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1.第一の関門1

 高二の二学期、夏休み前日。

 空に輝く太陽とうるさいばかりのセミの声が夏の暑さをアピールしていた。

 普通なら、照りつける太陽にうんざりだと愚痴をこぼしたいところだけど、今日は授業もない終業式。明日から夏休みとあって、逆にこの快晴もウェルカムモードで迎え入れられていた。

 まだ受験まで一年あるこの夏、むしろ今年遊ばなくて、いつ遊ぶと言った様子で、ここ数日は学年全体が夏休みの話題でいっぱいだ。

 ありがたいことに暑さが厳しくなったのはこの一週間で、それまでは空梅雨に続く冷夏という異常気象だった。

 農家の人は大変みたいだし、ありがたいなんて言うと申し訳ないと思う。だけど、そのおかげで六~七月の間、ハルはひどく体調を崩すこともなく数度の欠席だけでほとんど登校できていた。

 中間も期末も教室で受けることができたし、成績は両テストとも学年一桁。ハルは元々頭が良いけど、今回は過去最高じゃないだろうか?

 夏と冬に大きく体調を崩すことの多いハルは、中間・期末のどちらかのテストは受けられないことも多くて、追試では成績も割り引かれるし、仮に受けられても体調が悪くては良い成績も出にくい。

 ……ってか、そんな状態でも、オレより遙かに点数良いってのは若干微妙だったりもする。

 セミの声をBGMに裏口の壁にもたれて待っていると、ハルの乗る車が入ってきた。

 静かにオレの待つ階段前に車が止まり、オレは嬉々として後部座席のドアを開ける。

「ハル、おはよう!」

 まずハルの学生鞄を手に取って小脇に抱えて、それからハルの手を取る。

「おはよう、カナ」

 ハルは花がほころぶように笑顔を見せ、オレに手を引かれて車を降りた。

「行ってらっしゃいませ」

 運転手さんの言葉にハルが、

「行ってきます」

 と笑顔で返事をするのを待ち、オレはドアをトンと押して閉めた。

「今日も暑いね」

「ホント。先週まで涼しかったのにな」

 ゆっくりと、ハルの歩調に合わせて教室へと向かう。この幸せな時間も今日までで少しお預け。

「ハル、通知表、楽しみだろう」

「んー。そうだね。珍しく、二回ともちゃんと試験受けられたもんね」

 ハルははにかむように笑った。

 もし心臓に持病がなければ、ハルは明兄が行く国内最高峰の大学の医学部にだって、軽々とストレート合格したんじゃないかな? うっかり、そんなことを考えたオレは、絶対に自分が入るのはムリな大学名を思って、思わずため息。

