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7.修学旅行3

「ハル、……ハル、朝だよ」

 初日の夜、夕食の後にハルの様子を見に来たけど、ハルは眠っていた。ハルはオレが部屋を出た後、程なく眠りに落ち、そのまま朝まで眠っていたと言う。

 大丈夫と思いつつも聞いてみると、夜の薬はもちろん起こして飲ませたとのこと。そりゃそうか。

「ハールー、朝だよ〜」

 間もなく朝食の時間。それが終わると、班での自由行動が開始される。

 体調が悪いのなら、ここで休んでいれば良い。朝食も部屋でおかゆか何かをもらえば良い。

 だけど、ハルがこの自由行動を楽しみにしていたのを、オレは知っている。朝の薬も飲まなきゃいけないし、ハルを起こすべく声をかける。

 里実さんがいるから、オレは必要ない? なんて後ろ向きなことは考えないことにしてる。

「ハル、おはよう」

 数度声をかけた後、ハルのまぶたがふるりと震え、ハルはぱちっと目を開けた。

「……カナ?」

 ハルは不思議そうにオレを見て、それから辺りの景色を確認した。

 病院でだったり、自室でだったり、寝起きにオレがいるのにはハルは慣れている。だけど、旅館の一室という状況には一瞬、混乱したらしい。

 ハルのじいちゃんちは完全に伝統的な日本建築だけど、ハルが泊まる部屋だけは洋風にしつらえてある。もちろん、寝るのは布団ではなくベッド。

「おはよう。修学旅行二日目だよ」

 オレが言うと、昨日のことを思い出したようでハルはふわっと笑顔を見せた。

「おはよう」

 それから、身体を起こそうとするので手を貸した。

「ありがとう」

 にこりと笑うハルは、思っていたよりずっと元気そうで、オレはホッとして、ハルの頰におはようのキスを落とす。

 そのまま、ハルをぎゅうっと抱きしめる。

 うっとりとハルを堪能していると、後方からコホンと咳払いの音。

「あ」

 忘れてた。

「朝から、見せつけてくれるわね〜」

 里実さんは爽やかに笑い、里美さんの存在をすっかり忘れていたらしいハルは、真っ赤になってうつむいた。

 オレは

「貸しませんよ? 帰ってから旦那さんと楽しんでください」

 と言って、ハルを抱く腕に力を入れる。

 里実さんは爆笑、ハルからは「カナのバカァ」という不名誉な言葉を頂戴した。


 その後、ハルはオレと一緒に食堂に行き、一人別メニューで用意してもらった卵がゆを食べた。

 思いの外、元気そうなハルに、志穂と斎藤はもとよりクラス全員が喜んだ。


 出発前には誰が提案したのか、うちのクラスだけが旅館前で記念撮影。

 カメラの中身を確認して、「この写真全員に送るから!」のクラス委員のかけ声で、ようやく解散。

 担任の「気をつけろよ! 羽目外しすぎるなよ!」の言葉に見送られ、他のクラスから少し遅れて出発した。

 少しなら羽目を外しても良いんだろうか、と思ったのはオレだけじゃないに違いない。



  ☆  ☆  ☆



 里実さんは旅館で待機。

 ハルの体調次第では同行予定だったけど、

「絶対にムリしないこと。具合が悪くなったらすぐ帰ってくること」

 という注意だけで、班行動がOKになった。

 加えて、密かにオレは、もしもの時に駆け込む病院名と連絡先を聞かされている。

 ハルは万全の体調ではないけど、四人だけで班行動ができるってのは、オレたちの中では最高に近い状況。

「じゃ、行こうか!」

 志穂の元気な声で、自由行動がスタートした。


 最初の移動は路面電車。

 新幹線より揺れるのは間違いない電車という乗り物。それだけに心配していたけど、ハルはゆっくり流れる景色を楽しむ余裕すらあり、正直ホッとした。

 数駅乗って、向かう場所は天主堂。ハルが一番行ってみたいと言っていた場所。

「え? わたし、斎藤くんと乗るの?」

志穂が指さす先には人力車。

坂道をハルが歩いて移動するのはムリってことで、予約済み。

「そうそう」

「えー。陽菜と女同士で……」

 と志穂がハルの腕を取る。

「体重バランス考えろって」

 オレがすかさず言うと、斎藤も「確かに」とうなずいた。

 志穂はオレと斎藤、それからハルの三人の間に視線をさまよわせた後、唇をとがらせつつも、

「りょうかーい」

 と言った。

 何しろ、オレも斎藤も身長百八十センチ超。重さを考えても座席の広さを考えても、男女ペアにするのが道理だろう。

 ……本当はただオレがハルと乗りたいだけだけど。

 だから男女でペアになると、左右のバランスが悪い気がするのは、気のせいって事にしておいた。

「すごいね、カナ」

 人二人乗せて坂を登る車夫を見て、ハルが目を丸くする。

「すごい力だよな?」

「なんか……降りなきゃ申し訳ないみたい。車だけでも重いのに」

 確かに、すごい筋肉使ってるの見えるし、かなり汗をかいてるのが分かる。

「けど、ハル、それを言ったら、人力車の需要なくなるから」

 と思わず笑うと、ハルも「そっか」と笑った。

 それを聞いた車夫のお兄さんも、

「そうそう! 気にせず、せっかくだから楽しんで!」

 と声を上げた。

 人力車は思いの外乗り心地が良く、見晴らしも良くて、頰をなでる風が気持ち良かった。

 風のおかげかハルも酔うことなく、無事、目的地に到着。

