そしてここに戻ってくる
「「はーやく! はーやく!」」
……駄目だ! 遡ったのは間違いだった! 尚更落ち着かないよ!! てか冷静に考えたら色々意味不明なんだけど!?
私は記憶を遡ったことを全力で後悔する。遡ったことろで混乱しただけで何も生まれやしなかったぜ!
けど……なんとなくは察してるんだ。ここが私が今まで住んでいたところじゃないってことは。それに理解もしてるんだ。このおじさんを殴らなきゃ私は生き返れないってことも。
けど……けどさぁ。
「ったくもーっ。さっきから何うじうじしてんのさ。ちゃっちゃ殴れば、はよ終わんのにさぁ」
「そーだそーだ! 君は僕を殴れば生き返られるんだぞ!」
わかってるよわかってる!! けどまだ……心の準備が!!
「あー、あれだぜ? 君一人で出来なさそうだったら私の力でこう、無理矢理でも殴らせるよ?」
「……どっちみち殴らないと行けないんですよね?」
「さっきからそう言ってんじゃんか、君の意志があろうが無かろうが、力いっぱい殴られてそのおっさんはDead or Deadだ。てか、既にそのおっさんは死んでるんだからオーバーキルみたいなもんになるんだけど」
「はははっ! オーバーキルだね! 全く!」
「「はははははっ!」」
なんでこうも陽気なんだこの二人は。女の人はともかく、おじさんの方は既に死んでるとは言ったものの、今から見ず知らずの人に殴られるんだよ? 普通そんなの怖くて耐えられないないって!
私はどうしていいかわからずただただ視線を泳がせる。
そんな私を見かねたのか、縛られたおじさんが私に語りかけてきた。
「あのねお嬢さん、少し僕の話を聞いてくれるかい」
私はこくり。と頷く。
「僕はね、何となくわかっているとは思うけど無理矢理ここに連れて来られた訳じゃないんだよ。僕は今、僕の意志でここにいるんだ」
ふっ。とニヒルに笑ったあとおじさんは語り出した。
「少し昔の話になるけど、僕はもともと浮遊霊でね。未練を残したまま死んでしまった僕は、未練たらたらの幽霊ライフを送っていたんだよ」
「……」
「僕は未練を叶えて人間界からいなくなりたい。けど僕ら幽霊は未練があるとあの世ってところに行けないわけでさ。それでどうにかこうにか未練を達成しようと思ったんだけど……その未練を達成するということは、僕にとってはハードルが高すぎたんだ」
「……そうだったんですか」
「だから僕はね。このまま未練を叶えることは無いんだろうって思ってね、もう開き直っていたのさ。浮遊霊だった僕は地縛霊になってしまってね。色々な悪さだってしたし、人に迷惑だってかけた。もうどうにでもなってしまえってね」
「あ、ところで浮遊霊と地縛霊の違いってわかるぅー?」
割り込んでくるなよ!? 今おじさんの話し聞いてるとこじゃん!? おじさんも、えっ? このタイミングで!? て顔してるし!
そんな私達の思いを気にすることもなく女の人は話をすすめる。
「さっきほら、パーツが欠けてんのが地縛霊っていったじゃん?」
「確かにそう言われましたけど……」
「その説明も間違いじゃないんだけど、なんでそうなるかっつったら根本的に違うからそうなるんだよねぇ」
例えば。と女の人は話を続ける。
「このおっさんがいい例で、未練があるだけなら浮遊霊になるんだわ。未練を果たすためにあちらこちらを歩きまわってて、まぁまぁ歩いてるだけだから対して問題は起こさないんだよね。たまーっに写真に写りこんじゃうぐらいで」
「前、テレビで僕が写った心霊写真が紹介された時は焦りましたよ。ここの局、プライバシーも何も無いなぁって」
「だろぉ? あれ困るよな?」
「しかもこの写真は偽物だ! とか言われちゃって」
「マジで? そりゃひでぇな!!」
「「はははははっ!」」
「あるあるみたいに話されても困りますよ!? てか心霊写真ってそんな軽いもんだったんですか!?」
それでそれで。と女の人が話を続ける。
「けど、生きてるうちに相当嫌な思いをしたとか、未練が果たせずに悶々とするとか、こう恨みとかフラストレーションが溜まると地縛霊に昇華するんだわ。まぁ昇華っていう言い方があってるかどうかは置いといてな」
女の人が、どこから出したのかガムを取り出す。いや、今あなた話してる途中だよね?
「そんで地縛霊になると、少しでも晴らそうとするんだろうな。自由に動く事が出来なくなるかわりに人やモノに八つ当たりが出来るようになるんだ。まぁ八つ当たりって言えるほど可愛くはないんだが。けどそうすると恨みが余りすぎて、人間味がでる。というか死ぬ前の状況に近づき過ぎちゃう訳で、そうすると自然と死んだ時の姿になっちゃうんだよね。それが君らが思い浮かべる霊であるし、さっき話したパーツが欠けてるところに繋がるんだわ」
「だから僕は、浮遊霊から地縛霊にシフトチェンジしたんですね」
「そーいうこった。まぁおっさんの場合は恨みっつーか悶々としたフラストレーションがでけぇと思うけど」
ガムを噛みながら女の人は、「あ、続けてどうぞ」おじさんに話を振る。
「それじゃあ続けるけど……とにかく僕は色々な迷惑をかけてたんだよ。今思えば自分でも嫌になるくらいのね。そんなことしたって誰も報われるわけじゃないのにさ」
おじさんが、静かに目を伏せた。
「僕のせいでどれだけの人が不快な思いをしたのか、どれだけ悲しい思いをしたのか……自分のことながら想像がつかないよ」
「……」
「そんな日が……1年くらい続いたのかな。僕のやってることは人に迷惑をかけること。それが悪いことってのは心のどこかでわかってたんだ。だから僕は常にこう考えてたんだ。誰か僕を止めてくれってね」
「……そうだったんですか」
「けどそんなことばかり考えていたある日。僕はついに出会ったんだ。僕を止めてくれるどころか、なんと僕の未練まで叶えてくれるという存在に」
「……といいますと」
おじさんが、力強く私の目を見つめる。
「君と同じ繋魂使だ」