笑えばいいと思うよ?
「……どういうことですか」
「そういうことだってばよ」
乃子さんが再び手帳を開く。
「今から五年くらい前に、ここで事件が起こったんだけど……知らない?」
「いや……知らないです」
「ま、だろうね。何故かは知らないけども、あんまり表沙汰にはされてないらしいからねー」
「らしいっていうのは?」
「私だって手帳見るまでは知らなかったし」
ペラペラっと乃子さんが手帳を捲る。
「事件の名前とかは知らないし、あるのかどうかもわからないけど……書いてる限りだと一家殺人事件だね。何者かが家に侵入しここに住んでいた四人を次々と殺害。そして最後には殺した本人が自殺。ざっとこんなもんだ」
「それじゃあ、この墓石は」
「順当に考えてここに住んでた四人でしょうねー。むしろそれ以外の人だったら、そっちの方がびっくりっていうか」
「それもそうですけど」
「そんで……この手帳によると……よいしょっ」
乃子さんが躊躇することなく庭に置かれた簡易倉庫をガラガラと空ける。
「こんなかに依頼主がいるらしい」
「……え?」
「待ち合わせのポイントはピンポイントでここ。そんでついでに言うと」
私の方に振り向く。
「殺された四人のうち一人の遺体はここに置かれてた」
「……ぴえっ」
変な声が出た。私は少し手が震えているのがわかった。
「ということは……依頼主の」
「そーだろね。そう考えるのが一番自然だわ」
乃子さんはそう言いながら倉庫の中に入り、バッグの中から懐中電灯を取り出した。
「うおっ……これはなかなか」
「どうしたんですか?」
私は乃子さんに続こうと倉庫の方へと歩き出す。すると。
「ストップ!」
乃子さんが、初めて力強い声を出した。私はその声の迫力にたじろぐ。
「今の君にまだ刺激が強すぎる。ちょっとそこで待ってな」
そう言いながら乃子さんはどうやら力を入れているらしく、「んーっ」と唸る声をあげる。
やがて、「うにゃっ!」というよくわからない声とともに乃子さんが勢いよく倒れる姿が倉庫の入り口から見えた。
「痛てて」
「大丈夫ですか!?」
乃子さんが倒れたままポンポンと手を払う。
「ああ倉庫の床に扉があったからね。ちょっと開けて見ようかと」
「あ、なるほど……」
とそこまで納得したところで。
「乃子さんその手……」
「ん? ああって……うわ最悪! めっちゃ血ついてんじゃん!」
「血!?」
「ちょっとまぁなんていうか……この中、結構ね。茶赤のあれがバイオレンスなのよ。なので……あんまし見慣れてない人にはオススメしないっていうか……あ、もしかして見たい?」
「いや……結構です」
「だよねー」
そう言いながら乃子さんが起き上がる。
「手に付かないように注意はしてた筈なんだけど……あ、もしかしたら倒れた時についたかな? ということは制服も……」
少し経ち、「……はぁ」という力の無い乃子さんの溜息が聞こえた。漫画だったら私の頭に大きな汗が流れてると思う。
「けど……まぁこれで……ね?」
「あ、お疲れ様です」
「おつかれー。おまたせしたねー」
聞きなれない声が、倉庫の中から聞こえてきた。
「え? その声って」
「ん、ああ穴の中にいたんだよね。倉庫の中にいなかったから、まぁここかなと。んじゃほら手貸すから出ておいで」
「よいしょーっ」という乃子さんの声に続き、トトンという床に足がつく音が聞こえた。
「とりあえず出ておいでー。そこ寒かったろうに」
「いや、意外と土の断熱が凄くて」
「それはいいこと聞いた」
そんな軽い話をしながら乃子さんともう一人、女の子が出てきた。綺麗な黒髪は緩やかなウェーブを描いており、純白のワンピースに身を包んだ女の子。年齢は……私と同じくらいだろうか?
強いて違和感を感じる……と言うならちょっと土がついてるくらい。至って普通の女の子だ。この子が幽霊……?
「えぇっと……そのなんていうか、言葉が出てこないんですけど」
「笑えばいいと思うよ?」
どんな顔をすればいいのかもわからないけど。
「へへーん」
「乃子さんが笑ってどうするんですか」
けど、とりあえず一つわかったことを言うならば。
私は今、生まれて初めて『幽霊』というものを認識した。




