戦闘⑥
「そんな!! それじゃ乃子さんは……!」
告げられた作戦はあまりにもシンプルで難しいものだった。考えるのは簡単。だが実際に行動に移すとなると……話は別である。
「しゃーないんだって……一人がか街かの話だ。それに街は生き返らないけど……私は万が一でも生き返られる」
まっすぐとした目で私を見つめた。
「……だから、あいつを確実に……頼むよ?」
「……わかりました」
色々と言いたいことはあった。けど今は……やるしかない。私はぐっと息を呑み込み……吐いた。
覚悟なんてない……けどやるしかない!
乃子さんと目が合い、確かめ合うように頷きあう。
「それじゃあ香菜ちゃん……行くよ!」
「……わかりました!」
ダッ! と乃子さんが部屋から飛び出す。そして、
「かかっておいでよ弥生ちゃん! 私が相手になったるよ!」
シャーッ! と猫のように乃子さんが叫ぶ。それに応じるように棟葉さんも叫音を上げる。
「こっちだ!」
チェーンソーを廊下の塀へと引っ掛けて、チェーンソーの歯の動きを、レールのように使い階下へと下っていった。棟葉さんもそれに続き一階へと白煙を掻き分けながら潜っていく。私はそれを見届けて乃子さんが指定したポイントへと移動した。
「ここ……だよね」
階段の上から階下が見える位置。先ほど乃子さんが一階へと降りたその位置だ。
下の階からチェーンソーが叫ぶ音や、家が軋む音が聞こえてきた。棟葉さんの叫音に呼応するように家全体がギシギシと揺れている。
「……大丈夫かな乃子さん」
二階に一人取り残された今、私は一抹の不安を感じる。確かに乃子さんは死んだって生き返るかもしれない。それは実際に目でみたし、私も体感してきた。けど……命をなげうって戦うということは何だかとても悲しいし、複雑な心境なのだ。確かに上手くいけば確実かもしれない。が、もし乃子さんが失敗したら。乃子さんが成功したところで、私が失敗したら……。
ギュッと手汗が滲む手でハンマーを握りしめた。
「……信じなきゃ。私は任されたことを……やるんだ」
ぶんぶんと頭を振る。不安をなんとか薙ぎ払わなければ、こんな気持ちじゃ出来ることだってやれやしない。私は来る時をまってイメージを膨らませ確実にしていく。
「このハンマーで棟葉さんを倒す……棟葉さんを……倒す?」
あれ? なんで倒さなきゃいけないんだっけ? そんな考えが頭をよぎった。
確かに棟葉さんは人を殺した。それに私と乃子さんを殺した。けど……だからといって私達に棟葉さんを殺す理由があるのかと。
門番さんは言っていた。私達の仕事はこっちの世界へと霊を連れてくることだと。けど乃子さんは言った。ああなったら昇天は無理だと。殺すしかないと。
「……嫌だよ。私は……私は……」
私は心の中で迷う。答えはわかってる。わかりきってる。棟葉さんを倒さなきゃ……誰も幸せになんかなりやしないってことも。それが繋魂使としての使命であり、誰もが救われるはずだということも。
けど……けど……。
「今だ香菜ちゃん! 倒せ!」
階段を駆け上がって来る乃子さん姿が見える。そしてそれを鬼のような形相で追いかける棟葉さん。
「……で、でも!」
「いいからやって! 早く!」
「……!!」
私は階段から飛び降り棟葉さんへと殴りかかった。が、
「!! 跳ね返された!」
ハンマーはダメージを与えることはなく、その反動で私は…階段の下へと弾き飛ばされた。
「香菜ちゃん! チッ! クソ!!」
乃子さんが反対側へと振り返り、チェーンソーを構える。が、
「ああああああああぁぁあああ!!!!」
乃子さんが口から血を吹き出す。乃子さんの下半身が棟葉さんに噛みつかれていた。
「の、乃子さん!」
「この……野郎!」
チェーンソーで棟葉さんの頭を突き刺す。が、棟葉さんが乃子さんを噛む力は緩まない。
「乃子さん! 乃子さん!」
私の……せいでまた乃子さんが……。
私は階段へとペタリと座りこんだ。私は……何をやってるんだ。迷ってしまったせいで……乃子さんはまた大きなダメージを負ってしまった。それにこのチャンスを逃してしまえば……。
自己嫌悪に潰されそうになる。私のせいでこの街も……乃子さん……と考え込んでいた。その時、
「……これでよし」
乃子さんが呟く。薄っすらと笑みを浮かべながら。
「乃子……さん? 何笑ってるん……ですか?」
棟葉さんは未だ力を緩めようとしない……がよくみると様子がおかしかった。棟葉さんは顎を震わせ、確実に口を開こうとしている。が開けないのだ。まるで何か外力によって押さえつけられているように。
「まさか……乃子さん」
「……へへっ これで……抵抗できねぇだろ」
血を吐きながら、乃子さんはニヤリと笑う。乃子さんは何も棟葉さんの力のままに噛まれているわけではなかった。わざと噛みつかれチェーンソーの歯を口内から床へと食いつかせ、頭が動かないように固定していのだ。
「ワンモアチャンス……ゲット……!」
棟葉さんが頭を動かし抵抗する。が、乃子さんは力を緩めない。強く強く抑え続けている。
乃子さんがすぅーっと息を吐き、奥歯を噛み締めながら私へと語りかける。
「香菜ちゃん……迷っちゃダメだ」
乃子さんが両手で、棟葉さんから床へとチェーンソーを押さえつけながら、私の方を見つめた。
「躊躇っちゃダメだ。疑問に感じちゃダメだ。感情に振り回されちゃダメだ!」
力強く乃子さんが私へと訴えかける。
「目の前の事実を見つめろ! 何が正しいのかを考えろ! 君は今何をすべきなのか考えろ!」
乃子さんがぐぅっと力を込める。私は乃子さんの迫力に圧倒されていた。
「乃子……さん!」
乃子さんが、最高に悪い笑顔で中指を立てた。
「香菜! こいつを倒せ!」
私はハンマーをぎゅっと握りしめる。もう迷いなんてなかった。
「いっけえええええぇぇ!!」
乃子さんの声を全身で受け止め、棟葉さんの背中を駆ける。上へ、更に上へと。棟葉さんの頭を目指して。
蛇のような柔い肌は弾力を持っており一歩一歩が、身体へとめり込み跳ね返る。非常に不安定に感じる足場だが、今の私には関係なかった。頭の中にイメージは出来た。乃子さんの言葉で目覚めたのだ。何をすべきなのか。今私が何をすることで誰が救われるのか。
棟葉さんの脳天の上へと到達する。
「こいつで……こいつを!」
私はハンマーを全力で振りかぶり。一閃。
「ぶっ倒す!」
脳天へとハンマーを叩きつけた。
「──────────!!!!」
棟葉さんの叫音が響き両手に衝撃が走る。すると今までに感じたことのないほどの強い衝撃が、両手から足先、脳内まで全身が震わせたのだ。全身がビリビリとシビレ、全身の骨から嫌な音がする。それだけで今どうなっているのかがわかった。
乃子さんが階段の上へと放りなげられ、全身に力が入らなくなった私は階段の下へと転がり落ちる。家の中は揺れ、鼓膜がやられそうになる。……そして。
先ほどまで、激しい音が響きつづけていた家の中が水をうったように静まりかえる。
まるで棟葉さんは最初からここにいなかったみたいに、跡形もなく消滅したのだ。




