昇天と条件
「……繋魂使」
横文字だったんだあれ。
「人間界に落ちている魂を、天界と繋ぐという役割を持っているらしくてね。『貴方の未練を叶えられる範囲で叶えてみせます』て言ってくれたんだ。僕は心底嬉しかった。だって僕を天界に送るために頑張ってくれる人がいるだなんて思ってもいなかったんだからさ」
「そう……だったんですね」
「それで僕は言ったんだ。私の未練はこうですって。そしたら何て言ったと思う?」
「……叶えてみせます。ですか?」
おじさんがふっと鼻をならす。
「『いやー、ちょっと無理っすね』」
「あっさりだな!! そんなあっさり断られたの!?」
「危なかった。あやうく繋魂使にも見捨てられるところだった」
後ろで女の人が、ケタケタと笑う。え、これ笑うとこなの!? ねぇ!? あんなにしんみりしてたのにこんな直ぐぶち壊しちゃうの!?
「けどそんなタイミングで丁度連絡が来たんだ。貴方の願いを叶えられそうな人物がいますって。その人ならきっとあなたの未練を叶えてくれるでしょうって」
おじさんが仰ぐように天井を見上げた。
「そして……僕はここに来たんだ。その僕の未練を叶えてくれる繋魂使に会いにね」
「それが……もしかして私?」
「そう。お嬢さん君だ。君にしか僕の未練は叶えられそうにない」
私に……しか。
「多分」
「多分かい」
女の人が、コツコツと音を立てながらゆっくりと私の方へと歩いてくる。
「まぁー、そういうこった。本当は説明とハウトゥー講座だけして先輩の繋魂使に任せようと思ったんだけど……せっかくの機会だ。いきなりだけど繋魂使として仕事をしてみるのもいいんじゃないか? それがきっと今からの君の為にもなる。それに補足として言っとくけど君が殴ってもおっさんは痛みを感じないよ。そういうふうにこのハンマーは出来てるからな」
「……わかりました。だって……私にしかこのおじさんの未練は叶えられないんですよね」
「ああ、そうさ。君にしか叶えられないと思う。それくらい彼の願いは特殊なんだ」
女の人が、にこやかに微笑む。
「ついにやる気になったのかな?」
こくっと私は頷いた。だってそんな事を言われたら……私がやるしかないじゃんか!
「よし! 全力で殴れよ? 中途半端に殴ったらおっさんはただただ痛いだけだからな?」
「……わかりました。けどその前に確認させてください」
「いいよ。私に答えられる範囲なら答えようか」
私は深く息を吸い込む。
「もうこの人は死んでいるんですよね?」
「ああ、そうだ。二年前に病気で死んでる」
「私がコレで殴ることで未練が叶う」
「ああ。それをこいつは望んでる」
「最後に一つ。私はこの人を思いっきり殴れば生き返る」
「正式には黄泉帰りだけどな。三年経ったら正式に生き返るよ」
……よし! 心の準備が出来た……ことにしよう! どっちみちやるしかないんだもんね!
溜めた息を一度全部吐き出し、もう一度肺がいっぱいになるまで空気を溜め込んだ。
両手の拳にぐっと力を込める。見た目よりもはるかに重たいハンマーをゆっくりとではあるが持ち上げていき、安定させようと肩にかついだ。重さに耐え切れず足がよろけそうになる。だが、足を踏ん張り何とか重さに耐えた。そして溜めた息を吐きながら徐々にハンマーを振りかぶっていき、ぐっと力を入れて、
「あ、最後に私からいい?」
「な、なんですか?」
急なことで力が抜けた私は、ガクンっとハンマーの先を地面に叩きつけてしまった。いや、危うく肩が外れるとこだったよ?
「あれだ。霊をこっちの世界に送る。私らは昇天って言ってるんだけど、そん時にはいくつか条件があってね。まぁ普通なら幽霊の未練を解決していくなかで自然に全部条件が揃うんだけど、いかんせん今回は手段がバラバラだ。そんなこともあってな。一個だけまだ揃ってない条件があるんよ」
「そうなんですか?」
昇天とか条件とか聞いてないよ。
「そうそう。てか説明不足で悪かったけど、昇天てのは霊をこっち送ることで、詳しい条件については……まぁ先輩の繋魂使にでも聞いてくれ。そんで条件が揃わないとどうなるかっつー話に戻ると、結論、幽霊は昇天することができないし、その上昇天できないで殴られた幽霊側は割とマジでいてぇらしいんだわ。なんせ実際に全力で殴られるようなもんだからな。つまりはというと、条件を揃えずに幽霊を殴り飛ばしちまうと大変なことになるってわけだ」
「……なるほど」
あ、危なかった。
「んでその残った条件ってのが幽霊は嘘をついちゃいけないとか、繋魂使が被害を被るような依頼は受けない……とかあるんだけど、まず第一条件にね。君、このおっさんの未練が何か聞いてないだろ?」
確かに。未練を私がいれば叶えられるのはわかったけど、どんな未練かは聞いてない。
「でしょ? 未練を繋魂使が把握してるっていうのも、一つの条件だからな。しっかりと、このおっさんの未練を君が聞いとかないといけねぇわけだ」
女の人がおじさんの方を振り向く。
「つーことでおっさん。ほら未練を言ってくれる? それも必要なことだからさ」
「……また無理とか言われないですかね?」
おじさんが今日初めてであろう、凄く不安そうな顔をした。
「大丈夫大丈夫。この子なら出来る」
ぽんっ。と女の人が私の肩を叩く。
「が、頑張りますよ!」
だって私が頑張らなきゃ、おじさんは昇天できないんだもんね!
「……」
おじさんの目が泳ぐ。そんなに動揺するほどの未練なんて……一体どんな未練なんだろう。
それにそんな未練……私なんかに叶えられるのかな。
「わかりました……。それじゃあ」
おじさんが、力強く私の目を見つめる。
「いいかいお嬢さん落ち着いて聞いてくれよ」
私は、こくっと頷いた。
おじさんが、重い口を開く。
「あのねお嬢さん。実は僕は……」




