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21.隠された願い1

 おばあちゃんにカナとちゃんと話すように、そして、カナの側から物事を見てみるようにと言われた。だけど、どうすればそんなことができるのか分からないでいる間に、気が付くと一週間が経ってしまっていた。

 どうしたものかと悩んだ挙句、土曜日の朝、カナに電話をかけた。

「え? ハルが家に?」

「うん。後で、行っても良い?」

「もちろん!」

 カナはなぜか、とても嬉しそうだった。

 思えば、ずいぶん長い間、カナの部屋を訪れていない。

 この前、遊びに行ったのはいつだっただろう? 年単位で行っていない気がする……と言うか、もしかして高校生になってから、一度も行っていないかも?

「何時頃に来る?」

「十時で良い?」

「ああ、大丈夫」

「それじゃあ、後でね」

 電話を切って、ふうと息を吐く。

 考えてみると、いつだってカナがわたしのところに来てくれていた。

 カナの部屋は二階にあって、階段がシンドイと言うのもある。だけど、一階にあるカナの家のリビングすら、もう何年も入っていなかった。

 ……隣の家なのに。

 同じく隣にあるおじいちゃんの家にはしょっちゅうお邪魔する。カナの家は正確にはおじいちゃんの家の向こうだから、一軒分距離はある。だけど、さすがにこれはないんじゃないだろうか……。

 わたしたち、仮にも恋人同士なのに……。

 このひどい扱いに気づきもしなかった自分が情けなくなる。

 おばあちゃんは、こういうことを言いたかったんだろうか?

 違うかも知れない。でも、いつもと違うことをしてみて、いつもと違うものが見えると良いな……と思った。



 十時過ぎに、家の前で待っていてくれたカナと一緒に久しぶりにカナの家の門をくぐった。

「陽菜ちゃん、いらっしゃい!」

 玄関を入るとおばさまが待っていて、笑顔で出迎えてくれた。

 一気に、気持ちが中学生の頃に戻る。そう、いつ来ても、こんな感じで出迎えてもらった……。

「陽菜ちゃんが家に来てくれるの、久しぶりよね?」

「……すみません、ご無沙汰してしまって」

 おばさまの言葉に他意がないのは分っているのに、思わず小さくなってしまう。

「あら、こちらこそ、いつも叶太がお邪魔してばかりでごめんなさいね」

「いえ! 全然!」

 思わず力を込めて言ってしまうと、おばさまはクスクスと笑った。

「ハル、上がって上がって」

 カナに続いて靴を脱いで玄関を上がり、靴を揃えてから出されたスリッパに足を通す。

 自分の家とは違うカナの家の空気が懐かしくて、そして新鮮だった。

「えーと、リビングの方が良い?」

「ううん。カナの部屋に行きたいな。……いい?」

「もちろん」

 カナは嬉しそうに笑うと、先に立って歩き出した。

「ハル、階段、抱いて上がろうか?」

 階段の前でも懐かしさに駆られて立ち止まっていると、カナに気遣わしげに聞かれてしまい思わず苦笑い。

 そうだよね。自分ちの二階すら、数ヶ月に一回しか上がらないなんて言ったもの、心配にもなるよね。

「大丈夫だよ」

 表情を曇らせ、わたしを見下ろすカナに笑いかける。

 だってカナ、亀のようにゆっくりとだけど、去年までは毎日学校の階段を自分で上がってたじゃない。

 今年は教室が一階だけど、移動教室だったらちゃんと自分で階段だって上がっているよ?

