罪人入場
乃子さんの右腕の周りに、青白い光が甲高い轟音を立て空気を切り裂きながら集まっていく。それは宙に渦巻く銀河のようで、腕全体を覆っていた光が徐々に乃子さんの掌へと集められていくのがわかった。
それに乃子さんの腕の周りだけではなく、部屋の空気を何かが切り裂いているのが目に見えた。それはすべて青白い粒子であり、突然宙に湧いたかと思えば一目散に乃子さんの元へと向かっていくのだ。それは流星郡のように無数の弧を描いており、乃子さんの右手に吸い込まれていく様は、まさにブラックホールの中心へと光が吸い込まれていく光景そのものだ。
空気が震え切り裂かれ、全てが一箇所に集められていく。何もいうことのできないその光景に、私はただ眺めることしか出来なかった。
やがて部屋全体の青白い光が全て乃子さんの掌へと集められ部屋の中に静寂が訪れる。そして、
「……罪人入場」
そう乃子さんが言ったその瞬間。掌に集められていた光が拡散し、青白い光が手の前を無数に縫い上げていく。白い煙の中光だけが這っていくその光景は幻想的という言葉そのものだった。やがてその形は整えられていき、
「……あのチェーンソーだ」
チェーンソーへと形を変えた。
「待たせたね相棒ちゃんっ……と。それじゃあ行くぞこらぁ!」
チェーンソーがけたたましい音をあげる。それは昨日聞いた音とは全く質の違う音。例えるなら古い木製の歯車が高速で噛み合っているような鈍い音と、芸術品のような、官能的な甲高い音が混ざり合っている。そんな音だ。しかし、そんな音である。と認識出来ているにも関わらず、まるで誰かが泣き叫んでいるような。そんな『声』にも聞こえるのだ。
そして乃子さんは勢いよくドアへとチェーンソーを突き刺した。そしてドアの四隅を四角く切り裂き、ドアを蹴飛ばした。部屋の中へと勢いよく煙が流れ込む。
「開けれないなら切り裂けばいいよね? ねぇ弥生ちゃん♪」
余裕たっぷりの笑顔でニタリ。と笑った。
「……チッ!」
「こーんな煙なんていう小細工で何がしたいのか知らないけどさぁ……あんましナメてると痛い目にあっちゃうんだぞ?」
乃子さんがゆらりゆらりと棟葉さんの方へと歩む。
「っ! く、来るな!」
「残念だけど弥生ちゃん。これは君が選んだ結末だ」
ぐいっとチェーンソーを担ぎ上げた。
「素直にやってくれれば、君だって報われかもしれないのに……残念だよ!」
乃子さんが力強く床を蹴りだす。
あまりの速さに足が動かず立ち竦む棟葉さんと、飛びかかる乃子さん。
結末は早かった。
棟葉さんは空中で身体を捻る。そしてぐっと足を地面について踏ん張り、
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鈍い音を上げてチェーンソーが霞むように鳴く。棟葉さんの身体を真っ二つに切り裂くように、全力でチェーンソーを振り切ったのだ。
「ひぃぎっ!」
「……お疲れ様でした」
ボトッという鈍い音が2つ、床へと響く。私は涙目になり嗚咽を押さえ込む。棟葉さんの腕が切り落とされたのだ。瞬間、両腕から勢いよく血が吹き出した。
「ぎゃあぁぁあぁああああががっ!!」
棟葉さんが廊下の上を血まみれになりながらのたうち回る。
「大丈夫? 苦しくない?」
「あぁーっ!! あぁーっ!! あー! あー!」
「んんな叫んじゃ駄目でしょ? 痛みが増しちゃうぞ?」
「テメェ……テメェ……テメェ!?」
「もー、そんな汚い言葉遣いしちゃダメなんだぞ? 本当はもっと楽に逝けたのに……抵抗しちゃうからこうなるんだ」
「許さない……ぜったい……許さうぽっ」
棟葉さんが口から勢い良く血を吐く光景が見えた。
「うぷっ!?」
私は思わず視線を逸し床へと伏せた。嗚咽と吐き気で、視界がぼやける。胃から食道へと、胃液が逆流しているのがわかったからだ。
「あぁーっ! あぁ……はぁーっはぁーっ」
