未練と祝福3
しばらくは、木陰からコソッと新しいドレスを着た陽菜ちゃんを覗き見た。
ピンクとも水色ともつかない淡いパステルカラーのドレスを着た陽菜ちゃんは、広瀬先輩と一緒に会場の中心に置かれたソファで幸せそうに笑っていた。
楽しげに笑いながら口元に当てられた細っそりした指に、何かがキラリと輝いた。
ああ、きっと婚約指輪だと、ジッと見てはみるものの遠くて輝きしか分からなかった。
陽菜ちゃんをこっそり見ながら、晃太さんが持って来てくれた料理を食べ、ノンアルコールカクテルを飲む。
それがあまりに美味しすぎて、本当はもらった分だけで満足しておけば良かったのに、もう少し……とつい端っこのテーブルに向かってしまった。
そんな風に欲張ってしまったのがいけなかったのだろうか?
木陰からそっと見るだけで良かったのに……。
「あれ、お前、一ヶ谷じゃね?」
「ホントだ、横恋慕くんじゃん」
「え!? まだ諦めてなかったの、お前!?」
気が付くと、広瀬先輩の友人と思われるの皆さんに囲まれていて……。
さすがに招かれざる客だと自覚しているオレが、しどろもどろに受け答えをしている内に、気がつくと目の前には、若干険しい顔の広瀬先輩が立っていた。
「あの! オレ、別に邪魔しようとか、そう言うんじゃなくて!」
思わず、広瀬先輩の顔を真っ直ぐに見て訴えていた。
オレは、去年、陽菜ちゃんにひどいことをしたと、本当に心から後悔している。だから、本当に他意はないんだ。
この上、結婚式をぶち壊しに来たなんて思われたくない。いや、思って欲しくない。きっと広瀬先輩の人生で一番幸せな日である今日を、オレのせいで曇らせたくなかった。
「ただ……遠くからで良いから、陽菜ちゃんが幸せになるところを見たくて……」
広瀬先輩は何も言わない。何も言わずに、オレにしゃべらせてくれた。
「で、教会で陽菜ちゃんのウェディングドレスを見て、幸せそうな姿を見て、で……、打ちのめされてたんだけど、」
そこで、広瀬先輩とオレを取り囲むように見守ってくれていた三年の先輩たちの何人かがプッと吹き出した。
「オレ、ボンヤリしてたら、陽菜ちゃんのお兄さんが来て……」
「え? 明兄がお前をここに連れて来たの!?」
広瀬先輩は驚いたように目を見開いた。
「あ、そうじゃなくて、お兄さんは反対してたけど、晃太さんが……」
「兄貴か!」
広瀬先輩はそう言って、額に手を当て、はあっとため息をついた。
「……まあ、兄貴が連れて来たんじゃ仕方ないか」
ったくもう、とか何とか文句をつぶやきながらも、広瀬先輩はそう腹を立てているようには見えなかった。
そうして、先輩は真顔でオレに向き直った。
「で、ハルのことは諦められたか?」
思わず、ウッと右足を一歩後ろに引くと、先輩はまた大きなため息をついた。
「全然、諦められてないじゃん」
申し訳ない。そう思えて仕方ないけど、嘘でも諦められたとは言えなかった。
「……ウェディングドレス見ても、幸せいっぱいの陽菜ちゃんの姿を見ても、無理、でした」
苦虫を噛み潰したような顔をする先輩に、ヒューヒュー、「モテる奥さんを持つとツライね〜」なんてヤジが降りかかる。
「…………あ、の、」
「ああ〜! もう!」
オレが何か言おうと口を開くとほぼ同時に、先輩はグシャッと自分の髪をかき乱すと、はあ〜と大きく息を吐いた。
「もういいよ」
「……はい?」
「もういい」
「……っと、何が?」
「これまで、お前以外のヤツがハルにちょっかいかけて来なかった方が、奇跡的な幸運だったって事だろ?
だって、あんなに良い子なんだぜ、ハル。誰より可愛くて、底抜けに優しくて、思いやりに満ちあふれていて、更に頭もいいんだ。
多分、これまでだって、ハルに惹かれた男はいたんだよな。ただ、オレがいたから遠慮してくれただけで。
一ヶ谷は、たまたま、オレのことを知らないままにハルに出会って恋をした。そりゃ、惚れるよな?」
広瀬先輩はため息混じりに独白する。
「で、色々あって、ハルに相当酷いことをした」
一瞬の間の後のその言葉に、ゴクリと息を飲む。自覚しているし反省もしているけど、改めて聞くと胃がギュッと締め付けられる。
「でさ……多分だけど、ハル、お前のこと、サラッと許したんだろ?」
強い瞳で見つめられて、思わず頷く。
「……そりゃ、忘れられないよな」
広瀬先輩は、はあーっとため息をつく。
「いいさ。ハルがオレしか見てないのは間違いないから」
その言葉に、これまで静かに見守っていたギャラリーが騒ぎ出す。
「よっ! 叶太、男らしい!」
「ハルちゃんに愛想つかされないようになっ!」
「お前、ハルちゃんに結婚してもらえて、ホント良かったな〜」
オレの前にいる広瀬先輩は、友人たちに揉みくちゃにされる。
この人は、あれだけ陽菜ちゃんに夢中で、ベッタリで、なのに、こんなにも心を許した友人がいる。
勝てない。何一つ勝てるところなんてない。
けど、陽菜ちゃんは、多分どんな広瀬先輩でも好きなんだろうな。
そんな言葉がふと思い浮かぶ。
広瀬先輩だって、今の陽菜ちゃんをべた褒めするけど、きっと、陽菜ちゃんがどんな風に変わっても、この気持ちは変わらないのだろう。
友人たちとじゃれ合う先輩をボンヤリ視界に入れながら、そんな事を考えていると、遠くで先輩を呼ぶ声が聞こえた。
「叶太! おい、すぐ来い!」
「ん? なに?」
走って来たのは、晃太さんだった。
「ハルちゃんが、ワイン飲んだ」
「え!? なんで!?」
そこまでは聞こえた。
その先も何か言ったみたいだったけど、気がつくと広瀬先輩の背中は、ガーデンパーティのど真ん中に消えていた。
「話し中に邪魔しちゃって、ごめんね」
「とんでもない! それより陽菜ちゃん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だと思う……んだけど」
晃太さんは自信なさげに、後ろを振り向き、今日の主役たちの様子を見る。
ついさっきまで、オレたちを囲んでいた野次馬たちも、もういない。みんな、広瀬先輩を追いかけて行ってしまった。
「あ、ハルちゃん、部屋に入るみたい。ごめんね。オレもちょっと行ってくるわ」
お兄さんはそう言った後、思い出したように続けた。
「あの2人が退場したなら、もっと真ん中に出てきても大丈夫だよ。お腹空いてない? なんか飲んだり食べたりしてってね?」
「あ、ありがとうございます」
この場には明らかに異質な存在だと言うのに、晃太さんはひたすら優しい。本当に申し訳なくなるくらい気遣いができる人だ。
晃太さんの背中を見送りながら、見るともなしにパーティの様子を眺める。
主役が退場しても、お開きになる様子もなさそうで、みんなまだ楽しそうに飲み食いしている。
さっきもらったドリンクも、食事も、本当に美味しかった。こんな場でなきゃ、もう少しと思うのだろう。
けど、いくら陽菜ちゃんと広瀬先輩がいなくなったからって、2人の祝いの場に堂々と顔を出す気にはなれなかった。
オレは、深々と一礼すると、静かにその場を後にした。
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