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25.永遠の誓い2

 八月のお盆の前の日、カナの十八歳の誕生日の朝一番。

「おめでとうございます」

 避暑地の別荘にほど近いお役所で、カナと二人、婚姻届を出した。

「ハール、これからよろしくね」

 カナが嬉しくて嬉しくて仕方ないという、とろけそうな笑顔ででわたしの手を取った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、カナはここがお役所だってことも忘れているのか、ぎゅうっとわたしを抱き寄せた。

「カナ!?」

 婚姻届を受領してくれた職員さんが、愉しげに、

「お幸せに!」

 と声をかけてくれた。

「はい! 幸せになります! ってか、今、既に最高に幸せですっ!」

 カナの言葉に、当然のようにカウンターの向こうで笑いが起きた。

「もお」

 やっぱり、わたしは赤くなる。

 けど、今日は良いかな、と思った。だって、今日はカナのお誕生日で、そしてわたしたちの結婚記念日だもの。

 カナに手を引かれ、車に乗り込み、次に向かうのは教会で……。

 今日は、のんびり生きている普段のわたしには考えられないくらい、アクティブな日。

 体調もうまくコントロールできていて、想像していたよりずっと元気。

「がんばるね」

 と言うと、カナは

「ハルはいつも通りでいてよ。元気なのは嬉しいけど、ムリは禁物だよ?」

 と、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「うん」

 カナは心配するけど、わたしの体調次第では急遽取り止めの可能性が高かったお式だから招待客は誰もいなくて、家族だけのささやかな結婚式。

 きっと、あっという間に終わってしまう。



「陽菜、綺麗だ」

 花嫁控え室で、純白のドレスを着たわたしを見るパパの目はもう潤んでいる。

 これはカナには譲らない、とパパがオーダーしてくれたのは身体にピッタリと添う、本当に世界一軽いシルクで仕立てたドレス。

 冗談抜きで、普段着ている制服より軽いくらい。

 胸元から首元、袖までがレースと花のモチーフで覆われている可愛らしいデザインの純白のドレス。鎖骨の下からお腹に向かう大きな手術の傷痕がちゃんと隠れる上、細すぎて貧相な身体を「華奢な」とか「可憐な」という言葉に置き換えてくれる優れもの。

 腰までの短めのベールの下の髪の毛は綺麗に結い上げてもらい、ブーケと同じ淡いピンクとオフホワイトの小さなバラをあしらった。

 バージンロードを歩く時に持つブーケは小ぶりのラウンド型。小さいのに思いの外、重さがあって驚いた。このサイズでこれじゃ、オーバルとかキャスケードみたいな大きなものは、どんなに重かったんだろう? 勧められるままに、この形を選んで良かったと胸をなでおろしたのは、今朝のこと。

