27.永遠の誓い4
気が付いたら、もう夕方だった。
レースのカーテン越しに夕焼けが差し込み、部屋を朱く染めていた。
一瞬、どこにいるのか分からなくなる。自分の部屋じゃない、病室じゃない、おじいちゃんの家でもない。
……ああ、別荘だ。
「ハル、目、覚めた?」
ベッドサイドのカナの顔を見て、最初に言ったのは……。
「……カナ……気持ち、悪い……」
なぜか、胸がむかむかして、気持ち悪くてしかたなかった。
「吐きそう?」
カナが慌てて聞いてくる。
けど、分からない。
いつもの不調とは違う。
「……頭……痛い」
なぜか、ズキンズキンと頭も痛む。
「あー、ハル、それはいわゆる二日酔いだ」
「……お酒なんて飲んでないのに、なんで?」
カナが微妙な顔をして、事の次第を教えてくれた。
おぼろげにしか覚えていない。けど、変な味の葡萄ジュースを飲んだ後に、なんだか身体がふわふわして、おかしな事を言っていたような気がする。
……穴があったら入りたくなった。
それからママが来て、水とビタミン剤を飲まされた。
もう一寝入りするように言われて、カナの手を握りながら眠り、夕飯の時間に起こされて、ゼリーを少し食べて、夜の薬を飲んだ。
その時にもまだ頭痛と吐き気は収まっていなくて、お風呂も諦めて、シャワーで軽く済ませた。
夜九時、わたしがいつも寝る時間。
今日は夜になってもカナがいる。同じ部屋に、パジャマを着たカナがいる。
色違いのパジャマは晃太くんからの結婚祝い。こんな風にカナのパジャマ姿を見るのは初めてなわけで……、何だかやたらと照れくさかった。
結局、うっかりワインを飲んでしまったせいで、わたしはまたしても寝込んでいるのだけど、今日はカナとずっと一緒にいられるのだと思うと、たまらなく嬉しかった。
「カナ」
「ん? どうした?」
「お誕生日おめでとう」
朝一番で言おうと思っていたのに、一日中慌ただしくて、気が付けば、すっかり言いそびれてしまい、こんな時間。
「え? ああ。ありがとう!」
カナは何を思い出したのか満面の笑みを浮かべて、わたしの頭をなでた。
おめでとうを言うと同時に、用意していたプレゼントを渡していないことも思い出す。
起き上がろうとすると、カナがそっと支えてくれた。
「どうした? トイレ行く?」
「ううん。あのね……プレゼントを渡し忘れてたから」
「プレゼント?」
「うん」
何にしようか、随分迷ってキーホルダーを選んだ。
わたしの家の……わたしたちの新居の鍵を付けてある。それに、十八になれば、カナはきっと車の免許も取ると思って。
「ホント? ありがとう! ハルと結婚できただけで、十分、今までの人生一番のプレゼントだったんだけど」
カナは幸せそうな笑顔を浮かべて、わたしを一度抱き上げ優しく抱擁した後、床に下ろす。
「ハルのウェディングドレス姿、最高に可愛かった」
今度は額にキスが降ってきた。
人生で一番なんて大げさだよ、と一瞬思う。けど思い返してみると、わたしも同じで、今日は今まで生きてきた中で一番満たされた一日だった。
カナの笑顔に心がほっこりと暖かくなる。
わたしがクロゼットへと歩いて行くと、カナも楽しげに後を付いて来た。
クロゼットの引き出しの中から、お目当ての小箱を取り出す。と、同時に、一緒にしまってあった幅広のシフォンのリボンがふわりと宙を舞った。
「あっ」
慌てて拾おうとしたけど、先にカナがしゃがんで拾ってしまった。
何を飾るでもない一本のリボン。だけど、何かをほどいた訳ではない、皺ひとつない見るからに質の良いそれを見て、カナは不思議そうに聞いてきた。
「ハル、これは?」
「……えっと、それは、」
田尻さんにだけは、カナのお誕生日に入籍する事に決めたと報告した。お式の事は言わずに、ただ「相談に乗ってくれて、ありがとう」とだけ伝えたんだ。
その時に、絶対にカナが喜ぶからと勧められたカナへのお誕生日プレゼント。
「しまっとけば良い?」
わたしが困ったような顔をして思わず目をそらすと、カナは不思議そうに首を傾げた。
聞かれて、何て答えようかと悩む。
いつもカナには大切にしてもらってばかり。だから、カナに喜んでもらいたいのはわたしの切実な思いだった。
だから、絶対に喜ぶからと言われて、うっかりリボンを用意してしまったんだ。
ワインレッドのシフォンのリボンを。
……けど、なんで、わたし、そんな提案に乗っちゃったんだろう!?
その意味を思い出して、顔がポッと赤くなる。
「どうした? ハル、顔赤いよ。……熱は、ないよな?」
カナはコツンと額を合わせる。
けど、確認するまでもなく熱はない。
わたしが何と答えれば良いのか困っていると、カナは心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「ハル、大丈夫? 気分悪い?」
カナの言葉に小さく横に首を振る。
「えっと……そうじゃなくて……ね、あの……プレゼントを……」
と、手に持った小箱を差し出すと、カナはリボンを手にしたままに受け取ってくれる。
「ありがとう! 開けても良い?」
頷くと、カナはわたしをベッドに座らせ自分も隣に座ると、小箱にかかったリボンを解き箱を開けて中身を取り出した。
「あ、キーホルダー。……と鍵?」
「家の鍵なの。電子キーと普通の鍵と……」
「ありがとう! オレたち二人の新居だね」
抱き寄せられて、キスをされる。
そう言えば、とカナは小箱の横に置いたシフォンのリボンを手に取った。
「これは、しまっておけば良い?」
「……あ」
忘れてくれて良かったのにと、わたしはまた赤くなる。
「ハル?」
「……あ、あのね。えっと、……あの……わたしを、もらってもらおうと、思ってたの」
「え?」
「その……リボン結んで……」
って、やだもう、これ以上は言えないよ。
首まで真っ赤になって、うつむいて固く目をつむった。
「ハ……ハル?」
お隣で、カナの身体が硬直した。
カナの戸惑った声に、やっぱりやめればよかったと、穴があったら入りたい気分になる。
真っ赤になって口をつぐむわたしに、カナは慌てて言った。
「ハル!! 本当に良いの!? ってか、オレ、そんなサプライズが待ってるとは思ってなくて、本気で驚いちゃって!」
心底嬉しそうな声に、慌てて顔を上げると、
カナは自らの手に持ったリボンを見て、それからわたしを見て、今日一番の笑顔を浮かべた。
「これは、髪の毛に? それとも……首……は苦しいよな? ああ、手首でも可愛いかも」
カナの手は、既にわたしの手首に伸ばされていた。
「あの、カナっ」
「ん?」
まさか、こんなにも喜んでもらえるとは思えなかった。
だからホッとしたし、求められている実感は嬉しかった。
だけど……
「本当は、今日……のつもりだったの。……けど、気持ち悪くて、……今日はムリそう」
どうしてか、カナがうめき声を上げた。
「元気になるまで、待っててくれる?」
「………もちろんっ!」
かなりの間の後で、カナは絞り出すようにそう言い、わたしをそっと抱きしめてくれた。




