繋魂使としての使命
私は痛む全身を引きずりながら一段一段と階段を這い上がっていった。両手を踏ん張りながら、足を引きずりながら。突き刺さったチェーンソーの脇を抜け、階段の最上段へと登りきり、うつ伏せで廊下へと倒れ込んだ。
「乃子さん……!」
「……んあっ? あー……香菜ちゃん。お疲れ様」
仰向けに倒れている乃子さんから、イェーイ。とハイタッチを求められるが……乃子さんの手は上がらない。
「ありゃっ、上がんないか。ははっ」
「そりゃ……あんなことになったら……」
「確かにそうやねぇ……おかしいなぁ。声は普通に出るんだけど」
そう言いながら乃子さんは血を吐き出した。
「乃子さん!?」
「あー……普通じゃないみたいねぇ……ははっ」
力無く笑う乃子さん。その姿はどうみたって無理をしていた。多分だけど……私に責任を感じてもらわないために。あくまで乃子さんは乃子さんのままで、これが普通でしょ? という雰囲気で話しているのだ。
そんな乃子さんに対し……私は……。
「乃子さん……すいません。私の……せいで」
フルフルと乃子さんは首を振る。
「いや……構わないし、いいよ。こうなることは想定内だし……たまたま一発目が上手く行っただけだったんだ。それに結果として鬼哭化した棟葉さんを倒せたんだ……むしろ謝るのはこっちのほうじゃん。いきなりなのに無茶させちゃって、こっちこそごめんね」
「いや……そんな」
フフッと力無く乃子さんは笑う。
「あぁーっ……けどよかったー。街に被害が出なくて……。本当によかった……本当に」
そう言いながら乃子さんは笑いながら……泣いていた。
「乃子さん……大丈夫ですか?」
「ははっ……大丈夫……なわけないよね……強がるんのはよくないかなぁ……はぁーっ。実は下半身がまだ痛いんだよね……」
そう言って鼻声気味で笑う乃子さんの下半身は……みるも無残な姿だった。均一に噛みつけられ、そのまま潰され続けた下半身は、足や腰などの部位に関係なく大きく鋭い歯型がつけられていた。細いところに至っては貫通してしまっている。
「……あー、マジで痛い。あーしぶといなぁ。中々感覚なくなってくんないよ……つーか津池さんのほうはどう? 痛くない? 気持ち悪くない?」
「……全身の骨が折れてる気がします」
私の身体も痛みが走っていたのだ。ついさっきまでは。今はなんの感覚もない。ただただ違和感だけが体中から感じられる。ただそれだけなのだ。
「うほっ、そりゃ痛かったねー……けどそんだけやられてりゃ内臓もイッてるはずだ……やったね死ねるよ」
「それで喜ぶのもなんだか……なんですけど」
「中途半端に痛みを覚えたまま生き残るよりも……私達の場合は素直に死んだほうがマシじゃん? 痛みも傷もなくなるしね。今までの死生観は捨てろ……とは言わないけど、せっかくだし出来る事はやらないと勿体無いじゃんよ」
そう言って乃子さんは二ヘラと笑った。……というよりは顔に力が入らなくなったらしい。
「……」
「……どうしたの? 浮かない顔して?」
「なんか、ホント……難しいですね」
「難しい?」
「はい。……私達は死んでも生き返ることが出来て、場合によっては……最期を奪うことだって許されて。けど大抵の人は死んでも生き返ることなくいなくなって……なんか……」
私自身の考えのはずなのに……自分で完璧に自分の考えや感情を理解できない。なんだろうか……凄く自分の胸の中が申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
「それは……誰もが考えるし、ぶちあたる壁じゃん。私だけこんなに生きていいのか。人の命を奪っていいのか……ていうのは」
「……」
「けど……そこで考え方を変えるとまた見方もおのずと変わってくる」
「そう……なんですか」
「ああ。これは……私に生き方を教えてくれた人。つまり私に繋魂使としての力を教えてくれた人の言葉なんだけど……聞く?」
「……聞きたいです」
「よしきた。それじゃ……二人とも死ぬ前にちゃっちゃと話そうか。私も感覚が消えてきたよ」
ふぅーぅと長く息を吐く。
「確かに私達は何度も生き返るし、時には相手だって倒す……けど、それは果たしてすばらしいものなのか? むしろ死んでも死ねず死ぬたびに死の苦痛を味わい、人の最後を見続けることを強制された私達のほうが厳しい道を歩いているのではないか。そう言われたんだ」
「私達の方が……厳しい道」
「そそ。……人から見てみれば都合のいい考えかもしれないけど、こうやって考えなきゃ……色々なことに押しつぶされそうになるんだよね。私達はこれからもたくさんの十字架を背負うことになる。昇天した人や、今日倒した……弥生ちゃんだって」
「たくさんの……十字架」
「そうだ。たくさんの十字架だ。私達はあの世へと送ったものとして責任を負わなければならないのさ……。そのためにはいかなる努力だって惜しんじゃいけない。私だって死ぬのは嫌だし、人を倒すのはいやさ。けど……その倍の倍の数の、向こうの世界に行きたくても行けない彷徨った霊達をあの世へと連れていくときには、凄くやり甲斐を感じてるんだ。勿論自己満足だと言われれば、その通りだし、死んでも生き返ることを妬まれればその通りだけど? ……あー、やっぱり都合いいかな……?」
ははっ。と力無く乃子さんは笑った。
乃子さんは自嘲気味に話したが……私は都合がいいなんて決して感じなかった。確かに死ぬときは痛いし、棟葉さんを倒すときには葛藤した。私にそんな権利があるのか。なぜ彼女を倒さなければいけないのか。そんな思いを三年間背負い、戦い続けるというのは……一種の地獄なのかもしれない。そしてそのことは繋魂使の決まりで誰にも言えず一人で抱え込まなきゃいけない。
それを二年間味わい続けている乃子さんの言葉には……とてつもない重さがあった。乃子さんはずっと……その思いを……背負い続けてここまで……来たんだ……。
「……あの、乃子……さん」
「……」
「乃子……さん……?」
「……」
乃子さんから返事はない。乃子さんの顔へと目を向けると……笑顔のまま動くことなく天を仰いでいた。
一筋の涙を目から流して。
「……なんだ。喋り終わって……そのまま……か」
私は息を吐き、ふと目の前を見つめる。
壊れた壁の向こうから見える先ほどまでどんよりと曇っていた空は、澄んだ空気で晴れ渡り夕焼けが鮮明に映る。その夕焼けは街中をそしてこの部屋の中を燦々と照らしていた。
「なんだ……雨降らなかったじゃん……」
夕焼けを見つめながら、私は思いを巡らせる。
昨日、坂の上で夕焼けを見ている時には、まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかった。けど坂道を駆け下り、黒猫に横切られた事がきっかけで、私は今生きるチャンスを与えられている。たくさんの十字架を背負うことと引き換えに。
繋魂使として使命を果たすことと引き換えに。
火照るほどの夕焼けに照らされながら、私は……。
ゆっくりと息を引き取った。




