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プロローグ

※拙著「12年目の恋物語」、「13年目のやさしい願い」の続編となります。よろしければ、そちらを読んだ後にお読み下さい。

「お誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

 四方から、ハルへと向けてグラスが差し出され、ガラスの合わさる綺麗な音が鳴り響き、青空の下、グラスに満たされた飲み物がふわりと揺れる。

「ありがとう」

 祝福の言葉を受けて、ハルは嬉しそうに穏やかな笑みで応じた。大きな瞳は嬉しげに細められ、柔らかい髪がふわっと風に揺れる。

 三月下旬、恒例のハルの誕生日バーベキューパーティ。

 ハル……牧村陽菜まきむらはるな。オレ、広瀬叶太ひろせかなたの幼なじみにして最愛の恋人。

 ハルは今日、十七歳の誕生日を迎えた。

 例年通り、今年もハルの家族、敷地内の隣の家に住むハルのじいちゃん、ばあちゃん、それから隣に住むオレの家族……総勢十人が広々した庭に集う。テーブルは細長く、手前がオレたち子ども組、向こう側が大人六人。

 大型のバーベキューコンロは二つで、お手伝いさんたちが慣れた手つきで肉やシーフード、野菜を焼いていて、ジュウジュウ油が落ちる音が響き香ばしい匂いがただよい食欲をそそる。

 テーブルの真ん中に置かれた大皿に焼きたての肉や野菜が置かれていく。

「ハル、肉、取ろうか? 何が良い?」

「……あ、えっと」

「陽菜、置くよ」

 ハルが言いよどんでいる間に、向かいに座る明兄がオレを差し置いてサッサとハルの皿に肉と野菜を置いた。

「あ、お兄ちゃん、ありがとう」

 ハルは笑顔でお礼を言った後、皿の上の肉を見て、少し困ったように小首を傾げた。

 向かいで、兄貴が明兄に「大人気ないなぁ」なんて、ちょっかいかけている。明兄の返事は「何のこと?」。オレにはやたら手厳しいけど、兄貴といるとごく普通の人間に見えるから不思議だ。

「あんまり食欲ない?」

 ハルに小声で聞くと、小さく頷いた。

 ハルは心臓に生まれつきの持病がある。

 飲まなきゃいけない大量の薬のせいもあって胃も常に荒れ気味らしく、普段からかなりの小食だ。肉よりは魚の方が好きだし、もっと言うなら、魚よりも雑炊とかおかゆとか、煮物みたいな消化の良さそうな料理の方が好きだと思う。そして、好物は果物の入ったゼリー。

 それでも、別に肉がまったく食べられない訳でもない。特に、今日みたいな日に出てくる肉は極上。炭火で焼くから油も落ちるし、臭みもなく、柔らかい。いつもの年なら、ハルなりにそこそこの量を食べている。