「どうしたの?」

「いや、……ハル、本当に頭良いよなって思って」

「そうかな?」

 いや、良いだろ。授業さえ聞いていればテスト勉強がいらない時点で、オレとは根本的に頭の作りが違う。

 ただ、授業を受けられない日と、体調が悪くて授業内容が頭に入らない日も多いからって、ハルはちゃんとマメに予習復習してるけど。

「うーん。成績表、怖いな」

「カナだって、悪くないよね?」

「……オレのは普通。せいぜい中の上だろ?」

 オレが苦笑すると、ハルはクスクスと笑った。



   ☆   ☆   ☆



 夏休みに入ってからは、それまでの冷夏がウソのように太陽が照りつけ、毎日三十五度を軽く超える猛暑が続いた。

 終業式翌日の花火大会までは割と元気にしていたハルも、その翌日には体調を崩し、更にその次の日からは予定通りに毎年恒例の夏休み検査入院。

 入院二日目。

 ここ数年、心臓以外の数値もあまり良くないハルは、夏の検査入院ではかなりの量の検査を受ける。

 だから、オレはハルが病室にいる時間に決め打ちで病院を訪れる。

 別にハルが戻るまでずっと待っていても良いけど、自分のことは気にしなくて良いから好きなことをしていて欲しいとハルが気にするから。

 ……と言って、じいちゃんからハルの検査スケジュールも入手した。

「ハルー、おはよう」

 ベッドの上のハルの顔色は、あまり良くない。検査入院なのか、体調不良での入院なのか分からなくなりそうだ。

 だけど、何はともあれ入院中。オレの役目はハルを心配することよりも、少しでもハルの気持ちを明るくすること。

「おはよう、カナ」

 ハルはオレの顔を見ると嬉しそうに笑顔を浮かべ、ベッドを起こした。

「ハル、写真持ってきたよ」

「何の?」

「はい。見てみて」

 リュックから小さなポケットアルバムを取り出し、ハルに手渡す。

「わ、綺麗なアルバム。ありがとう!」

 ただのポケットアルバムだけど、表紙に葉っぱと木漏れ日の写真があしらわれているものを選んだ。

「気に入った? 良かった。ハル、好きそうだと思って」

 オレが得意げに言うと、ハルは「うん。好き」と嬉しそうにほほ笑み、アルバムを開く。

 一枚目には浴衣姿のハルと、同じく浴衣を着た志穂のツーショット。

数日前の花火大会の時の写真。ばあちゃんに薄化粧をしてもらい髪を結い上げたハルは、思わず抱きしめたくなる可愛さだった。

 牡丹色の浴衣に黄色い帯。

 初夏、ばあちゃんとハルにくっついて、オレも呉服屋に行って一緒に選んだ。ばあちゃんとオレ一押しの一品は、ハルに最高に似合っていた。

「この前の……」

「うん。綺麗に撮れてたから」

 正直、一枚目はオレとのツーショットにしたかったけど、っていうか、オレの部屋にはそれを飾ったけど、志穂と二人で浴衣を着て楽しそうにしていたハルを思い出して、こっちを最初にした。

 ハルがオレ以外の同級生と出かけることは滅多にない。

 志穂は休みの日に遊びに来たりはするけど、外出は誘われても、ハルが遠慮することがほとんどだ。だからか、ハルは本当に楽しそうにしていた。

 うっかりオレと二人でのデートより楽しそうに見えて、思わず志穂に嫉妬しそうになったくらいだ。

 ハルは楽しげにページをめくる。

「カナ、浴衣似合うよね」

 二枚目に入れたオレとのツーショット写真を見て、ハルは笑顔でオレを見上げた。

「そうかな?」

「うん。……カッコイイ」

 頬を染めて、小さな声で言うハルが可愛くて思わず抱きしめると、ハルはオレの背中にそっと手を回した。

 最近は二人きりの場所でなら、ハルも恥ずかしがらずにオレに触れてくれる。

「ハルの浴衣姿のが、断然可愛いけどね」

 ハルの柔らかい髪を優しくなでていると、愛しさが込み上げてくる。

「……カナは可愛いとは違うし」

「そりゃ、」

 と笑うと、ハルも笑った。

「続きも見てみて? 花火大会の写真は少ししかなかったから、一学期のイベントの写真を入れといた」

 オレはハルを解放して、アルバムを持つハルの手に触れた。

「えー、いつのだろう?」

 そう言いながら、ハルは次のページをめくる。

 花火大会の写真数枚の後は、球技大会や遠足の写真が続く。

「……え、やだぁ、これ入れたんだ」

 ハルは遠足の写真を見て、眉をひそめた。

 行きのバスに酔って、前半はほとんどの見学をパスしてベンチで保健の先生と休憩。写真は少し回復した後半のもの。それでも、顔色が今ひとつで、ハルは後から写真を見て嫌がっていた。

「ハルー、よく見てみて。ちゃんと可愛いから」

「んー」

 明らかに乗り気ではないのに、それでもオレの言葉にちゃんと写真を見る素直なハル。

「……あれ? 青白くない」

「だろ?」

「なんで?」

「あの写真、光の具合が微妙だったし、ちょっとだけ手入れたんだ」

「そんなことできるの?」

「できるできる。別におかしくないだろ?」

「うん。すごく自然な感じ」

 ハルは嬉しそうに笑った。

 写真の中のハルも、志穂他、数人の女子に囲まれて、ちゃんと自然な笑顔を浮かべている。

 この精神力は何だろうと、たまに思う。

 ハルは体調が悪くても、必ず笑顔を見せる。いかにも無理してる笑顔ではなく、それが心からの笑顔だと思えるから、多少顔色が優れなくても痛々しく感じられない。

 逆に笑顔がまるで出なくなったら、危険信号とも言える。

「カナ、すごいね」

「いや、普通だし」

 ハルは未だにガラケーだし、パソコンもそんなに触らない。どうやら、体調が悪い時のブルーライトがシンドイらしい。普段はガンガン使っているのに体調が悪いとまったく連絡が付かなくなる……なんて事態を避けるために、普段から電子機器に頼らない生活をしたいらしい。

