発現
「・・・ふぅ・・・」
一端、危機を脱した事で、張り詰めた糸が切れたのか、溜息を漏らす。
しかし、結果として危機は去っておらず、身につけた衣服は血まみれ。他に着る物が無いとなれば、冷え冷えとした寒さ故に、脱ぐ事も出来ず、ゴブリンに狙われる事は、目に見えていた。
ならば、戦闘に為る前に何が出来るのか? その事を知らねばならぬと、現在の装備と状況を探る。先ずは、状態確認と、ゴブリンの血を浴びた事による変化を危惧し、『ステータス』を開く。
それは、何時も見慣れた『ステータス』の項目。村の誰よりも劣り、蔑まれる原因。
見るたびに、自身の矮小さを自覚する、残酷な現実。この世界において、人は、自身の力を数値として判断する事が出来た。それは、一見有益に見えたが、己の限界を知り、絶望する切っ掛けともなる。戦闘による経験において、同じ年の者が、力をつけたというのに、サンゴの能力は平均以下。伸びぬ者に用は無いと、切り捨てられるのも当然と言えた。
心の傷とも言える『ステータス』画面を何処か希薄となった視界が捉え、必要な情報を確認すべく、思考と思いを切り離す。
(・・・状態異常は無し・・・怪我も無い、なら問題は―――?)
状態異常も無く、『ステータス』を閉じようとしたその時、項目の端に、何やら見慣れぬ矢印の点滅に気づく。今まで見た事も無い表示の為、一瞬躊躇い、意を決して指で払う。
「・・・スキル・・・?」
それは、ジョルドの話に出ていた『スキル』の項目。
スキルを持たぬサンゴにとって、見知らぬのも無理からぬ事。
そして、スキルの頁が追加されたという事は、スキルを身につけたという事。
本来であれば、鼓動は高鳴り、胸躍らせる事態に身につけたスキルが効果を発揮する。
「・・『冷静』と、『交渉』?」
サンゴの見つめるスキルの項目。そこに書かれた『冷静』と『交渉』二つの文字。
その二つを結びつけるのは、フルドとの会話か? あれだけで身につけたとは、信じ難い。だが、だがそれ以外無かろうと、何処か『冷静』に判断する。
フルドとの会話。その途中より、自分が自分で無いような感覚に捉われていた。
恐らく、その時よりスキルは発現していたのだろう。
脱出への糸口としては、か細い希望ではあったが、それこそが大事なのだときっとシキは語る。
ならば、生き抜く糧とするべく、行動を開始する。
自身の現状は把握した。ならば、次は装備の確認。ジョルドより渡されたリュックを開くと、内容物を調べる。
「回復剤、簡易食糧が数点・・・それに、麻のコートが一つ」
この様な事態を想定した物ではないだろうが、ジョルドの好意をあり難く受け取りコートを被る。
此れだけで匂いを遮る事は不可能。しかし、垂れ流す匂いを防ぐには役に立つ。
「後は・・・門番さんから貰った『ランタン』と、僕の武器・・・『鈍』」
スキルを手にし、何か変化があるかとも思ったが、手にした小太刀は何も変らず黒い刃を光らせる。幼少の頃より何の力も発現せず大人達より『鈍』と名づけられた己の半身。
その刀身に視線を落とし、困難を乗り越える決意を咆える。
「・・・僕とお前で見返してやろう」
サンゴの声に『鈍』は何処か鈍く光を放った様にも思えた。
『・・・ギャガァアアア!』
だが、塔の怪物達にとっては、生き抜く決意など、何の意味もない。
ただ食らい殺すのだと怪物の咆哮は告げていた。
『冷静』スキルを覚えていなければ、咆哮に当てられて、無様に逃げ惑っていた事だろう。
その点では、フルドが原因とは言え、彼との会話は有益と言えた。
ゴブリンの咆哮は、周囲の壁を反響し正確に位置を測る事が困難。
ならばと、音の出所を探る為、耳に手をやり一方向の音を探る。
顔を左右に振る中で一箇所、音の空白地帯を見つけ出す。
集団で狩りをするゴブリン。なら、この音の切れ目は、包囲の切れ目と当たりをつけ、コートを翻し、全力で駆ける。
足音が、濡れた地面を叩く中、ゴブリン達の包囲も狭まる。
『ギャガガッガガ!』
運悪く近くに居たのか、一匹のゴブリンが、槍を手に攻撃を繰り出す。
「っく・・・!」
ゴブリンの槍をフードで絡めると、右手で払う。
『ギャ!?』
身につけた『冷静』スキルの恩恵か、ゴブリンが持つ槍を見て、脅威では無いと判断した結果であった。そうして最小の行動で防いだ恩恵か、何が起こったのか理解出来ず、呆気に取られる怪物に対し体を詰め、『鈍』で喉を掻き切る。
『・・・ガッフガ・・』
次第に力を無くし、崩れ落ちる様を眺める事なく駆ける。
背後で何かが崩れる音と共に、怒りの声が上がったが、この距離ならば問題無いと速度を増す。
風を切り走る中、突然の異臭に嫌な予感を覚え足を止める。
その予感は正解だったか、眼前の地面が突如として爆ぜた。
異臭と共に爆ぜたのは、何かの肉片。バラバラと散る中に、獣の様な欠片を見つけ、足を止める。
「・・・地雷ネズミ!?」
それは六業の村でも何度か見かけた異形の獣。
体内に含む微量の具象石を爆発力とし、爆裂する天然の地雷。
己が命を賭してまで、敵を殺す殺戮衝動。多数を生かす為に、死に往く怪物に、人々は恐れ、
地雷ネズミと名をつけた。地雷ネズミの巣は天然の地雷原、ならばこそゴブリンも立ち入らず、
空白地帯となっていたのだろうと、今更ながら理解する。
ゴブリンにとっては庭とでも言う様に、周囲の気配は狭まり、狩りの予感に、
『ギャギャギャ!』
と、笑いが起こる。
「・・・やられた」
退路は断たれ、進む先にはゴブリンの軍団。ゴブリンからすれば時は味方、このまま包囲網が完成すれば、死は免れない。ならばこそ、今動くべきだと何かが訴える。
薄暗い視界の中、パシャパシャと音を響かせ迫る者達。
そして、怪物の肩越しに見えるのは、ゴブリンの上位種『ゴブリンの統率者』
迫る死の予感に、冷や汗を流し生き残る方策を思考する。
(後ろは地雷、前はゴブリン・・・・如何する、如何する? 何か、何か・・・)
自身の持つ物を順番に思い浮かべては、消し、思い浮かべては消していく。
そうした内に、手が自然と『ランタン』を掴む。
一瞬痺れる感覚と共に、『ステータス』とは違う情報が浮かび上がる。
〔具象石ランタン 動力として、使用者の精神力を使用。経年劣化による異常あり。過剰供給による爆発の危険性〕