戦闘③
私は痛みからか、朦朧としはじめた意識をなんとか保ち再度呼びかける。
「棟葉……さん?」
「……」
返事は無い。もしかしたら聞こえないだけなのかもしれないが……。だが遠い意識のなか耳を澄ましていると、少しずつ音が聞こえてきた。
「……くちゃり……くちゃり」
何かを貪るような……不快な音が聞こえてくる。
それは……普段食べ物を食べるような咀嚼音でも無ければ、何か粘度の高い液体を含むような音でもない。もっと生々しく、朽ちた苺を頬張るようにしつこくまとわりつくような音なのだ。
音が段々と遠ざかり頭の中がぼんやりと白く染まっていく。心拍数が下がり、背中から胴にかけて、べっちゃりと濡れているのがわかった。
「棟葉……さん、何を……やってるんですか?」
恐らくもう声になっていなかったと思う。既に私の身体に感覚は無い。というより痛覚が麻痺しているのだろう。現に今では、何かに触れられているという感覚はあるものの、基本的にただ目と耳から情報が入ってくるだけなのだ。ただただ理解できていない状況を受け入れるのみ。何が起きているのか? 私は今何をされているのか? 視界に入ってこないのだから、直接的にはわからない。だが耳に入ってくる音で、おおよその予想がついてしまうのだ。
ぐいっと腰が持ち上げられ、落とされる。その繰り返し。痛みなんて何も感じやしない。
視界に赤が流れ込み、口の中に生臭い臭いがこもる……間もなく口から外へと流れ出していく。どうやら……長くは持たないらしい。
私は今、死というものを認識している。だが一度死んだあとだからか、それ以上の恐怖や畏れは感じない。それよりも後悔や思いが頭の中を巡るのだ。
壁に穴を開けるのは名案だったと思うんだけどなぁ……せっかく生き返ったのになぁ……乃子さんの敵……討ちたかったな。
視界が徐々に歪んでいく。既に焦点なんて合いやしない。
門番さんの顔がふと浮かぶ。……なんていうか短かったボーナスステージだったな……こんな才能なら……最後なら……生き返らなきゃよかったかも。
そう思いながら私の意識がゆっくりと消えていく……その時。
それをぶち壊すようなけたたましい音が部屋の中で鳴り響いた。
部屋の空気を切り裂くような悲鳴が後ろの方から聞こえる。そして一瞬経ち部屋の床がガタガタと揺れる。何やら何かを叩きつけているようだった。
何があったのか? と、私は首を僅かに動かし上の方へと視界を向ける。するとぼんやり……ではあるが、すくっと立ち上がりコツコツ。と何かがこちらに近づいてくる姿が見えた。
「うなーっ」といいながら、ぐいぐいと背伸びをしたり身体を捻ったりして身体をストレッチしながら歩くその姿は、あまりにもこの場に馴染まない。
「あちゃーっ……こうなったらもう手遅れだよねぇ……津池さんも弥生ちゃんも」
のらりくらりとした呑気な口調に、唸りをあげるチェーンソーの音。
身体は小柄で、足だけ見れば到底高校二年生だとは思えない。長い黒髪を右に左に揺らしながら歩く。
死んだはずの乃子さんが確かにそこに立っていた。
「……乃子……さん? なん……で」
血が交じる喉を震わせ私は乃子さんに問いかける。
「おぉ、喋るな喋るな。……随分な格好だけど、そこまでいくと痛みは感じないでしょ? だっなら今はただ楽にすればいいよ。よーく頑張った。君に任して正解だった」
私の横に座り、ポンポンと頭を叩かれる。
「とりあえず……ここまで時間を持たせただけでも及第点だ。しっかり話してやればよかったんだけど……悪いね。まさかやられるとは思わなんだ」
よしよし。と乃子さんが私の頭を撫でる。その手にはベッタリと血が付着していた。
「あ、あ……」
「だから喋るなって。ゆっくり目を閉じて……ゆっくりゆっくり」
私は言われるがままに目を閉じる。とたんにすぅーっと意識が飛んでいく。
私はただ生きているだけになった。数少ない感覚であった視覚と聴覚さえも、かぼそく弱くなっていったのだ。
「よしよし。それでいい、それで。それじゃあとは……私に任して。大丈夫、何も怖くないよ? だから君はとりあえずさ……」
乃子さんがスクっと立ち上がる。
「一回楽になろうか。あいつに話を聞けばわかる」
次の瞬間、遠いところからチェーンソーの鳴き声が聴こえ、
私の意識はプツリと途切れた。




