路を阻む者は亡骸を晒す。
「な・・・何だあれ?」
「さ、さぁ?」
新人達は、自身と掛離れた存在をただ漫然と見送った。