Dead or Aliveのとこにいますね!
「はっ!」と私は目が覚めた。いや実際はもっと弱々しかったのかもしれないが。
大きく開いた眼に、なんだかやんわりとした光が入り込んでくる。それは優しいような朧気な光で、見続けているとふわふわとした何かが直接頭に入ってくるようなそんな気がする。そして背中の内側から伝わってくるずっしりとしたような変な感覚。もしかして体の内側になにか入ってるんじゃないかな? と思ってしまうほどにすごい違和感があるのだ。
というかここはどこ? 一体なにがあった? などと考えていると……貧血を起こした時みたいに酷い目眩が私を襲い、グルグルと頭の中が回り出す。
マズい。頭がボーッとしてきたみたいだ。意識と視界が遠のいていく。何だか気持ち悪くなった私はしばらくの間何もせず、じっと目を閉じることにした。
──よし、少しマシになってきたみたいだ。だいぶ気分の良くなった私は再び考える。
まず、ここは一体どこなのか? と身体を起こして確認しようと試みたのだが、思うように身体が動かない。痛みを感じている訳ではないのだがまったく力が入らないのだ。指先であったり背中であったり、どこかに触れているような感覚はあるのだがピクリとも動かすことは出来ない。例えるのなら金縛りにあっているようなそんな感覚だ。
体が動かないのならと、少しずつ目に意識を集中させた。ぱっちりと開けたはずの眼に反してぼんやりとしか見えない視界は未だ朧気ではあるが、いま私がいる場所がいつも通りの所ではないということだけは確かにわかった。なぜならいつも通りなら先ほどまで下っていた坂を降りたところで、全国展開しているスーパーマーケットがしつこい程に目に入って来るはずなのだが、一向にその建物が視界に入ってこないし、何より私自身が現に自転車に乗っておらず何となくではあるがどこかに横たわっているような、そんな感覚が背中から伝わってくるからだ。
それなら私は今どこにいるのだろうか? と考えてみたものの、ぼんやりとした視界から得られる情報は限りなく少ない訳で、肌をじんわりと照らす夕陽や、ほんのり甘い桜の香りを肌や鼻孔に感じられない事。それに薄っすらとした視界が異様なほどすっきりしているあたり、町中にいるわけではない訳で──それならおそらく室内にいるのだろう。と推測する事しか出来なかった。
と、そこまで頭を働かせたところで脳に血が通ってきはじめたのか。先ほどまでの記憶がポツリポツリと浮かびだした。
たしかいつも通りの通学路を自転車で走ってて、アーケード街を抜けたあと坂道を下って……それで坂道の途中で黒い猫が飛び出てきて、それを思わず反射で避けてどんがらがっしゃんと視界がグルグル回って。ああ、そうか。自転車ごと転がったのか。さっきまでの疑問がここで解決した。それじゃあここは、病院のベッドの上? もしかして運ばれたのかな? と考えたのだが、それにしては不気味なくらい何も物音がしないし……あれ? と頭の中の疑問がさらなる疑問を呼んでしまう。まだ頭の中や視界がぼんやりしているとこも相まってか頭の中がこれ以上なくこんがらがる。
けどさっきの結論からしてここは多分病室じゃない。けどこんだけ静かで不思議な空間ということは……あれ? もしかしてこれは。
「私、死んだ?」
「いや、死んでないよ?」
「うわぁあっ!? びっくりしごふ!!」
頭上の方から聞こえてきた声に驚いた私は盛大にむせた。
「君ダイジョブ?」
「だ、大丈夫です」
上向きだから気道が……。
「それならいいけどー」
察しろ。
そんな私の心の声に気づくわけもなく、さっき私が驚いた声の主がよっこいしょっと声を出す。ギシッという音がするあたり椅子にでも腰掛けたらしい。多分……女の人かな? 声が聞こえただけで声の主を見ていない私は、飄々としたその口調と声質からそう推測することしか出来なかった。
さて。と多分女の人が声を出す。
「まぁー……あれだよね? 起きて一発目がこれって訳分かんないよね?」
「わげわがんないでず」
ケホッと咳が出る。
「苦しいなら苦しいっていいなよ」
