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15.ガールズトーク1

 四月になり、わたしとカナは高校三年生になった。

 カナとはまた同じクラス。今年はおじさまにもパパにも、カナが先に手を打っていて、わたしが口を出す隙はどこにも残されていなかった。

 十四年目の同じクラス。

 大学にはクラスなんてあってないようなものだと聞いた。

 だから、もう良いかな……と思った。

 去年、わたしがおじさまに『カナと同じクラスにしてと頼まないで』とお願いした後、もしカナが何もしなければ、間違いなく別のクラスだったのだと聞かされた。おじさまやパパが、「あえて同じクラスにする必要もない」と言うことが、遠回しに「別のクラスにしろ」と同じ意味になるのだと、カナはとくとくとわたしに説明した。

 どっちにしてもクラス編成を操作することになるなら、……もう何もしなくても良いかな、と思った。

 それに、高校生活最後の年。できたらカナと同じクラスが良い。どこかでそんな甘えた気持ちもあって、そんな自分が嫌で心がまたもやもやを抱え込む。

 だけど、何を思ったってもう何も変わらない。現状をそのままに引き受けるしかないんだ。

 三年間同じクラスだったのは、しーちゃん、斎藤くん。

 この二人のことまで誰かが頼んだのかどうかまでは、分からないし知らない。聞く予定もない。

 去年と引き続き同じクラスの子も、一年ぶりに同じクラスの子もいる。そして、二年間隣のクラスだった田尻さんが、小学生の時以来、久しぶりに同じクラスになった。

 杜蔵学園大学へ内部進学するクラス。

 この一年を順調に過ごして、足切り点より高い成績をキープできれば、クラスメイト全員が同じ大学に入学することになる。

 外部の大学を志望する子たちは、それぞれの希望に合わせて理系クラス、文系クラスに分かれた。

 カナとは何事もなかったかのように過ごしている。

 誕生日の前の日までと同じ毎日。

 あれから、一度も『結婚』という言葉は聞いていない。わたしも口にしていない。

 だけど、カナもわたしも、お互いにその言葉を意識しているのは確かだった。



   ☆   ☆   ☆



「陽菜、叶太くん、おはよう」

 カナと教室に向かう途中で、しーちゃんに会った。

「おはよう、しーちゃん」

「志穂、おはよう」

 しーちゃんはわたしと合流すると、すぐに歩調をゆっくりにする。

 今年は南校舎の一階が教室。おかげで階段はない。本当にありがたかった。

「今日、委員決めだね。陽菜、図書委員やる?」

「やらないよ?」

 しーちゃんの言葉に即答。

「え? なんで?」

 しーちゃんの中には、一年生の時、委員決めの日に病欠して、図書委員やりたかったなと、ポロリとこぼしたわたしのイメージがあるのかも知れない。

「んー。よく休むし、当番のシフトとかで迷惑かけるしね」

 そう言うと、しーちゃんはわたしの肩をポンと叩いた。

「わたし、できない時は手伝うから、立候補したら?」

「ううん。そんな訳にはいかないよ」

 そんな話をしている内に、教室に到着。

「もし、気が変わったら言ってね」

 笑顔のしーちゃんを見ていると心苦しくなる。

「ありがとう」

 そう言って自席に向かう。

 今年はなんとカナと隣の席だ。

 恐るべき確率でクジを引き当てた……訳ではなく、誰かがこっそりカナに席を譲ってくれたらしい。

「ハル、はい」

 カナが窓際のわたしの机にカバンを置いた。

「ありがとう」

 カナが引いてくれたイスに座って、笑顔でお礼を言う。

 変わらぬ毎朝の光景。

 今さっきの話題について、カナは何も口を挟まなかった。カナは一年の頃に比べて、わたしの体調がずいぶんと悪くなっているのを知っている。

 去年の秋の修学旅行だって、一年生の時なら、きっともう少し頑張れた。

 年末の手術で心臓の状態は少しだけ良くなったかも知れない。だけど、体力は大きく落ちてしまった。

 運動はもちろんできない。

 劇的に体調が良くなった訳でもないから、活動量も増えない。無理は決してしないように言われているこの状態では、入院と療養で落ちた筋肉も戻しようがなかった。

 例えば昼休みの三十分、放課後の一時間、図書館のカウンターに入って本の貸出や返却手続きをする……それだけの作業が、今のわたしには多分荷が重い。返却された本を整理して、棚に戻すなんて重労働はとてもできないと、本能が否定する。

