料理修行2
「……あ!」
「どうしたの?」
ハルが目の前の皿に向かっていた手を止め、不思議そうにオレを見た。
慌てて笑顔を作る。
「や、今日も沙代さんの飯は美味いなって」
「うん。ホント、沙代さん、お料理上手だものね」
ハルは、オレが他のことを考えているなんて思いもしないのか、優しくほほ笑んだ。
土曜日の昼。ハルの通院に付き合い、そのままハルの家にお邪魔して、一緒にランチ。
トイレに行くふりをして、コッソリ沙代さんにリクエストをした。おふくろに言われた通りに、今日はハルと同じ味付けにして欲しいって。
そうして出されたのは、トマトとバジルと魚介のパスタ。
付け合わせは、もやしとキュウリとツナのサラダ。
いつものように、色鮮やかで盛りつけも美しい二皿。
けど……どっちも味が薄い。
魚介の旨味やトマトの酸味が効いていて、パスタソースは十分美味しい。
サラダもシャキシャキしていて、素材のうまみが感じられる。
けど、オレ的にはどうしても、もう一塩……と声を上げたくなる。
「いかがですか?」
沙代さんが面白そうに聞いてくる。
「うまいよ」
そう答えたのに、沙代さんはオレの感想を先に読んでいたのか、
「味が足りなければ、胡椒かお塩をお使いくださいね」
笑いながらそう言った。
よく見るとテーブルの真ん中に塩と胡椒が出されていた。
食後、ハルが昼寝のためにベッドに入ると、ハルの頬や髪を撫でたりしてハルの感触を楽しみつつ、ハルが眠るのを少しだけ心待ちにした。そんな自分を後ろめたく感じつつも、ハルが寝息を立てはじめて五分後、そっとハルの部屋を出た。
「ねえ、沙代さん、ハルって、塩分制限ないよね?」
「ええ。ありません」
キッチンで夕飯の下ごしらえ中の沙代さんを捕まえ、質問タイム。
「だよね」
オレが知らない間にそんなのが始まってたら、正直かなりショックだ。
「でも、今はありませんがいつ来るか分からないので、家ではずっと薄味にしてます」
「……あ」
確かに、進行性ではないけど、基本、良くなるよりかは徐々に悪くなっていく病気だから……。
ハルの持病は、悪化すれば塩分制限はいつ来てもおかしくない心臓病。
「叶太さんの分は、お嬢さまより少し濃いめの味付けにしてます。運動をされる方はよく汗をかかれますし、薄味過ぎても身体に良くないので」
「え!? わざわざ!?」
「奥さまと旦那さまの分も叶太さんと同じように、濃いめの味で出してますよ」
「ハルの分だけ薄味にしてるの?」
「ええ」
当然ですとも、とでも言わんばかりの沙代さん。
「そっか」
「でも、一体どうしたんですか?」
沙代さんは不思議そうに聞く。
確かに、今まで何度となく沙代さんの手料理を食べてきたけど、一度だってこんな事を言い出したことはない。
外ではハルが食べきれなかったものを代わりに食べる事が多いけど、家では沙代さんが気持ち少なめに用意するからか、ハルはほぼ出されたものを全部食べる。
だから、気付かなかった。
「……そっか」
それも、沙代さんの気遣いだ。
いつもいつも食べきれずに残してばかりじゃ、ハルだってイヤだろうし、ムリして食べたって良いことはない。ハルの場合、頑張って詰め込んでも胃の調子を崩すだけだから。
だったら、体調を見ながら少なめに用意して、足りなければおかわりをした方がハルだって嬉しいに決まってる。
高校生になった今はともかく、子どもの頃なら尚のことだ。
「どうしました?」
沙代さんが、またしても不思議そうにオレを見る。
「……や、沙代さんには敵わないな~と思って」
「まあ……プロですから、一応」
何も伝えていないけど、オレが何を感じたかは察したらしい。
沙代さんは、少しだけ得意げに笑った。
だけど、この気遣い、プロだからってだけじゃないよな。
ハルへの愛情……だよな、やっぱ。
「食って、奥が深いよね」
「ええ、深いですね」
「……うん。オレも頑張ろう」
オレがそうつぶやくと、オレが料理修行中なのを知らない沙代さんは、不思議そうに首を傾げた。




