捜索②
「せーのっ」
ギィィィッと軋みながらクローゼットの扉は開いた。やはり何年も使われていないとたてつけにも影響が出るらしい。
「……なんで乃子さん目を閉じてるんですか」
「え? だって怖いじゃん?」
「乃子さんが怖がってどうするんですか? それに日記を探すだけなんですよね?」
「うん……そうだねぇ」
さて。と乃子さんが目を開く。
「ここは……普通だね」
「はい……何も入ってないですけど」
二段にわかれたクローゼットの中は何一つものが入っていない。収納スペースとして本来使われるはずなのに……埃しか無い。
「よいしょっと」
「ちょ、乃子さん何やってるんですか!?」
「え? ちょっと天井裏の確認を」
そういいながら乃子さんはクローゼットの二段目へと足をかける。
「んで……ここをずらせば……よいしょっと!」
木が擦れる乾いた音がクローゼット内に響く。
「……何にもないね」
「そうだと思いますよ? 日記なんて普段書くもんですしもし書くにしてもそんなところには置かないでしょうし」
「それもそうなんだけど……っしょ」
ポスッという音を立てて床に降り、
「次はちょっと下の方を」
一段目のところに這って入り、何やらゴソゴソと動き始めた。
「何してるんですか?」
「何か……隠し扉とかないかなぁーって」
「そんな……忍者屋敷じゃなんですから」
「まぁね……ああ、何にもないねっ!」
ぷはぁっ! と声を出し乃子さんはクローゼットから出てきた。
「あー……クローゼットの中には何にもないね……やっぱり本棚かぁ?」
「そこしかもう……ここの部屋だったら探しようが無いですよね」
「そうなんだけど……」
乃子さんが顎に手を置いて、唸り始める。
「どうかしましたか?」
「うーん……おかしいなぁ」
「まぁ確かにこの中がこれだけ空っぽなのはおかしいですよね」
「いや、そうじゃないんだ」
「そうじゃない。ですか?」
乃子さんがコクンと首を振る。
「うん。確かに空っぽなことはおかしいんだけど……ここが空っぽなことだけじゃないんだよ」
「……というと?」
「部屋の中を見渡してみてよ」
そういわれた私は部屋の中をグルグルと見渡す。
「……本棚はちょっとあれでしたけど」
「ここの部屋にタンスはあるかい?」
「……あれ?」
見渡す限り目に入るものは……机と本棚とベッドのただそれだけだ。何か衣類を収納するようなスペースは見当たらない。
「タンスが無いならベッドの下。そこになければクローゼット……のはずなんだけど。びっくりするぐらい何にもないんだ。だったらどこに普段着る洋服が置いてあるの?」
「確かに……あ、別の部屋にあるっていう可能性は?」
「年頃の女の子だよ? 津池さんの服は親に預けてる?」
「……そう言われたら何も言えないですけど」
「でしょ? ここの部屋は何も物がなさすぎるんだよ」
「だったら警察だったりが持ってるっていうのは」
「もっと気になるものがそこの本棚にあるじゃんか」
「……おっしゃる通りで」
確かに洋服なんかより気になるものがこの部屋にはある。
「つまり……ここの部屋はなんの部屋なんだろう? 何も娯楽の品は置かれてないし」
そう問いかけたあと、乃子さんは軽く息を吐いて俯いた。
「……乃子さん?」
「ちょっと待って考えさせて」
「あ、はい」
乃子さんは俯いたまま、小声であーでもない。こーでもない。と自問自答を繰り返している。その間何もしないで待っているわけにもいかない私は部屋の中をもう一度見渡してみることにした。
後ろを見れば色々な本がある本棚。少し視線を動かすと至って普通のベッド。そしてプリント等が入った机……。
「……アイドルのポスター?」
なんでこんなところにアイドルのポスターがあるんだろう。最初来た時はなんとも思わなかったけど……調べ始めた今になってポスターを見てみると、明らかにそこの部分だけ違和感があることに気づいた。
「すみません乃子さん」
「別の部屋……にしては部屋数が少ないし……て何? ちょっと今閃きそうなんだけど?」