「そう?」

 それでもカナは心配そうに続けた。

「無理するなよ?」

「ん」

 カナは心配はするけど無理強いはしない。

 そう言えば学校でだって、本当に調子が悪い時は容赦なく抱き上げられるけど、そうでなければわたしの好きにさせてくれる。

「ゆっくりな?」

「速くはどうやってもムリだから、大丈夫」

「そっか」

 くすりと笑うと、カナも笑って頭をかいた。

 ゆっくりと上り、更に踊り場で休憩までとって、本当に時間をかけて上がったのに登り切るとやっぱり息が切れていた。

「大丈夫?」

「……ん」

 息は切れているけど、学校で二階分上がった時や長距離を移動した時に比べたらなんてことない。

 階段の横の吹き抜けから広い玄関が見える。

 長い廊下の左右に幾つものドア。南側の奥の角がカナの部屋。

 昔、北側のおじさまの書斎に忍び込んで、隠れん坊をして叱られた。

 カナの部屋の手前は晃太くんの部屋。そして、おじさまとおばさまの寝室。おじささまの書斎の隣には、広めの和室と大きな物置。

 懐かしい。

 何も変わってなかった。

「ハル、歩ける?」

「あ、うん。……ごめんね。なんか、すごく懐かしくて」

「ああ、久しぶりだもんな?」

 カナはホッとしたように笑って、軽くわたしの背を押した。

「部屋に行こうか?」

 カナの後から部屋に入ると、目に飛び込んできたのは窓の外に見える青い空と緑の木々。それから、ベッドと勉強机、本棚、ローテーブルと大きなクッション。

 懐かしい景色なのに、どこかに感じる違和感。

「模様替えした?」

「うん。って言っても、身長が百八十超えた時にベッド買い換えて向きを変えただけだけど」

「そっか。確かにベッドの向き違うね」

 言われてみると、デザインの違いは思い出せなかったけど、ベッドが全体的に大きくなって向きが違うのは確か。

 中学生の頃は、わたしもカナも今より大分背が低かった。

 懐かしいと感じつつもすべてを同じと感じられないのは、わたし自身が成長したせいもあるのかもしれない。そんな事を思いつつ、トールサイズのベッドに近寄り、座る。

 ベッドの向きが違うだけで、座った時に見える景色が違う。まるで初めての場所に来たみたいで、なんだかとても新鮮だった。

 幼い頃から、何度も何度も訪れた場所なのにね。

「あー、えーっと、……」

「あ……ごめんね」

 いけない。また、自分の世界に入り込んでた。

 慌ててカナの方を見ると、何故かカナは困ったような顔をした。

「……なんか飲み物持ってくるけど、ハル、何が良い? ジュースかお茶ならどっちが良い?」

「カナは?」

「麦茶かな」

「じゃあ、わたしも」

「了解。ちょっと待っててね」

 カナが部屋を出た後、改めてぐるりと見回す。

 やっぱり懐かしい。……カナの部屋だ。

 本棚にはバスケ雑誌と空手の本……の他に、なぜか、

「……年収300万からはじめる不動産投資?」

 そんな本をはじめ、株式投資やFX、様々な投資に関する本が十冊以上も並んでいた。

 カナが投資に興味があったなんて、まったく知らなかった。初心者向けっぽいものばかりだから、おじさまのってことはないだろう。

「お待たせ!」

 五分ほどして、カナが戻って来た。

 カナはお盆を片手に器用にドアを開けると、部屋の中ほどのローテーブルに向かう。

「ハル、食べられるかな?」

 ローテーブルにお盆を置きながら、カナはわたしの方を見た。

「え? 何を?」

「桃のシャーベット。お袋が持ってけってうるさくて。ハルが来るってわかってたら、違うものを用意しておいたのにって」

「ありがとう。おばさまのお菓子、好きよ? 果物たっぷり入っていて」

「ハル、ホント果物好きだよな」

「うん」

「じゃあ、溶けないうちに食べようか」

 カナに手を引かれて、ローテーブル横の大きなクッションに座った。

 まずは、麦茶を一口。それから、シャーベットを盛りつけた涼しげなガラスの器とスプーンを手に取った。果肉がたっぷり入っているのが、外から見てもよく分かる。

「美味しそう」

「うまかったよ」

「食べたの?」

「昨日の夕食後に出た」

「……すごいね。夕飯の後にシャーベットまで食べるんだ」

「ケーキの日もある。夜はさすがに太るしやめてって言うんだけど、男の子はツマラナイって拗ねるし、けっきょく食べちゃうんだよな」

 わたしがクスクス笑うと、カナは不思議そうな顔をした。

「なんか変なこと言った?」

「カナが太るなんて……無駄な脂肪なんて、どこにもないんじゃない?」

 手を伸ばしてカナの二の腕に触ると、カナは驚いたような顔をした。

「……あ、痛かった? ごめんね」

「いや、……ハルの腕力で痛いなんてあり得ないから」

 真顔で言われると、さすがにショックだよ、カナ。

 じとーっと見つめると、カナはハッと我に返ったように、

「ごめんごめん」

 と苦笑いした。

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