横向きにして貰った私は、なんとか喉を整える。あ、これベッドじゃなくてソファだったんだ。
「訳わかんないです」
「ね? だよねーっ。訳わかんないよね」
「え、ええ」
「事故って起きてこれとか何がなんだか意味不明ェっ! て感じだよね?」
ビシィッ! と指をこちらに向けてそう言った女の人に対して、私はコクッと頷いたつもりになる。
「あー、そういやまだ身体動かねぇんかー」
女の人は、んー。と声を出しながら私から見て応接机を挟んで反対側にあるソファにダラーンと寄りかかかった。
横向きにさせて貰いだんだんと視界のぼやけもマシになってきた私は、やっと女の人の姿を見ることが出来たわけで……私がその人の印象を一言でいうとするならば……ど派手。という一言に尽きた。
白金色の髪を腰まで伸ばした女の人は、顔の造形からして……西洋系だろうか。凄く端正な顔立ちをしており、一言で言うと美人だった。ぱっちり二重の碧色の目の周りには真っ黒のメイクを施していて、なんというかパンダみたいになっている。白いTシャツの上に上下揃えた黒の革質のジャケットを羽織り、手元には無数の金属製のアクセサリーを無造作につけている。
あんまり洋楽に詳しくないからあれだけど、こういう見た目の歌手がいたような気がするよね。
身体を動こせないことからじぃっと私から観察されていることなんて気にしていない様子で女の人がダラダラとしゃべりだす。
「まぁそうだなぁーっ……色々とやってほしいことがあるんだけど……まぁそれは身体が動いてからにするとして」
女の人が、グイッと身体を起こす。
「どう? 今の状況とか理解できてる?」
私は一瞬考える。
「さっぱりです」
女の人がわかるわかる。というふうにうんうんと頷く。
「だよねーっ。けど事故ったっつー事は一応覚えてると」
「ええ、ポツリポツリですけど思い出したような」
「上出来上出来。大抵のやつは自分が死んだ時のことを覚えてねぇからな」
……ん?
「いやちょっと。ちょっと待って貰っていいですか?」
「ん?」
ちょっと混乱中なんですけど……あれ?
「あのー……さっき死んでないよ? ……て言われたような気がしたんですけど……あれぇ?」
「んーっ?」
女の人は二呼吸ほど考えたあと──はっとした顔をした。
「あーなるほどなるほど。言い方が悪かったよごめんごめん」
そう言って気まずそうに笑ったあと、女の人はテヘッと舌を出した。
「厳密には死んでるんだけど生と死の間で漂流中です。まさしくDead or Aliveのとこにいますね!」
テヘヘと女の人が笑う。
「軽く言いますね!」
「まーね。勢いって大事だからね」
勢いって……。
「てことは……やっぱ私は死んでるんですね?」
「まぁ、そうなるっちゃそうなるよね。君が死をどういうふうに解釈しているかにもよるんだけど」
女の人がどこから取り出したのか、みかん味の棒キャンディーを舐めだした。
「君の本体は今、救急車の中で治療受けてるよ。まぁ……このままじゃつーかどう考えても間違いなくお釈迦でしょうな」
あちゃー。
「おりょっ? 全然動じないのね?」
女の人がぱっちりと目を開く。
「うーん、なんでしょう。こう現実味が無いんで……ねぇ」
何と言うか……いまいち私が死んでいるっていう実感がわかない。確かに自転車から放り出された記憶はある。けどそこから先に何があったのかがいまいちわからないのだ。
「ま、そんなもんかもなぁ。死んだ時のことを完璧に覚えているやつなんてまずいないしね。それにここは君らが言う現実じゃない。つまりこっちにきた段階で、頭は理解できなくても身体が自然と受け入れてるんだろうなー」
「……といいますと?」
「死んだって言われて動揺しない奴はいねぇだろ。なのに君は自然と今の状況を受け入れている訳だ。これ以上に何かあるってのかい?」
「はぁ」
なんだかなぁ。強引なような。そう思う私を見透かすように、女の人はじぃっと目を細める。
「……信じてないねチミ? 全くもう身体は素直な癖に」
これはスルーパス。
「いや、だってホント現実味が……これって夢じゃないんですよね?」