「とっても似合ってるわ。叶太くん、なんて言うかしらね?」

 ママがわたしを見て、眩しそうに目を細めた。

「カナは仮縫いや試着でも見てるし」

 そう言うと、クスクス笑われた。

「それとは全然違うでしょう」

 首をかしげると、ママは面白そうにわたしを見た。

 確かに、ブーケは今朝届いたのだし、髪の毛もお化粧もリハーサルはしてもらったけど、ドレスまで着て、すべてそろったのは今日が初めてかも知れない。

 それから、ママはソファに座るわたしの前で腰をかがめて、両手を取った。

「本当におめでとう、陽菜。まさか、こんなに早くお嫁に出すなんて、思ってもいなかったわ」

 ママが言うと、パパが隣から、

「陽菜は嫁に出すんじゃない! 叶太くんが陽菜の婿に来るんだ!」

 と主張した。

「やーね、同じことじゃないの」

 パパはさすがに大人気ないと思ったのか、小声で

「全然違うだろう」

 と呟いた。

 わたしがクスクス笑うと、パパは照れくさそうにあごに手をやった。

 控え室の窓からは青々と茂った木々が見え、木漏れ日が差し込む。空は雲ひとつなく真夏の快晴。

 だけど場所柄、うだるような暑さはなく、日陰に入れば過ごしやすい至って気持ちが良い気候。

 パパはタキシードを、ママは留袖を、そして、わたしはウェディングドレスを身にまとう。

 見下ろすと、少しの動きにも反応してふわりふわりと揺れる白いドレス。

 ああ……本当に結婚するんだと思ったら、熱い何かが胸の内からふわあっと浮き上がってきて……。

 なんて幸せなんだろうと、心の底から、色んな想いが溢れ出してきて……。

 パパとママの子どもに生まれて、本当に良かったと……。

 パパやママや、お兄ちゃんや、おばあちゃんやおじいちゃんや、広瀬家のみんなの顔が浮かんできて……。

 それから、カナの笑顔が……。

「あらあら、泣くのは早いわよ、陽菜」

「……う、…ひっ……く」

 ママがパパから受け取ったハンカチで、溢れ出した涙をぬぐってくれる。

「おめでとう、陽菜。叶太くんと幸せになりなさい」

 わたしは泣きながら、こくんと小さく頷いた。

 それから、涙が止まらないままにパパとママの方に顔を向ける。

「い……今まで、育て…てくれて、ありが…とう、ござい、まし…た」

 ぺこりと頭を下げると、また涙が溢れ出して、パパが新しいハンカチを手に持たせてくれた。

「……幸せに、なりなさい」

 パパの声もどこか潤んでいた。

 だけど、パパは次の瞬間、元気に続けた。

「もし、叶太くんが浮気でもしようものなら、パパが追い出してやるからな?」

 それを聞いて、ママがプッと吹き出した。

「そんなこと天地がひっくり返ったって、あるわけないじゃないの」

 クスクス笑いながら、ママは後ろを振り返り、係の人に声をかけた。

「すみません。メイク、直していただけますか?」



 目の前には教会の大きな両開きの扉。

「準備は良いですか? 開けますよ」

 係の人の言葉に「お願いします」とパパが言う。それから、パパは小声でわたしにささやいた。

「陽菜、驚くなよ?」

「え? なあに?」

 何のことかと思っている間に、茶色い大きな木の扉が開かれた。

 さっきまでぐもっていたパイプオルガンの荘厳な音が一気に押し寄せる。

 赤い絨毯の一番向こうから、カナの満面の笑顔が目に飛び込んできた。わたしの緊張も一瞬どこかへ行ってしまい、ベールのせいで見えないと分かっていてもにこっとほほ笑みかけてしまう。

 そのままパパにエスコートされて、赤い絨毯の上をゆっくりと歩く。

 教会の中に足を踏み入れた瞬間、思わず立ち止まりそうになり、パパに「陽菜」と促された。

 わたしたちはまだ十七歳の高校生で、

 ここは住んでいる街からは遠く離れた別荘地で、

 わたしの体調次第では、お式は延期になる可能性も高くて、

 だから、結婚のことは誰にも知らせていなくて……、

 今日のお式に参列するのは身内だけのはずで……、

 わたしの家族とカナの家族の全員合わせても両手にも満たない人数のはずで……。

 だから、ベンチの一列目にしか人はいないはずで……。

 なのに、なんで、こんなに……溢れんばかりに人がいるの?

 驚きに声をなくしながら、パパについて、ゆっくりと進む。

「ハルちゃん、おめでとう」

「ハルちゃん、むっちゃ可愛い!」

 響き渡る割れんばかりの拍手と、左右から、小声で口々にかけられるお祝いの言葉。

 ドレスアップした、よく知った顔で、教会の中は埋め尽くされていた。

 誰もが満面の笑顔を浮かべて、わたしの方を見ていた。

 なんで?

 ……なんで、クラスのみんながいるの?