「す、すいません……あの、そこにあるアイドルグループのポスターの事なんですけど……何か気になりません?」
「ああ、確かにあるね? 今じゃめっきり見なくなったグループが。全くそれがいった……」
乃子さんの動きがピタっと止まる。
「なんでこんな部屋にポスターが貼られてるんだろ」
「やっぱりなんか違和感ありまよね?」
「うん……この部屋にはオーディオ設備やCD……も無ければ、他にグッズがあるわけじゃない。5年前に配信音楽がそこまで発達していたとも思えないし……確かにおかしいね」
乃子さんがポスターの方へと歩く。
「……四隅が綺麗にテープで貼られてる」
「テープですか?」
「うん……しかも何重にもだ」
乃子さんはしばらくポスターを眺めたあと、
「えいっ!」
勢いよくテープを剥がした。
「乃子さんっ!?」
「あちゃー……壁紙剥がれちった」
手首をブラブラさせて背中越しでもわかるほど、あちゃーっ。という雰囲気が漂っていた
「そんな勢いよくやるから……」
「ごめんごめん。けど……発見しちゃったお?」
「……えっ?」
乃子さんが満面の笑顔でこちらに振り返る。
「じゃじゃーん!」
「あ、それって……!」
乃子さんの手にはA5サイズの可愛らしいノートがあった。
「日記発見〜♪」
「そんなところにあったなんて」
「ねぇーっ……んじゃ読もっか」
「え? はっ……ええ!? あんだけ読まないって」
乃子さんがシーッというジェスチャーをする。
「……正直、津池さんは今、どう思ってる?」
乃子さんがそう小声で話しかける。
「いや、どう思ってるっていうと……どうですかねぇ?」
「だっていやさ……おかしくね?」
乃子さんが首を傾ける。
「この部屋もそうだし、本棚もそうだし……何よりさ」
乃子さんは半笑いを浮かべ、日記を指でつまんでぶらつかせながら、
「なーんでこんなところに隠してあるのに忘れてるのさ? どう考えてもここに隠すなんて忘れるわけないでしょ?」
「……確かに」
「本棚の中のどこに置いてあるかがわかんない。とか机の中のどこかです……とか、最悪さ最初に言っていた通り部屋のどこかにあるはずです。ならわかるんだ。けどさ……こんなとこにいれて忘れるってどうよ?」
「やっぱり……5年でしたっけ? そんだけ経つと忘れるんじゃ……」
「それは人の感覚だよね? そりゃあいろいろなコトをやってれば『記憶の片隅』程度なら、いろいろやってるうちにすぐに忘れちゃうよ? でも……彼女の場合は未練じゃんか?」
「まぁ……はい」
「そんな、死んでも死にきれないような未練を忘れる? 片時も忘れず考えていたはずなのに忘れる? 何より彼女は色々やってるわけじゃないんだ。だってずっとここにいた……」
そこまで行ったところで乃子さんの口が止まる。
「どうしました?」
ニ、三間が空き、乃子さんががっくりと項垂れる。
「……あぁ、めんどくせぇ……やっちゃったわ」
「え? ……やっちゃった?」
その様子は本当にやっちまった。という感じであーあー。と言いながら項垂れたまま横に首を降った。
「今全部頭ん中で繋がったんだ……」
「……え?」
「いいかい津池さん? ちょっと横の方に来てくれる」
「は、はぁ」
私は乃子さんに言われた通り乃子さんの横へと向かう。
「なんですか急に……」
「いい? 津池さん。よーく話を聞いて?」
「あ……はい」
津池さんが私の耳元へと口を近づける。
「今から私は、引っかかっていたことを全部君に伝える」
「……」
「そして……その後の対応策を君に伝えようと思う。……先に言っておくけどこれは君を脅すためじゃない。君に心の準備をしてもらうためだ」
「心の……準備?」
「ああ。準備だ。慌ててパニック状態になられたら私も君も後悔することになる……いいかい?」
私は黙ったまま、こくっと頷いた。
「よし……それじゃあ話を始めよう」
乃子さんは日記を静かにバッグへとしまった。
「まずは最初のひっかかったところからだ」