「夢だと思いたいなら夢でも別にいいんだけど……どう? 古典的だけど思いっきりぶん殴られてみる? 白黒ははっきりすると思うけど」
パンパンと自分の手のひらを軽く殴るような動きをする。
「……遠慮しときます」
「賢明な判断っ! まぁそれはそれで後で自分で確かめな」
んで話を続けるけど。と女の人が姿勢を作りなおす。
「詳しい話は端折るとして、とりあえずここが生と死の間。いわゆる死界への門だということを理解してくれるかな? 決して病院の病室なんかじゃないからね」
「死界の門ですか?」
「そっ死界の門。死の世界への入り口だから死界の門」
「はぁ」
正直、胡散臭いと思うんだけど。
「はよ信じんかい」
「信じます。信じるんでその拳を下ろしてください」
「それでよし。そんでまぁ今どこにいるかっつうと、正しくは門じゃなくて門の隣にある事務室にいるんだけど」
「ここ事務室だったんですね」
「そそ。んで普通の人……つーか99.9999999%は一発免停で扉の向こうにある門行きなんだわ。そりゃまぁ死んだら死の門てのがポピュラーだし決まりだからなー」
「免停ですか?」
「話の腰を折るんじゃない。生きる免許の停止処分だ。まぁそれはいいとして」
女の人が、ぐっと前のめりの姿勢になる。
「ま、何事にも例外ってのはあるわけでさ、死人の中にほんの一握りだけね。一発死の門行きを回避できる人がいるんだよ」
「回避ですか?」
「そうだ。死の門に行かなくて済むようになる。んでその一握りっていうのはどうやって決まるのかっつーと……くじ引きみたいなランダムで決まる訳じゃないんだわ」
「なるほど……それじゃあ、どんな人がなるんですか?」
「やっぱ気になる? なぁ気になるよな?」
「まぁ……気になりますよね」
「それでいいよそれで。気になってもらえないとこっちも話が進まないしなーっ。んでどういう人が回避できるかっていうと……まぁそうだな。ある才能を持っている人達がいるんだよ」
「才能……ですか?」
「そう、才能才能。私が喉から手が出るほど欲しい才能だ」
「はぁ」
やっぱ胡散臭
「信じんかい」
「信じます」
「よし。そんでその才能が出た奴が死んできたとしたら……そいつを天国に連れてくか地獄に落とすかなんてのは、どうでもよくなっちまうわけだ」
「はぁ」
「だって死ぬやつなんてのは無限に沸くけど、才能の持ち主は稀にしかわかねぇんだ。それこそ何百万人に一人の割合さ」
「ほぉ」
「けどせっかく湧いた才能の持ち主も、出てくる時期が被ったらアウトなんだよ。同時期に、世界には何人までとかいう面倒くさいルールがあってだな。せっかく出来てた何百万人の一っていうのも、大抵が速攻門行きな訳だ」
「へぇ」
「つまりその才能があって尚かつ活かせるやつなんてのは相当レアで幸運……てさっきから君、話聞いてねぇだろ? え?」
「ごめんなさい! 聞いてませんでしたごめんなさい! だからその! どこからだしたかわからないハンマーを収めてください!」
「ったくよ……せっかく人が懇切丁寧に説明してやってんのによ」
女の人がブツブツといいながら、どこから出したかわからなかったハンマーをソファの側面に置く。
そんなところに凶器があったのか……!
「そんでだな。それだけレアなやつにはな、才能の見返り……というか才能を持ってる故の特権を貰えるわけだ」
「特権と言いますと?」
「ふっふっふーっ、聞いて驚くなよ? みんな飛んで喜ぶぞ!?」
鳥が羽ばたくような動きをしながら嬉しそうにそう言う。ああそっちのとぶね。
「ホントだぞ? 本当は禁忌なんだけど……どうしてもな、その才能っていうのは死んでみないと判定が出来ないんもんで。その上その禁忌を冒さないことには才能が無意味だからな。例外の例外で特権を認めてるんだ」
「……なるほど」
よくわかんないけど。
「ふっふーん。そんでその特権ていうのがだな……言うぞ? 言っちゃうぞ?」
こちらの返事を待つ間もなく、ばっと女の人が両腕を大きく開き満面の悪い笑顔でこう言った。
「黄泉帰りだ」