「気持ちよかったねー!」

 志穂がハルの手を取る。

 だから、その手はオレのだって……と主張しようとしたところで、後ろから声をかけられた。

「あ、ずっりー、なに、叶太、人力車なんか乗ってるの」

 同じクラスの別の班のヤツら。男ばかりの四人組、幸田和樹他3名。正直、ちょっとむさ苦しい。

 クラスの雰囲気が良かったからか、自由にさせてもらえた班決め。

 大半は男だけ、女だけで、男女混合になったのは数班だけだった。

「サイコーに気持ちいいぞー。お前も後で乗ったら?」

「そんなに? じゃあ、帰り便で乗せてもらおうかな……」

「あ、これはダメ。貸し切り中。別の頼んで」

「うわ、ムカツク。なに、それ」

 和樹が笑いながら、オレをこづいた。

 確かに高校生が人力車貸し切りって、結構リッチだ。だけど本気で怒ってる訳じゃない、ただの冗談なのに、ハルが隣で申し訳なさそうな顔をして、口を挟んだ。

「ごめんね」

 ハルの言葉と申し訳なさそうな表情に、ようやく人力車の理由を悟ったらしい。

 和樹はしまったという顔をした。

「あー、なるほど。ハルちゃん、歩くの苦手だもんな」

「うん。……この坂はちょっとムリそう。人力車お願いしておいて良かった」

「だよな。うん、しっかり活用して。ムリすんなよ?」

 和樹がハルの頭に手を伸ばし、髪に触れる前に、オレがぺしんとはたき落とした。

 それを見て、ギャラリーは、

「幸田、おまえ、分かっててわざとやってるだろ」

 と吹き出した。

「叶太も相手にすんなよ」

「なあ? 少しくらい触らせてくれたって、良いよな? 減るもんじゃなし」

「……減るし」

「え! 叶太の愛情が!?」

 わざとらしく、和樹が大げさに驚いた顔をする。

「それは1ミリたりとも減らないからっ!」

 オレが速攻言い返すと、ハルを除く全員が大笑い。

「も……やだ」

 ハルだけがオレの背中にしがみついて、顔を隠した。

 そう言えば……、と他三名のうちの一人が後ろを振り返り、指さした。

「牧村、この階段もかなりキツイけど、……大丈夫?」

 指の先には、長い長い石造りの階段。それに目をやり、ハルは眉根を潜めた。

「三階分、くらい……かなぁ? が、学校で一年の教室に行くと……思ったら、何とか」

 うちの高校の校舎は古くてエレベータが設置されていない。一年生の教室は三階にあり、去年一年間、ハルは毎朝、毎夕、途中で何度か休みつつ、その階段を上り下りしていた。三階分を一気に上がりきれず、途中で休むハルの姿は、割と良く目撃されていた。

「あ、階段はオレがおぶってくから大丈夫」

「え?」

 三階だろうが二階だろうが、ハルの具合が悪い時には、オレが保健室まで抱いて運んでいる。今日もお姫様抱っこでもかまわないけど、それも微妙かなと思って、おんぶを提案。

 はなから、こんなキツイ階段をハルに上らせる気はない。

 学校でだって、毎日オレが抱いて上りたいくらいだけど、ハルが嫌がるからしないだけだ。

「でも、ゆっくりなら、自分で上れるよ?」

 ハルは驚いたようにオレを見上げて言う。

 けど、オレが日々身体を鍛えてるのは、こんな時のためと言っても良いくらいだ。

 この腕力を今使わなくて、いつ使う?

「まだ最初の観光地だろ? 体力温存しとけよ」

「路面電車も、人力車も乗ったし……」

「ハルー、それも確かに観光名物だけど、移動手段でしょ?」

 ってか、それも観光として、ここで階段登って、バテて観光終了って選択肢はないと思う。

 恥ずかしさと申し訳なさから、遠慮しようとするハル。

 それを見て、和樹がハルの耳元に小声で一言。

「ありがとう、大好き、ちゅっ……で、叶太はここ十往復でも軽くすると思うよ」

 その言葉に真っ赤になったハル。

 うん、確かに、おんぶした背中ごしにハルがそんなことしてくれたなら、どこまででも行ける気がする。

 ……つーか、和樹、ハルに近寄りすぎだっつーの。

 オレの剣呑な表情を見て、和樹はクスクス笑いながらハルから離れ、手を振った。

「じゃ、また宿で!」

「ああ、夜にな!」


 ハルをおんぶして長い階段を上り終えると、さすがに少し汗をかいた。

 日頃、部活で鍛えている志穂も斎藤も、オレたちの荷物を持って余裕で登る。

「カナ、ありがとう。……大丈夫?」

 ハルはポケットからハンカチを出して、オレの額に手を伸ばした。

「大丈夫、大丈夫」

「ごめんね?」

 ハルが謝るもんだから、つい、

「オレ、それよりお礼が欲しいな」

 と、ぎゅうっとハルに抱きついて、ちゅっと、頰にキスをした。

「カ、……カナ!?」

 突然、何するのと言うように、ハルは慌ててオレから離れる。

 ハルの目はまん丸で、頰は真っ赤。

「あはは。和樹が言ってたお礼は、ハルにはハードル高いと思って。だから、オレの方からもらいに行くことにした」

 天主堂内に入るべく、ハルの手を取り、

「愛してるよ、大好き」

 と、ささやくと、ハルは更に赤くなった。

 オレがハルを堪能していると、

「はーい、そこー、イチャつかなーい」

 と、志穂乱入。

 ハルを志穂に取られ、仕方なく二人の後ろから斎藤と堂内に入った。

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