「陽菜、おめでとう」

 小声で言いながら、しーちゃんが力一杯手を叩く。

 しーちゃんの向こうからは、羽鳥先輩の笑顔が飛び込んできた。

「牧村、おめでとう」

 斎藤くんの声が聞こえ、視線を向けると小さく手を振ってくれた。

 担任の先生が、裕也くんが、里実さんが、いつか紹介してもらったカナのお友だちが……、お世話になったたくさんの人の顔が、そこにあった。

 思いもかけないたくさんの祝福に、胸の内から熱いものがこみ上げてくる。

 気が付くと、もうカナが目の前にいた。

 カナはとろけそうに幸せな笑顔を浮かべて、わたしを待っていた。

 パパがわたしの手を取り、カナへと差し出す。

 自分も主役の一人だというのに、その光景は現実味がなく……。

「ハル? 大丈夫?」

 いつの間にか、カナがわたしの手を握っていた。

「……あ、カナ」

 カナのぬくもりを感じた瞬間、こんな大切な場面だというのに、気が緩んで、ぽろりと目から熱いものがこぼれ落ちる。

「泣かないで、ハル」

 カナはベールの中に手を伸ばして、わたしの涙をそっとぬぐい取った。

「……あ、……わたし、」

「驚いた?」

 言葉にならない想いを汲み取ってもらい、思わず小さく頷いてしまう。

 カナは悪びれもせずニコッと笑顔を見せると、そのまま前を向いてゆっくりと歩き出した。

 あっという間に祭壇の前に着き、今度は神父さまの笑顔が目に飛び込んできた。

 なんだか、すべてが夢の中で進んでいるかのようで、気が付くとブーケはわたしの手にはなくて、神父さまの言葉もふわふわ移ろいながら飛び去っていく。

 そうして、はっと気が付くと、あの有名な誓いの言葉が読まれている最中だった。


「健やかなるときも、病めるときも、

 喜びのときも、悲しみのときも、

 富めるときも、貧しいときも、

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、

 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい、誓います」


 隣から、カナのしっかりとした声が聞こえる。

 続いて、神父さまの視線がわたしに向けられた。


「牧村陽菜さん、あなたは、広瀬叶太さんを夫とし、

 健やかなるときも、病めるときも、

 喜びのときも、悲しみのときも、

 富めるときも、貧しいときも、

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、

 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「……はい、誓います」


 なぜかな? 声が震える。

 今日、何回目の涙だろう? 最近、わたし、涙もろすぎる。最近、わたし、人前で泣いてばかりいる気がする。

 カナがわたしの方を見て、大丈夫だよとでも言いたげに笑いかけてくれた。

 カナ、……わたし、最近泣き虫だけど、許してくれる? 今日の涙は、許してくれる? あふれ出るのは、嬉し涙ばかりだから。

 二人で一緒に選んだ結婚指輪の交換が終わり、カナがベールを上げ、ようやくベール越しではないカナを見ることができて、身体中がじんわりと暖かい感覚に満たされる。

「ハル、愛してるよ」

 カナは緊張したり、しないのかな?

 カナはまるっきりいつも通りで、幸せいっぱいの笑顔を浮かべてわたしの頬にそっとキスを落とした。

 賛美歌を歌った後でブーケを受け取り参列者の方を向いて頭を下げると、歓声が上がり教会内は大きな拍手で満たされた。

 やっぱり、わたしはふわふわと、まるで夢の中にいるかのような感覚で、鳴り響く拍手と、パイプオルガンの音に送られ、カナにエスコートされるままにバージンロードを歩く。

 入ってきた時は抑えられていた声も、今度は大きくなっていて、

「おめでとう、ハルちゃん!」

「叶太、やったな!」

「幸せになれよ!」

 いっぱいのお祝いの声に包まれて、教会の外に出る頃にはわたしの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。



 大急ぎでお化粧を直してもらって、教会の前で記念撮影。

 その後のブーケトスは怖いくらいに盛り上がった。何しろ参列者のほとんどが、未婚の若い女性。みんな、結婚には早すぎると思うのだけど、しーちゃんまでもが気合い十分で驚いた。

 ブーケを受け取ると、次の花嫁さんになれるんだよね? わたしたちの年だと、次が5年後でも早いくらいなのに……。

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