「いい加減楽になりな? 天国には行けないかもしれないけど……どこかには行けるさ?」
「はっ、はっ゛、はっ、は……」
棟葉さんが小刻みな息を濁音混じりに吐く。
「許ざなぁ……許ざない……許さ……!」
断末魔のようなか細い叫びを上げ、棟葉さんの声は途絶えた。……そしてしばらく経ち乃子さんのチェーンソーの鳴き声もやんだ。
「……終わり……かな? 息の根。は元から止まってんだけどなぁ」
よいしょっという乃子さんの声が聞こえた。
「ラッキー……今日は返り血ついてないや。というわけで今日は津池さん出番なかったおー……って大丈夫!?」
乃子さんが私の近くへと駆け寄る
「だ……大丈夫じゃ……ないです」
「なんでま……あぁそうか。ごめんね。配慮不足だった……けど、こうするしか無いんだよ」
乃子さんが私の横に屈むのがわかった。
「地縛霊……の中でもひどい奴になるとね。周りの人達にまで悪影響をもたらしちゃうんだ。怪我をさせちゃったり病気にさせたり……酷いものは人を殺したり。最悪の例では連続自殺が起きたこともある」
ふぅーっと。乃子さんは息を吐く。
「それを未然に防ぐためにも……必要なんだよね……例えそれが霊を殺すことになっても」
「……うっ」
私はまた吐き気を催す。先程までの光景がフラッシュバックしたのだ。
「ほーら楽になりぃ……とりあえず煙凄いからさ? ……一旦ここから出てそれからまた考え……」
パァン!! という何かが弾ける音が耳元で響いた。
「あ」
瞬間、何かが叩きつけられる鈍い音が部屋の壁から聞こえた。
「う、うわぁっ……乃子ざん!?」
部屋の壁にめり込むほどの勢いで飛ばされた乃子さんが、胸から血を流しぐったりと項垂れていた。
「っつ……やっば……壁まで弾き飛ばざれるどか初めてーっ……ってあれ? 胸に……穴空いでんじゃん……なにこれテ○フォー○ーズかよ」
そういって乃子さんが見つめる先には、先ほど倒されたはずの棟葉さんが、血まみれのまま立ち上がり、手の無い腕をこちらに向けていた。
「あんだ……元気やねぇ」
「……あんなんで死ぬと思ったんですか」
「いや……ふづう思うでしょ。……相当恨みだまってんねぇ……」
そこまで言ったところ壁に叩きつけられていた乃子さんが、グラっとふらつき床へと勢いよく叩きつけられた。
「の、乃子さん? ……乃子さん!」
私は乃子さんの元へと這っていき、乃子さんを抱き抱える。
「乃子さん! 乃子さん!」
「ああ、耳元で叫ばないで。胸に響ぐ……津池さん。早ぐ……早くさっきの言葉を言って」
「い、言う……」
「さっぎ……私が……言っだでしょ? 津池ざんが弥生ちゃんを倒さないど……みんな不幸になる……」
「乃子さん! 乃子さん!」
「だから叫ぶなっでの……つーか泣ぐな。まだ出会って二日でじょう? ……けどまぁ、とらあえず今は……任しだ。とりあえず時間が……」
私の両腕へと乃子さんの全体重がかかる。そして……目が開いたまま全身の力がダランと抜けた。
「乃子さん!! 乃子さん!!」
「あーあ。死んじゃいましたねぇ」
「……」
「んじゃ次は貴方の番ですよ。そのまま大人しく……て何睨んでるんですか。そんな涙目で……だれに対してメンチ切ってるんですか? えぇっ?」
私は棟葉さんの方をまっすぐ見つめた。全身から血が垂れ流れ、両腕が無いにも関わらず『狂っている』という表現が最高に似合う笑顔の女の子。この人に……乃子さんは。
「……許さない」
「はぁっ? なんですか? よーく聞こえなかったんですけど?」
「貴方の事を許さないって言ったんだ!」
私は、涙を拭い乃子さんの亡骸をそっと置き、立ち上がる。
もう、私は動じない。ただ……今やることは……棟葉さんをぶっ倒す。ただそれだけだ。私は右手を目の前へと差し出す。そして乃子さんが言っていたあの言葉を思い出す。
「貴方を私は……ぶっ倒します!」
掌を大きく開き、私は叫んだ。
「出廷!」