 最初の一口で迷うなんてこと、普段のハルならない。

 抜けるように白い肌のハル。顔色が悪いと言うほどではないけど、決して良くもない。笑顔は浮かべているけど体調がイマイチなんだろう。

 だけど、今日はハルの誕生日。

 自分のために集まってもらった場で、食欲がないと言って明るい空気に水を差したくないとか、心配かけたくないとか何とか、きっとハルはそんなことを考えている。

 ハルはいつも誰かに気を遣ってる気がする。

 だけど本当は、みんな、不調を隠して無理されるより素直に心配をかけてくれた方が良いと思ってる。

「ちょっと待ってて」

 オレはぽんとハルの頭に手を置くと席を立ち、給仕をしていたお手伝いの沙代さんのところに向かった。

「沙代さん、果物ちょうだい」

 さすがハルが生まれる前からハルの家に住み込みで働いてる沙代さん。すぐにオレの意図を理解してくれた。

「お嬢さまにですか?」

「うん。肉食べる気分じゃないみたい」

「ちょっと待ってくださいね」

 事前に用意していたらしく、沙代さんは大きなクーラーバッグの中から涼しげなガラスの小鉢を取り出した。

「はい、どうぞ」

 メロン、リンゴ、グレープフルーツ、キウイ、バナナ、イチゴ……細かく刻んだ色とりどりのフルーツで作ったゼリー。

 フルーツのゼリーはハルの好物だ。いつもは季節の果物で作ったものが多いけど、誕生日だからか今日はやけにたくさんの種類が入れられていた。

「ありがとう!」

「他にも、普通の果物やフルーツポンチもあるので、そちらが良ければおっしゃってくださいね」

「うん。了解!」

 小鉢片手にハルのところに戻ると、ハルは目の前に置かれた肉ではなく焼きカボチャを食べていた。

「ハル、ゼリーもらってきた」

「あ……ありがとう」

「ムリに肉食べなくて良いよ。ハルが草食なのは、みんな知ってるし」

 とオレは、席について早々ハルの肉に手を伸ばす。これはオレが片付ければ良い。

 うん。うまい。

 向かいの明兄が小さく肩をすくめた。

「陽菜、悪かったな。聞かずに取って。気にしなくて良いから。叶太の言う通りだ。陽菜が肉が得意じゃないのは、みんな知ってる」

 明兄はしまったなぁという顔。何しろ、ハルの答えを待たずに肉を取り分けたのは、ただ単にオレへの嫌がらせだったんだから。けど、さすがに明兄もそうは言えない。

「そうそう。ハルちゃん、気にせず好きなモン食べれば良いんだから。オレは、誕生日くらい自分が好きなものだけ食べて良いと思うよ? オレ、子どもの時に、本気でそう思っててさ、お袋にネゴって、ひとりでホールケーキ二つ食べたよ」

 兄貴も笑顔で言った。

 その言葉と兄貴が両手で示した大きさにハルが絶句する。

「え? ホールケーキ二つ!?」

「そう。小三だったかな? ……で、食い過ぎて気持ち悪くなって、ケーキが苦手になったね」

 明兄が兄貴の隣でぷっと吹き出した。

「おまえ、あの時、プレゼント持参してったオレにイチゴ一個しか寄こさなかったよな。で、次の日、腹壊して学校休んでやがるの」

「若気の至りだね」

「何堂々とぬかしてる」

 じゃれ始めた二人を横目に、オレはハルの前の小鉢から果物のゼリーをすくって、ハルに差し出した。

「カナ?」

「はい、あーん」

 その意図を理解し、たちまちハルが真っ赤になる。

「え、ウソ。……やだ」

「ほら、ハル。早くしないと、こぼれちゃうよ」

「あ、あのね。……わたし、自分で食べられるし」

 もちろん、そんな事は承知の上だ。ついでに言うと、ハルが公衆の面前でイチャイチャするのが苦手なのも知っている。

 だから、ハルがスプーンに手を伸ばしてきた時には、すんなり離した。

 ……少しは気分、変わっただろうか?

