つまりそういうこと
やがて私と女の人は住宅街の隅にある公園に着く。さっき想像していた通りの場所にある寂れた公園。一応というふうに置かれた街灯はチカチカと光っているがその光は頼りなく、公園内はベンチを除いてほぼほぼ真っ暗に染まっていた。当然のことながら子ども達が遊ぶ姿は無く公園の中は完全に私達二人だけとなっていた。
「それじゃ、ベンチに座って」
よいしょっと女の人が街灯の下のベンチに座り込り催促する。それではと私も続いて座ろうとするが、
「……あれ? その足元にあるのって……」
ふと女の人の影に紛れた物体に気がついた。
「ん? ああこれね」
ナデナデと女の人が、足元のものを撫でる。四角い箱に細長い何かがついたその姿。私の見間違いじゃやければ確実にさっきのチェーンソーなんですけど……。
「それって……あれですよね? さっき追いかけてきたときに持ってた」
「うん。あれだけど」
「……」
「? どうかしたの?」
「いやぁなんでもないです?」
「そう」
そう話す間にも女の人はチェーンソーを撫で続ける。チェーンソーがあるのは……まぁ納得はしてないけどわかった。この人の私物だもんね。それはまぁわかるんだ。
けどさっきまでこの女の人は、チェーンソーは持ってなかったわけで、それならなんでこの公園にあのチェーンソーがあるんだ。という疑問が当然生まれる。ここにあるということはどこかのタイミングでここに運んできたということ……あれ? もしかして最初からここに来るよう仕込まれてた? 私の意見は最初から求められてなかった?
私は立ったまま女の人の目を見ようとする。が女の人はこちらに目を合わせることなく不自然なほどの速さでそっぽを向いた。ああ間違いない。これ最初からここに来るつもりだったんだわ。
なんだかこう、沸々とくる物が無いというわけではないのだが、今はそんなこと気にしている場合ではない。結局この人は何をするつもりなのか。それだけが今気になるところだ。
私は話を切り出す。
「あのー……それで一体私に何の用なんですかね?」
「……と言うと?」
いやいやいや。
「だってチェーンソー持って追い掛け回して、家まで特定して公園まで連れ出してって……これで何にもないっていうほうが逆におかしいっていうか」
「まぁそれもそうだね」
心底どうでもいい。といった様子で女の人がそう答える。
「いや、それもそうだねって……あんまり言いたくなーーていうか実際不審者そのものですよね?」
「それはちょっと不名誉だな」
「そんな頬を膨らまされても困るんですけど」
女の人はぷくぅと頬を膨らせる。なんだろう苛立ちしか覚えない。そして私はその苛立ちのままに女の人をつめる。
「何が目的なんですか? 何がしたいんですか?」
「……なんだろうね? 強いて言うならお話かな?」
「なんですかそれ……それなら早く始めればいいじゃないですか」
「それだと面白くない。もう少しこのままでいい」
「それは私が嫌なんですけど。早く家に帰らせて欲しいっていうか」
「それは困る。後々面倒になる」
「なんですかそれ……。何が面倒なんですか?」
「もう少ししたら話す」
「今すぐ話してもらえないですか?」
「少し待って」
「……」
「……」
ダメだ。話していても埒が明かないらしい。私の中で苛立ちが沸々と高まる。
「何で私なんですか? どうして帰っちゃダメなんですか?」
「そう言われたから。帰られたら面倒だから」
「だから何が面倒なんですか? 答えてくださいよ」
「それはまだ無理。時間が来るのを待って」
「なんですか時間って……私も時間があるんですけど」
「私にも時間がある」
そう言って女の人は、ベンチに座ったままフラフラと足をばたつかせた。そしてその時私の苛立ちはピークに達した。
「本当あの……何なんですか? このまま変なことするとかでしたら……本当に通報しますよ?」
通報という言葉に反応したのか、まるでホラー映画の呪い人形のように不自然な速さで女の人がこちらに首を向ける。そしてそのままじいっとこちらのほうに視線を合わせてきた。無表情のまま顔だけこちらに向けているその姿は、チェーンソーがあることと相まって割と本気で恐怖でしかない。私はバッグの中のスパナへと手を伸ばし万が一に備えてぐっと身構えた。
背中の汗がヒンヤリとした春風で冷える。不味い。通報するだなんて言うんじゃなかった。どう考えてもそんなこと言われたら何かやられるに決まってるじゃないか。と、苛立ちの勢いのままに言葉を発したことを後悔したところでポツリと女の人が口を開いた。
「……あなた霊器はどこにやったの?」
「……れいき?」
「そう、霊器。あの、腐れ金髪痴女から貰わなかった?」
「ぶ、ぶろんどびっち?」
「そう。金髪痴女」
金髪痴女……というと、痴女かどうかは別として思い当たる金髪の人はあの人しかいない。
「それって……門番さんのことですか?」
「門番……さん?」
「ええあの、金髪碧眼の門番さんですよね? なんか天界の門番とかやってる」
「天界の門番……門番さん」
あ、何言ってるんだろう私通じるわけないじゃん。と正直思ったのだが、どうやらこれはビンゴだったらしい。さっきまで、じとっとしていた女の人の眼は夜の猫のように見開かれており、まるで私が獲物にされているような威圧感を感じた。
ゴクッと私の喉を落ちる。不味い。また何か変なとこ踏んだかも。そう思ったその時。女の人の頬がふわっと解れる。
瞬間。空気が弾け飛んだ。
「はははははっ!! 門番!! 門番さんって!! 何? あいつ門番さんって呼ばせてるの!?」
女の人がお腹を抱えて笑い出す。さっきまでの静かな姿なんて微塵を感じさせない所謂馬鹿笑い。私は戸惑いを隠せなかった。
「え、えぇっと……えぇ」
状況が全くつかめない。なんで急にこの人は笑いだしたんだ?
「はぁーっはぁーっ……あーごめん。ちょっとこれ以上は無理だ。てかその名前出されたら笑わないほうが難しいよ……あーあドッキリ大失敗だな」
そう言って女の人が心底悔しそうにふわぁーっ! と息を吐く。私はまだ頭が追いつかない。
「ド、ドッキリってどういうことですか?」
「いや、だから金髪痴女から話は聞いてな……て言ってたらドッキリにならないか。けどほら何か話とか聞いてない?」
「話……ですか?」
「そう話。なんかほら、困ったら誰に質問しろよーとかなんとかさ?」
ちょっと私は思いだす。たしか……てか向こうでは滅茶苦茶説明不足だったんだよなあの人。繋魂使のこととかそれ以外のところとか。それで……足りない部分なんかがあると思うから、そこは確か先輩に聞いてくれって……。
「あ! そういえば!」
「お、わかったかな? つまりそういうこと」
女の人がニヒッと笑う。そこに先ほどまでの無口な少女の姿は無かった。
跳ねるように女の人は立ち上がり、私の方をさっと向く。その姿勢はさっき見たときよりも力強い仁王立ちで、さらにそれを誇張するようにぐいっと腰に手を当てた。
「私の名前は堂六 乃子。君の指導係を任された繋魂使だ」




