戦闘⑤
「いいから早く! そいつで殴って!」
「は、……はい!」
私は、さっき門番さんに言われたことを思い出し、「これは……二本で一対!」
二本のハンマーを両手で重ね。全力で塊へとぶつけた。
が、弾力で後ろへと跳ね飛ばされる。
「うをぁっ!?」
「……っと危なーい」
倒れかかった私を乃子さんが両手で支えてくれた。
「あ、ありがとうごさいます」
「ああ、いいよいいよ。今は君にダメージを負われるのが一番痛い」
ちょんっと跳ね返され、私は立ち直る。乃子さんもわたしに続き立ち上がった。
「つーことで……状況はわかったね」
「いや……さっぱりですけど。……棟葉さんは今どこに」
「今その質問っつーのは、なんとなく察してるじゃんか」
「まぁ……はい」
部屋のドアの向こうを完全に覆う白い壁。それは大理石のような細やかな艶をもち、よく見れば少しずつ動いている。
「残念ながら鬼哭化しちゃったからね……もう人の姿じゃないよ」
「……そうですね」
「こうなってしまったら……もう」
乃子さんがチェーンソーをぐっと構える。
「遠慮は無しだ」
乃子さんは棟葉さんだったものへと飛びかかる。
私も乃子さんのあとに続いた。
「うぉらっ!」
「えいっ!」
雄叫びを上げながら白い塊を上から下へとチェーンソーが切り裂いて行く。それに対し私のハンマーはなんのダメージも与えられていないのか、またも跳ね返された。
「な、なんでっ!?」
「イメージ不足っ!」
乃子さんは白い塊を縦へ横へと切り裂いて行く。
「頭の中で……想像するんだ。そのハンマーでこいつを叩くか……それかなんでもいい。君がそのハンマーで何をしたいのかを考えて!」
「わ、わかりました!」
私は、想像を膨らませる。私はこのハンマーで何をするのか……この棟葉さんだったものに何をすべきなのか。
「……よしきた!」
ぐっと両手でハンマーを持ち上げる。そして全力で振りかぶった。
「ぶっ飛んじゃえ!」
ドスッという鈍い感覚が腕から響いた。部屋の中で鈍音が地を這っていく。明らかにさっきまでとは手応えが違った。
「────────っ!!!!」
「うわっ! な、何!?」
もはや声ではない……甲高い叫音が廊下から私の鼓膜へと突き刺さる。
「ジャストミート! そいつ相当破壊力あるみたいじゃん!」
廊下の白い塊が、私達から見て右から左の方へと流れていく。その面に夕焼けが反射し不思議な輝きを放っていた。
「……さて、そろそろだ。構えて」
「は、はいっ!」
やがて白い塊は少しずつ小さくなっていく。そして最後目の前の廊下から姿を消したその時に、初めて鬼哭化した棟葉さんの全景を見た。
「何……これ」
「棟葉……弥生だったものやね」
階段を挟んで向かい側にいるそれは、白い肌から葡萄酒色の舌がチラチラと覗き、舌よりも深く澄んだ色をした瞳がこちらの方を見つめる。その表情は棟葉さんの面影を残しつつも、どちらかというと爬虫類に近い。そんな顔に変化していた。
「……白蛇?」
「……みたいになっちゃった」
巨大な白蛇がこちらを見つめいる。それは神々しくもあり不気味でもある。
「……鬼哭化したらこんななるんですか?」
「いや? ……非常に稀だね。私も蛇は初めて見た」
「……マズイですか?」
「ひじょーにマズイね。いろいろ体験してきたけど……これだけ追い詰められるのは珍しい」
グッと乃子さんが歯軋りをする音が聞こえる。それを顔を変えないまま棟葉さんはこちらを見続けている。
「……ねぇ津池さん」
「……なんですか?」
「……今言うことでもないんだけど、いいかな?」
「……何です?」
「香菜ちゃんって呼んでいい?」
「……ホント今言うことじゃないですね」
「いい? 悪い?」
「別にいいですけど……」
「それなら……よかった」
スゥーッと息を吐きながら乃子さんが低く構える。
「いいかい香菜ちゃん。あれを倒すチャンスは多分一回しかない」
「……一回ですか?」
「ああ。……もしそれを逃せば……私達二人が一緒に死ぬ。と同時に、やつがこの街へと解き放たれてしまうかもしれないからね。もうああなったら昇天は無理だし……ここでやるしかない」
「やるっていうのは……殺すっていうこと……」
「ああ。地縛霊ならまだ昇天の予知はあったけど……ああなってしまえば化物だ。もう天国にも地獄にもどこにもいけないよ。周りに被害を撒き散らして生きるか。私達が殺して消えるかの二択だ」
「そんな……」
「まぁ……仕方ないんだ。これが……彼女の選んだ道だからね」
棟葉さんを……殺す。
「……もしですけど私達が棟葉さんを倒せなくて、解き放たれちゃったら……どうなるんですか?」
「……街が死ぬね」
「街が死ぬ?」
「ああ。たしかにあれは形は違えど幽霊だからね。周りの人から見えやしない……けど地縛霊が周りに迷惑をかけるって聞いたろ? 形は無くても病気や思考の支配とかっていう形で悪影響を与えるんだ。そんで鬼哭になるとどうなるかっつーと……下手したら街の人みんなが自殺する」
「自殺!?」
「さっき話したろ? 地縛霊が集団自殺を引き起こしたって。鬼哭はその比じゃないんだよ。本当に街が、ものによっちゃあ世界が無くなるよ」
「……」
私は生唾を飲んだ。一回のチャンスを私達が逃せば……たくさんの人が死んでしまうかもしれない。
「つーことで……いいかな? 彼女一人が死ぬか。街かこの世界が死ぬか……。香菜ちゃん。君と私にこの街はかかってるよ」
そんなこと言われたって……覚悟なんて出来ない。出来る事なら……ここから逃げ出したい。けど。
「……了解しないと駄目ですよね」
「うん。……実際、拒否権無いよね」
「……だと思いました」
乃子さんが一瞬申し訳なさそうな顔をしたあと、よしっと肩を動かす。
「それじゃあ……私が今から指示を出すから……その通りに頼むよ」
「……わかりました」
私は乃子さんから一つの作戦を告げられた。