「ありがとう。……いただきます」

「美味しい?」

「うん。とっても」

 ふわぁっと明るくなった笑顔がまぶしくて、オレは思わずハルの頭を抱き寄せた。

「ハルちゃん、相変わらずシャイだよね」

 兄貴が可愛くて仕方がないという目でハルを見る。てか、ハルはオレのだからね……と言わずとも、さすがに兄貴は知ってるか。

 オレを見てニヤニヤ笑うんだもんな。からかうなよ。

「……カナが、人目を気にしなさすぎだと思うの」

 ほんの少し唇を尖らせて、ハルが不満げに言う。

「いや、ハルちゃん、叶太は確かにストレートだけど、これくらい普通だと思うよ。なあ、明仁」

 けど、明兄は、

「いや、叶太はもっと慎み深くしとけ」

 と一刀両断。

 明兄のはただのシスコンだろ? と思ったけど、口で勝てる気がしない。

 言い返さずにいると、兄貴はプッと吹き出した。

 そんなオレたちの様子をハルはニコニコしながら見守っていた。

 ハルの向こう側では、大人は大人で楽しそうに盛り上がっている。

 ハルの母さんが、

「この青空の下、昼間っから酒飲んで……ってのが、独特の開放感なのよね~」

 とグビグビとビールを煽ると、親父がそれに相づちを打ち、同じようにビールを空ける。

「今頃、会社でみんな働いていると思うと、申し訳なくなりますね~」

 とか言いつつ、まったく申し訳なさそうではない。

 毎年、この日は大人全員、何があっても休みを取る。

 医者のおばさんさえ、代診に名医を呼んで完全なバックアップ体制を取っていると聞いたことがある。

「響子さん、ホタテがそろそろ良さそうだから、もらって来ようか?」

 と甲斐甲斐しく奥さんのために動くのは、ハルの父さん。

 何歳になっても、人がいようがいまいが気にすることなく仲が良い夫婦だ。どちらかと言うと亭主関白気味な親父より、オレがお手本にしたいのはおじさんの方だ。

 オレは軽口をたたいたり、ハルをかまったり、大人たちののどかな光景を見るともなしに見ながらタイミングを計っていた。

 いつ渡そう。

 今か、それとももっと後?

 オレが渡そうとしているのは、誕生日プレゼントより少しだけ特別な贈り物。

 ハルはどんな顔をするだろうか?

 驚くだろうか? 喜んでくれるだろうか?

 ドキドキする。

 気がつくと、手のひらにじっとり汗をかいていた。

 ……いや、大丈夫。反対する人間はいない。明兄ですら、許してくれたんだ。

「叶太」

「ん、なに?」

「おまえ、いいの?」

 兄貴に言われて、ハッと我に帰る。

 気が付くと、オレは随分とボーッとしていたらしく、ハルのじいちゃん、ばあちゃん、うちの両親、そして兄貴がハルにプレゼントを渡し終えていた。ハルの家族は家で既に渡しているのか、笑顔でハルを見守っていた。

 一瞬迷った。ここで渡すか、後で二人きりの時に渡すか。

 でも早すぎるそれは、今ここで祝福されたものだと示さなければ、やんわりと拒絶されるかもしれない。

 オレはローズピンクの小ぶりの紙袋から、静かに小さな箱を取り出した。

 それを見て、兄貴がニヤッと笑ったのが目の端に見えた。おばさんが面白そうに身を乗り出し、おじさんの表情が引き締まり、明兄がため息を吐いたのも見えた。

 よし行ける。

 じいちゃんは、頑張れと声に出さずに口を動かした。

 オレはさっきまでの緊張はどこへ行ったのか、すっかり落ち着いていた。

「ハル、お誕生日おめでとう」

 オレは大きく椅子を引き、隣に座るハルの前で腰を落とした。

 ハルに付き合ってくれと告白した高一のあの日を思い出す。あの時は教室、今はハルの家の庭。

 場所もギャラリーも違うけど、オレの緊張はまったく同じだった。

 オレは小箱の蓋を開けて中身を取り出した。

 ハルがそれを見て、目を大きく見開いた。

「え?」

 オレはまるで宝物に触れるかのように、ハルの細っそりした左手を取り、その薬指にそっと指輪をはめた。

 大粒のダイヤモンドがプラチナの華奢な台の上で燦然と輝いていた。

 ハルが息を飲んだ。

 それから浮かべたのは、困惑の表情。

 風が吹き、木々がさわさわと音を立てるのが聞こえた。

 その場にいた誰もが、静かにオレたちを見守っていた。

「ハル」

 愛しいその名を呼ぶと、ハルの視線が左手の薬指からオレへと移った。

「八月のオレの十八の誕生日が来たら、オレと結婚してください」

 その言葉に、ハルの大きな目が更に見開かれた。

「………え?」

「ハル、愛してる」

 ハルの表情がスーッと潮が引くように堅くなり、そのまま長い沈黙が始まった。

 ハルは口が重い。

 普段でも、相当考えてからしか言葉を口にしない。

 多分、思ったことの半分も話さない。

 ハルの頭の中には、今、きっと色んな言葉が渦巻いている。

 ……けど、ハルは今、驚いているだけじゃない。さすがにそれは分かった。

 高一の昼休み、ハルに付き合って欲しいと言ったあの日もハルは驚いていた。けど、その驚きの中にはハルの暖かい喜びとか嬉しさとか、そう言う想いも垣間見えた。今のハルには、それがない。

