戦闘④
「はっ!」と私は目が覚める。いや実際はもっと弱々しかったのかもしれないが。
ぱっと開いた目になんだかやんわりとした光が入りこんでくる。それは優しくふわふわとした光で……凄く心地がいい。
しかし腰のあたりがやけに重いのが気になる。全てが心地良いのに、そこだけが不快なのだ。あれ? こんな感覚前も味わったような……と考えていると、視界がグルグルと回りだした。
「……気分悪い」
「おっ。おつかれさん。どう? 二度目の死の感想は?」
「……気持ち悪いです」
「ははははははっ! だろうな! 中々あんな死に方できねぇぞ!? いい経験したなぁ?」
椅子に背もたれを抱いて座り、ゲラゲラとお腹を抱えて笑う金髪の女の人。ばっちりパンダメイクで全身レザーのパンクお姉さん。
「……門番さんですか?」
「ご名答っ! いやぁにしても早かったねぇ。一日で死ぬってのはもしかして最短じゃねぇ? あ、お菓子食べるぅ?」
「……知りませんよ。それにいらないです」
「うける! うける!」と連呼しながら、またもゲラゲラと笑う門番さん。私は何が何やら頭が追いつかない。
すると門番さんがヘラヘラとしたまま私へと話しかける。
「そんなポカーンとした顔しないで。ね?」
「いや、だって……ちょっとまだ理解が追いつかないというか」
「ま、そうだろうなー。簡単に言うと『私ぃ、死んだ?』っつー状態だな?」
「変なモノマネは辞めてください」
「ごめんごめん」
またもお腹を抱えて笑い出す。
「ははははは……まぁ、なんつーかあれだ。状況を軽く説明しやると、君はさっき棟葉弥生に殺された。それも普通に殺されたわけじゃないな。喰い殺された」
私は唖然とする。
「喰い……殺された? 私が棟葉さんに?」
どういうこと? 確かに何かに食べられているような気はした……。けど、まさか。
「そ。喰い殺された」
両腕を使って『ガブーッ!』と言いながら鰐の顎のようなジェスチャーをする。
「まぁ……正しく言えば棟葉弥生『だった』ものだけどな」
「だったもの……」
「そ。あやつは地縛霊を越えてしまったんだわ。恨みつらみが溜まり過ぎて人の姿さえ失ってしまったんだよね。そこで思いとどまれば霊のままで済んだのに……ね。つーことで簡単に言うとバケモノになっちまった。我々はああいう状態を『鬼霊』とか『鬼哭』って呼んでる」
「……」
「んで、君はそれに殺られた。どう? 簡単だろ?」
「はい……わかりました」
「お、理解早いじゃん。それじゃ、それさえわかりゃあ後はまぁ……ゆっくりしといて? 暫く経てば勝手に生き返るよ」
そう言いながら、門番さんはスナック菓子を頬張る。
「……」
「……あれ? 今回は『私、生き返られるんですか!?』ていう質問は無し?」
「……現に乃子さんが歩いてるのをみましたし……なにより今はそういう気分じゃないです」
「あーねぇ……前回は一瞬だったけど、今回はじわりじわりと死んだからねぇ……実感がすごいっしょ」
「……はい」
喰い殺される。ということは想像以上に気持ちがわるかった。体がむしりとりる感覚。そしてそれを自分のわかるところで食べられていたという事実。当事者だったその時には痛みのあまり、苦痛であるそれ以上の感覚は感じなかったはなかったが、一度死んで冷静になり客観的に感じられる今、さっきまでとは違う感覚が体の中に入り込む。
確かに私は食べられていた。その事実が一層と現実味が増し、冷静になった頭が嫌でもその事を自分のこととして再認識させる。
「……うっ!」
嗚咽が胃から咽上がる。私は反射的に口を手で塞ぎ込んだ。駄目だ。さっきのことが頭に浮かぶだけですだけで吐きそうになる。
「あーあーっ! 辞めてっ!? ここで吐かれるのはいろいろと困るよ! 掃除するの私しかいないし!」
「あわわわわわっ!!」と、すごい勢いでテンパる門番さん。私は小刻みに数回息を吐き、大きく深呼吸をした。
「……すいません」
「いや……まぁ、いいよいいよ。吐かなきゃいい吐かなきゃ」
さてさて。と門番さんは食べ終わったらしいスナック菓子の袋をたたみだす。
「それじゃあ積もる話もありますが……そろそろ下へと下ってもらいましょう。君の体調も気になるとこではあるんだけど……あまりゆっくりしていると、もっかい堂六が死にかねないんで」
「え? ……乃子さんが危ないんですか?」
「そそ。なーんか思ったより苦戦してるっぽいんだよねぇ……このままじゃ正直厳しいわな」