 そもそも同じ一階にあるのに、別館になっている図書館への移動がしんどい。

 高校最後の年、少しでも平穏な毎日を送るためにも、できるだけ無理はしたくなかった。


 委員決めが終わった後の休み時間、カナが聞いてきた。

「ハル、選択授業、何取る?」

 無事、すべての委員が決まった後、選択授業の履修案内が配られた。

 一週間後までに提出して、調整後、授業が始まる。それまでは新入生歓迎会とか、生徒総会とかの年度始めのイベントとか、後は学力テスト、その他、必修科目の授業なんかがある。

「もらったばっかりで、何にも決めてないよ?」

 選択授業は地学、数学3、世界史、小論文みたいなお勉強系もあれば、ドイツ語、中国語、フランス語みたいな言語系もある。その他、食物とか被服の家庭科系、染色、弦楽器、華道、ゴルフ、柔道みたいな実技なんだか趣味なんだか、それとも部活!? そんな不思議な教科もたくさん並んでいた。

 大学付属のエスカレーター高校ならではの選択科目は見ているだけでも、なかなか面白い。受験生並みの勉強もできるし、自らの見聞を広げる選択もできる。

 ただし、成績に大きな問題がある生徒は、強制的に、数学強化とか英語強化みたいな授業の履修が決まるらしい。幸いそんな通知はなかったので、安心してこの一年、何を学ぼうか迷うことができる。

 わたしが見ている選択科目一覧を一緒に覗き込みながら、カナはにこっと笑った。

「決めたら教えてね?」

「……なんで?」

 なんだかイヤな予感がして聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。

「そりゃ、ハルと同じの取たいから」

 悲しそうに「それ聞く?」と言われても困る。授業って、そういうものじゃない気がするんだけど。

「じゃあ、わたしが被服とか取ったら、カナもそれ取るの?」

「取るよ」

 明るく言われて絶句すると、カナが続けた。

「ところで被服ってなに?」

 なんだ。知らないから言っただけか……。と思ったのに、

「洋裁かな? 服を縫うの」

 と答えると、

「へえ~。ハル、好きそうだね」

 の一言で終了。

 ……被服でいいんだ。

「カナは取りたいのないの?」

「オレ? うーん。特にないな」

「……じゃあ、わたし、数学3と物理取ろうかな」

 今度はさすがにカナも慌ててくれた。

「ハル!? なんで、わざわざそんなものを!?」

「面白そうでしょう?」

「……あーうー、……んー……ハル、責任持って教えてね?」

 絶対イヤだと思うのに、カナがそんなことを言うものだから、思わずクスクス笑ってしまった。

 結局、わたしが何をしようとカナは受け入れてくれる。

 付き合っているんだから、選択授業で示し合わせて同じものを履修するのは、きっと普通なんだろうと思う。今だって、友だち同士で何を取ろうかって話をしてる子もいるし、彼氏に相談しようなんて盛り上がってる子もいる。

 わたしは何かにつけて、カナばかりに歩み寄ってもらっている。

 ……これじゃあダメだ。あまりに申し訳なさすぎる。

 結婚はムリ。そこは歩み寄れない。

 だけど、普通に恋人同士として、わたしだって少しはカナのためになにかしなきゃ……。

「カナが取りたいの、教えて?」

「いや、だから特に……」

「一緒に考えよう?」

「え?」

 カナが戸惑ったように言った。

「二人ともが好きな授業を……一緒に選ぼう?」

 カナは目をまん丸くしていた。

「……ハル!!」

 気がつくと、カナに抱きしめられていた。

 そして、当然のように、近くの席のクラスメイトたちに囃し立てられて、わたしは真っ赤になってカナを押し戻したのだった。

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