 それどころか、流れるのは冷たく硬質な空気ですらあった。


 オレはハルが大好きで、四歳の時が初恋で、それからずっとずっとハルしか見ていない。

 家も隣同士の幼なじみで、幼稚園からずっと、十三年に渡って同じクラスの同級生。二年前からつきあい始めて、家族公認の恋人同士。

 普通の恋人同士よりは、きっと多くの時間を共にしてきたし、今もそう。

 だけど、オレにはそれだけじゃ足りなかった。

 朝から晩までハルと一緒にいたかった。

 遠方の大学に通うために家を出た明兄、週何回もの夜勤をこなす脳外科医のおばさん、いくつもの会社を経営する超多忙なトップエグゼクティブのおじさん。

 ハルが夕飯を家族の誰かと食べられる日は週の半分もない。ハルは愚痴一つ言わないけど、寂しくないはずがない。

 オレはしょっちゅうハルの家にお邪魔していて、できる日はハルと二人で食事をとるけど、……オレもまだ子どもで、基本、食事は家で食べるように言われる。


 心臓病の持病があるハル。

 夜、具合が悪くなっても、家の人をわずらわせたくないと、ひとりで我慢することが多いと知り、なんでその場にオレはいられないのだろうと胸がつぶれそうに痛んだ。

 五ヶ月前、修学旅行中に体調を崩して、一人先に帰宅し入院したハル。

 入院こそしているけど大丈夫だと聞いていたのに、三日後、帰宅するとハルはICUに入れられていた。三度も心停止に陥り、人工呼吸器を着けられていたハル。

 何一つ知らされていなかったオレは、帰宅してそのことを知り、言葉が出なかった。

 なぜ、オレは一番にハルの元に駆けつけられないんだろう?

 なぜ、オレはハルの側にいられないんだろう?


 オレはハルのパートナーの座を切望していた。


「………なんで?」

 長い沈黙の後、つぶやくようにそう言ったハル。

 その言葉から、突然のプロポーズにハルが戸惑っているのが痛いほど感じられた。

「ハル、オレ……」

 オレがハルの言葉に応えようとした、その瞬間、ハルの顔からスーッと血の気が引いた。

 ハルは苦しそうに目をつむり、左手を胸元に、右手を口元に当てた。

「ハル!?」

 オレは慌てて立ち上がり、今にも崩れ落ちそうなハルの身体を支えた。

 手に触れたハルの肌は驚くほどに冷たくて、オレの心臓はドキンと跳ね上がった。

 貧血? それとも不整脈!?

「ハル!?」

 慌てて、オレはハルの背をさする。

 さっきまで笑顔で話していたのに、今は息をするのも苦しそうに、ハルの肩は大きく上下する。

 医者!

 そう思って、慌てておばさんの方に視線を向けると目が合った。

「陽菜!?」

 ついさっきまで、にやにやと面白そうに見ていたおばさんは我に返って椅子を蹴って立ち上がった。

 同じく、少し前まで笑顔で見守ってくれていたじいちゃんも駆け寄って来た。



   ☆   ☆   ☆



 ハルはそのまま自室に戻り、気持ちが悪いと戻し、その上熱を出し……、オレが次にハルに会えたのは翌朝だった。

 ハルはまだ熱が下がらず、苦しげに荒い息をする。顔色も悪く、かなり調子が悪そうだった。

 オレは、昨日の続き……プロポーズに関する事は、今日は話さないでおこうと決めた。

 ハルが手放しで喜んでいてくれるのなら話しても良いのだろうけど、そうでない可能性も考えなきゃいけなさそうな気配。なら、ハルの容態が落ち着いてから改めて、と思ったのだ。