「……そんな」
「まぁ死んでも生き返るっちゃ生き返るんだけど……それはあんまりよろしくないんでね」
「というわけで」と、私の方へとピシッと指を向ける。
「さっそく生き返ってくだしい」
ペコッと門番さんが指を伸ばしたまま頭を下げる。
「まぁ、はい。……確認ですけどさっきのところに戻るんですよね?」
「そ。しばらく間はあくけど……続きから開始やね」
「……」
「……まぁ、そう落ち込む。つーか嫌な気持ちになるのもわかる。トラウマメーカーのところにさっそくブチ込まれるんだからなぁ……けど、それが繋魂使の使命だからな」
ニヤリ。と門番さんが笑う。
「君はそれを受け入れたろ? 何でもやるっていったじゃん?」
「…………」
乃子さんが凄い悪役に見える。実際死を司る神様……なので本当に悪い人なのかもしれないけど。
「……と意地悪はやめとこうか。冗談冗談。ま、生き返るためには何らかの負債も追わなきゃいけないっつーこった。それに辞めたきゃ辞められるぜ? その代わり二度と生き返れないがな。どうする?」
「……そう言われたらやるしかないじゃないですか」
「ふふーん。だよねぇ」
首をゆらゆらと左右に揺らしながら、ニヤニヤと門番さんは笑う。
「そんじゃ、そろそろあっちに戻すんで……その前にアドバイス!」
「アドバイス……ですか?」
「そ。さっきから君のこと見てたけど……イマイチ霊器の使い方がわかってないみたいだから……ホントは自分で学んで欲しかったんだけど緊急事態だからね。私の口から伝えてあげます」
むふふ。と門番さんは笑う。
「まず一つ。霊器は両手で使いましょう。あの二つのハンマーは二本で一対です」
「……は、はぁ」
「そんでもう一個。こっちが特に大事なんだけど……何か頭の中でイメージしましょう」
「イメージ……ですか?」
「そそ。何でもいい。ハンマーを何かに例えるんだ。そのまま使ったって道具はただの道具にすぎない。そこに何を付け加えるかで道具から霊器になれるのさ」
「何を……付け加えるか」
「そ。んじゃそういうわけで」
「あ、ちょっと待ってください。もう少し詳しく」
「自分で考えなさい。はい、退場」
ぐいっと手を伸ばした門番さんから、スナックの油まみれの手で、がしっと頭を鷲掴みにされた。その瞬間だった。
「…………あれ?」
ひんやりとした空気が頬を撫ぜる。さっきまで感じていたふわふわとした光は感じない。代わりに感じたのは淡い夕焼けの、しっとりとした火照り。
「……門番さんは?」
景色ががらりと変わっていた。部屋の中に音はなく、薄く煙がかった部屋の壁は崩れ、目の前の床は赤く染まっている。
自由が効く手であちこちを探ってみたが、何も触れるものはない。もしかして。と思い腰へと手を当ててみたがたしかにそこに身体はある。私はすくっと上体を起こした。
「……夢?」
廃墟のように崩れた部屋で一人寝ていたのか? 全部夢? そんなことがふと頭を過ぎった。だが、
夢ではない現実へと覚まされた。
大きな音をたて白煙が部屋の中へと引き込まれ広がる。そこには衝撃をチェーンソーで受け止め、足を地面に擦り付け態勢を保つ乃子さんの姿があった。
「……乃子さん?」
「あ、起きた!? おはよー!! 寝起き一発目で悪いけどさっさと霊器出してくれるかな!? そろそろきついかも!!」
「……!!」
私は状況を瞬時に理解する。そうだ。乃子さんがピンチなんだ! 私は膝立ちのまま、慌てつつ叫んだ。
「あ、出廷!」
瞬間に目の前へとハンマーが出現する。
そして、ハンマーを持とうとする……が、重さのあまり二本とも持ち上がらない。
「あ、あれ!? なんで!?」
「もう一声……っ!」
グググっとチェーンソーで部屋の入り口を抑えながら乃子さんが奥歯を噛み締めながらそう言った。
「……あ、そうか! 罪人入場!!」
瞬間、すっとハンマーが軽くなった。
「……凄い」
「その言葉で……道具が霊器に……なるんだ……! つーか早く加勢して!!」
「は、はい!」
乃子さんの元へと駆け寄る。
「いいね? それじゃあ……こいつを……!」
勢いよく乃子さんが後方へと飛ばされる。が上手く勢いを殺したらしく、床に倒れ込み数十センチ引きずれただけで済む。
「の、乃子さん!」
「こっちはいいから! そいつを叩きこめ!」
私は廊下の方を振り向く。するとそこには。
「何……これ」
ドアいっぱいに広がる白い塊が動いている姿が見えた。




