料理修行4
「ハール、雑炊、作ってきたよ」
結婚式の翌朝。
前日のコップ一杯のワインのせいか、結婚式で疲れたせいか今ひとつ調子の良くないハルは、起きられずにベッドの住人だった。
オレが作ったのは、鶏のササミと梅干し入りのサッパリした雑炊。
あっさりした昆布出汁。浅葱の緑で、色合いも美しく仕上がっている。
「……ん。ありがとう」
少しなら食べられそうって言うから用意したけど、どうだろう?
大きめの土鍋から取り分けて、オレも同じ物を食べる予定。
「少なめにつけるから、食べられそうだったら、おかわりしてね」
「ん」
お椀にハルの分をよそって渡す……前に、手を止めた。
オレからお椀を受け取ろうとしていたハルが、不思議そうに小首を傾げた。
「ねえ、ハル、食べさせてあげようか?」
お椀を手元に戻して、木製のスプーンで雑炊をすくう。
「え? いいよ。自分で食べるよ」
ハルは予想通り遠慮する。
けど、一回やってみたかったんだ。
ふうっと、スプーンの上の雑炊に息を吹きかけ、冷ます。
それから……
はい、あーん、と言いたいところだけど、さすがにそれは嫌がるだろうと、ただ笑顔で差し出した。
「はい」
ハルが何故か虚を突かれたように動作を止め、それからオレの方を見た。
オレは何もなかったように、「どうした?」なんて、とぼけてみる。
数秒後、普段なら、照れて絶対に口を開けないハルが小さな口を開けたので、オレは驚きつつもいそいそとハルの口に雑炊を運んだ。
「……ありがとう。美味しい」
何故か、ハルの目には涙が浮かんでた。
「熱かった!? 大丈夫?」
「……ううん。ちょうど良かった、よ」
そう言いながらも、ぽろりとハルの目からは涙がこぼれ落ちる。
「ハル!?」
オレは慌てて、用意してあったおしぼりでハルの涙を拭う。
「……ご、めん。なんでもないの」
「何でもなく、ないよね?」
オレとハルの間で遠慮は禁物。
隠し事も禁止だ。
「あの、……違うの。ただ……」
オレは急かさないように、意識してゆっくり言葉を返す。
「うん」
「……ただ、ね。……幸せ、……だな、って」
ハルが目を潤ませたまま、照れたように優しくほほ笑みそうささやく。
そして、にこっととろけそうな笑顔を見せてくれたハルの目から、再び涙がこぼれ落ちた。
え、それ、まさか……うれし涙!?
そんなハルを見て、オレが冷静でいられる訳もなく、
「ハルっ!!」
速攻、お椀をサイドテーブルに置いて、ハルを抱きしめたとしても仕方ないと思う。
勢いが良すぎて、お椀から雑炊がこぼれたとしても、……仕方ないよな?
「カナ……いつも、本当に、ありがとうね」
「や、ハル、それ、オレの台詞だから!」
本当にそう。
結婚したいってのも、一緒に暮したいってのも、言ってしまえば、全部、オレのわがままだった。ハルは全部、オレの望みを叶えてくれた。
ハルを抱きしめ、ハルの髪に手をやり、ハルの頬をなでる。
ハルの額に口づけ、頬を寄せ、そっとキスをし、……そのままハルの唇に……。
「カ、……カナ!?」
ハルが慌てたように、オレの身体を押し返して来た。
「……あ、ごめん」
つい、我を忘れて。
けど、良かった。ハル、顔色が良くなってる。
「ハル……オレも、ホント幸せだよ」
ハルを再度そっと抱きしめて、そうささやく。
「さ、ご飯食べようか?」
オレは気を取り直して、一口食べさせただけのお椀に目をやり、雑炊が溢れてこぼれているのに気付き……それは見なかったことにして、瞬時にオレの分のお椀に雑炊をよそってハルに差し出す。
「きっと、ちょうど良い具合に冷めた頃だと思うよ」
オレの言葉を聞いて、ハルはくすくすと楽しそうに笑った。
窓から見えるのは、木漏れ日がきらめく緑の木々と青い空。
夏の日差しは強いけど、エアコンを入れなくても、窓を開けるだけで十分に涼しい風が通る避暑地の別荘。
ハルのために覚えた料理も、今日からは弁当に限らずいつでも食べさせる事ができる。
きっと、沙代さんが毎食は譲ってくれないだろうけど。だけど、一緒に作るのなら、許してくれるんじゃないかな?
オレの実家じゃなく、ハルの……オレたちの新居のキッチンでハルのために料理をする。そんな光景がふと脳裏に浮かび、オレは思わず笑みをもらした。
そんな穏やかな毎日が、永遠に続く事を願いながら。
《 完 》