 なのに、ハルはだるそうにしながらも、ベッドの上で身体を起こしてオレに言った。

「……ねえ、なんで、カナがわたしにプロポーズすること、……みんな知ってたの?」

 普段のハルなら出さない硬い声。

「え?」

「……パパもママも、わたしが望むなら、好きにしていいって言うの」

 ハルはうつむいて唇を噛み締めた。

「誰も……驚いてなかった」

「ハル」

「……知らなかったの、わたし……だけ?」

「え…と、それは……」

 言葉に詰まると、いつになくハルは厳しい声で言った。

「……ねえ、なんで、パパやママが、結婚していいって言うの?」

 疑問系でありながら、ハルはオレの答えを待たずに、次の言葉を綴る。

「わたし、まだ高校生だよ? なんで? どうして、わたしが何も言ってないのに、結婚なんて許してくれるの!?」

 一気に言って、ハルは苦しそうに大きく何度も肩で息をした。

慌ててオレはハルの背に手を伸ばし、ゆっくりとハルの背中をさする。

 なんで? なんでって、……オレが話したからだ。

 オレが許可をもらったからだ。

 けど、言葉に詰まる。

 どんなにオレたちが想い合っていても、オレたちは未成年で……、まだ高校生で……、ハルの両親はもちろん、オレの両親の許可なく結婚はできない。

 だから、オレは先に根回しに走った。プロポーズはその後で良いと思っていた。

 オレは自分の失態に、ようやく気付いた。

 オレはどうしてもハルと結婚したかった。だから、ハルもそうだと思い込んでいた。

 けど、ハルは結婚なんて考えてもいなかったんだ。

 オレが最初に話すべきは、ハルだった。

 痛恨のミス。だけど、順番の間違いは今更取り戻せない。

「ごめん。……ハルに一番に話さなきゃいけなかった」

 うつむいたハルの顔を覗き込み、オレは許しを乞う。

「ハル、本当にごめんね」

 だけど、ハルは目を合わせてくれなかった。

「ハル、改めて言わせて……オレが十八になったら、結婚して欲しい」

 長い長い沈黙がオレたちの間を漂う。

 ハルは目を伏せたままで、オレの頭には悪い予感しか浮かばない。

「カナ、ごめん。……できないよ」

「ハル?」

「考えられない」

「ハル、あの……急なことで驚かせたとは思う。けど、」

 だけど、ハルはそれ以上は聞きたくないという様子で目を伏せて、オレが昨日置いていったエンゲージリングの入った紙袋をオレの方に押しやった。

「えっと、ハル……」

 せめて、これは誕生日プレゼントとして受け取って、と言いたかった。

 けど、ハルの目が潤んでいたから……。

 これは、ただの誕生日プレゼントにしてはあまりに重すぎる指輪だから……。

 そして、ハルの体調が明らかに悪そうだったから……。

 だからオレは、今はこれ以上、ハルを悩ませちゃいけないと思ったんだ。

「ハル、『今は』考えられない……って思っておくね」

 ハルが顔を上げた。

「ごめん。オレ、先走ったかも知れない。けどね、本気だよ。オレは、ハルしか考えられないし、朝も昼も夜もいつだってハルと一緒にいたいと切望してる。堂々とハルのパートナーを名乗りたい」

 ハルの表情は固く強張ったまま動かず、オレは何と言っていいのか分からないまま、ハルの頬に手を添えた。

「愛してる。大好きだよ、ハル」

 ハルは数秒の沈黙の後、伏せていた顔を上げた。

「……わたしも」

 ハルの目から、ずっと我慢していただろう涙があふれた。



 一体、どこからやり直せば良いのか?

 プロポーズまでの長い道のりを思い出し、オレは途方に暮れていた。

 それでもハルとの結婚を諦める気など、欠片もなかった。

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