 というのは、明兄から聞いた話。

 遠方の大学に通う明兄とマメに連絡を取ろうとしたら、やっぱりメールが一番簡単だ。ハルはオレとは桁違いに、明兄とはメールで連絡を取り合っているらしい。

 写真を最後まで見終わったハルは、オレを見上げて再度礼を言う。

「カナ、素敵なプレゼント、ありがとう」

「喜んでもらえて良かった」

 そう言って、ハルの額にキスを落とす。

 そのまま、おしゃべりに花を咲かせていると、ほどなく検査の時間がやってきた。

 トントン。

 ドアがノックされ、看護師さんが入って来る。

「陽菜ちゃん、そろそろ検査に出るけど、大丈夫?」

「あ、はい。……じゃあ、お手洗いだけ行ってから」

 ハルがベッドから降りるのをさりげなくサポート。

 そんな様子を看護師さんがにやにやしながら見ていることに、ハルは気付かない。

 ハルが室内のトイレに消えた後、顔見知りの看護師さんはオレに軽口を叩く。

「ホント、陽菜ちゃん、愛されてるよね」

「あーはい、愛してます。ちゃんと伝わって嬉しいです」

 と返すと、お年頃の看護師さんはポッとほおを赤らめて、明後日の方向を見て小さくため息を吐いた。

「……こっちが恥ずかしくなるわ」

「や、事実だし」

「そのストレートさ加減、日本人離れしてるよね」

「生粋の日本人ですけど」

「知ってるし」

 笑いあってると、ハルが戻ってきた。

「どうしたの?」

「いや、オレがいかにハルを愛してるかって話を……」

 と言いかけると、ハルが真っ赤になって、ぽかんとオレの腕を叩いた。

「もう。そういうのは、なしにしてって……」

 その様子を見て、看護師さんがクスクスと笑う。

「ホント、陽菜ちゃんはシャイよね。彼氏とは大違い。……さ、行こうか?」

「はい」

 ハルはオレを見ると、「行ってきます」と小さく手を振った。



   ☆   ☆   ☆



 ハルは待たなくて良いと言っていたけど、オレは病室で宿題をさせてと言ってある。

 エアコン効いてるし、ハルには会えるし最高……と言ったら、ハルは笑っていた。

 広々した特別室には大きな応接セットが置かれていて、勉強する場所には事欠かない。

 と言うわけで、場所を移してリュックから参考書を取り出した。宿題と言ったから、ハルは夏休みの宿題だと思っている。けど、オレがやるのはそんなものよりずっと大切な明兄からの宿題。

 明兄に、金のなる木の育て方を教えてもらうための勉強。物騒な名称だけど、勉強中なのはいわゆる投資。

 一ヶ谷と篠塚の二人に、二度とハルとオレに近づかないように釘を刺すため、明兄は百万近い大金を気軽にポンと使っていた。その出所が投資だと言う。

 確かに、今時はその手の不労所得の情報が溢れている。

 オレは喉から手が出る程、その「金のなる木の育て方」が知りたかった。

 聞いたら、明兄は、

「まずは自分で勉強しろ。試験に合格したら教えてやる」

 と言った。

「試験は面接。面接官はオレ」

 その言葉を受けて、オレはFX、株式投資、不動産投資、先物まで諸々、気合いを入れて勉強してきたという訳だ。

 勉強しろと言われて最初、親父の本棚を覗いてみたけど、小難しい経済学やら経営学の本ばかりで、「バカでも分かる初めての投資」みたいな本は一冊もなかった。明兄にお勧めを聞いたら、冷たく「三省堂に行ってこい」と言われた。素直に街に出て三省堂に行き、山ほど並ぶ本の中から一番簡単そうなのを購入した。

 ネットの情報は清濁混交で、良いものも悪いものも正しい情報も間違った情報も入り乱れているらしい。明兄からは、本気で勉強するなら金を惜しまず、少なくとも最低限の品質が保証された書籍で学べと言われた。なるほど、だ。

 今はもう八冊目。本などまるで読まないオレにしたら、二ヶ月で頑張った方だと思う。

 おかげで金の流れが、大分見えてきた気がする。

 キーワードは「不労所得」。

 別に働きたくない訳じゃない。ただ、オレは時間に縛られずハルの側にいたいだけ。ハルに言ったら、何を考えているんだって叱られそうな気がする。ってか、間違いなく言われる。

 だから内緒。

 ハルを待つ間に、ふと思いついて明兄にメールを打った。

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