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ChAiN soul Girl  作者: 甘味 亜月
元いた世界のお話
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ここから始まりかよぉぉぉぉぉ!!

 先ほどまで、音も匂いも時間間隔も無く永遠とも思える長さの穴にいた私には、とてつもなく強すぎる刺激が全身を襲った。

 赤く染まった空を小鳥が飛び交い、舗装されたアスファルトの上を沢山の人が行き来している。

 周りはけっして暗闇などではなく、無数の色彩を放つ情報が私の脳の中に飛び込んでくる。どこか懐かしいような、どこか新鮮なようなそんな感覚が私の心を潤す。

 この感覚は……今まで16年間味わってきた当たり前の感覚だ。

 ああ、間違いない。私はこの世に帰ってきたんだ。門番さんの言ってたことはきっと本当だったんだ! 私は生き返ったんだ!

 大きな感動が私に押し寄せる。なんか色々とあったけど……この世に無事戻ってこれたんだなぁ。と私は目を潤しながらそう思った。

 けど、けどさ?

「ここから始まりかよぉぉぉぉぉ!!」

 シャーッ!! という勢い良く回る車輪の音。全身を強く拭っていく風。鼻孔に入ってくる柔らかい桜の香り。口の中にほんのり残るメロンパンの味。そして視界に無数に入ってきやがるいちゃつくカップル達。ああいきなり五感がフルブーストだぜ!

 涙なんて速攻で乾くし、感動なんて風で吹き飛んでいく。

 私の中に、デジャブという言葉では足りないほどの既視感が入り込んできた。

 現状を一言でいうのなら、ここはさっき死んだ坂道で私は絶賛駆け降り中な訳だ。この世に戻ってきたところで坂道を猛スピードで下っているだなんていう本当に訳のわからない状況だ。例えるならば寝て起きたらジェットコースターに乗せられていたようなそんな感覚。

 当然そんな経験なんざ、生まれてこの方あるわけのない私は絶叫する。

「ちょ、ま、え!? ちょっと! ちょっとわけわかんないんですけどぉぉ!?」

 一人叫ぶ私なんて、知ったことなんざないように、この町全てからぶん取られたであろう夕陽が、私の自転車を照らしている。ついでに反射板もチカチカと光り輝いていた。

 無事にだなんて前言撤回だ! どうしよう……混乱してるかも!!


 この世に戻る前……つまり落ち始めてからしばらくでは足りないほどの時間が経ったであろう頃。私はある感覚を感じたのだ。

 何となくではあるのだろうが、眩しいようなくすぐったいようなそんな感覚がしたような気がした。

 いつもの生活であれば、間違いなく気づかないであろう微々たる感覚なのだが、とてつもない長さの何もない時間を過ごした私にとっては、すごく大きな変化なのだったのである。

 ……もしかしてこの世に帰り着くのかな?

 そう思った私は閉じていた目を開いた。そして風圧を感じる方向を見てみたところで、私の中で感じた変化は確信に変わったのだ。

「……光が見える?」

 針の先とも、空の星ともとれる小さな光がたしかに私の目の中に飛び込んできたのだ。

 ずっと暗闇に包まれていた私を照らす文字通りの期待の光。

 私の心は小さな歓喜に包まれた。

 落ちていくにつれ、だんだんと光が大きくなる。どうやら私の方が光に近づいていっているらしい。

 やがてその光に触れるまで近づき、その光に身体を覆われたところで私の全身を懐かしい感覚が包み込んできた。

 ふわふわしたような、あたたかいような。そんな心地の良い感覚だった。

 そしてその感覚に包まれていたところで……はっ。と気がつくと坂道の中腹にいたところで……冒頭に戻るわけだ。


 そういうわけで無事かどうかは別として、あの世からカムバックした私は、生き返った余韻を味わう間なんてなくただひたすらに混乱していた。

「ちょ、ま、え!? ここから!? ここからリスタートなの!?」

 私はこの町で一番長い坂を自転車で駆け降りる。スリルと緊張感を味わえるほどのスピードで。

 嫌な予感なんてもんじゃない。どきつい予感が私を襲う……考えろ! 考えるんだ私!

 たしかこの……今と大分意味合いは違うけど緊張感とスリルを感じを味わって走っていてからしばらく……と経たないぐらいのタイミングだったかな?そこでヒョコッと路地から黒猫が飛び出してきて、思わず私は避けて……こう逝って。

 考え終わるよりも私の理解は早かった。

「ちょこれ、もっかい死ぬってこれ! ここから再開は無理ゲーすぎるって!」

 うにゃぁあ!! と変な声で、思わず私は叫んでいた。

 ニヤニヤと笑う門番さんの顔が頭に浮かぶ。なんで!? なんでここからリスタートなの!? 戻すところが不親切すぎるよね!!

 すれちがうカップルに怪訝な顔でこちらを見られる。いや、悪いね! ホント今パニックなんだ!! 君らを嫉妬する余裕も無いぐらいにね!

 重力という強大なる武器を得た車輪がもの凄い音をたてて回る。本当にまずい! このままじゃさっきの二の舞いだ!

 焦る私の視界に見覚えのある路地が入り込んでくる。

「あれっ? ここの場所って確か……」

 ああ、そうだ。私が豪快に宙を舞った事故現場だ。黒猫が飛び出してきて回避して死んだあの路地だ。

 私は焦りつつも頭を回らせる。

 現時点から黒猫が飛び出してきた地点まで時間にしておよそ10秒。私はブレーキに手をかけた。自転車の体勢が崩れないであろうギリギリのスピードできりきりとかけていく。

 けど……このスピードじゃブレーキだけじゃ間に合わない! 私の中を後悔が駆け抜ける。そもそもこんな坂道でスリルなんて楽しんでる場合じゃ無かったんだよ!!

 けど……止まらないとまずい! また、あの世(事務室)にリターンバックしてしまう……!

「……それはちょっと嫌だ!」

 そんな事を考えたり、言っている内にもぐいぐいと距離は近づいていく。黒猫が飛び出しきた地点まであと7秒。スピードはなかなか落ちない……何か対策を……対策を考えなきゃ!

 急ブレーキだけでは間に合わない。下手に体勢を崩すと宙を舞う。何もしなけりゃ猫もろとも飛んで逝く。

 それなら……残る手段は一つしかない!

 黒猫が飛び出してきた地点まであと5秒。

「やるしかない!」

 私は最後の手段を取ることにした。


 私は両足から力を抜く。最後の手段を確実に取るためだ。

 その最後の手段とは、典型的なおばさん気質である母から受け継いだ伝統の匠の技。その技はいかなる速度の自転車も急激に減速するという常識を逸脱した技であるのだ。

 但し、それだけ逸脱した技故に、恐ろしい代償もある。

 一つに靴底を失う可能性があること。二つに母からのお叱りを間違い無く受けること。だが確実に減速は可能となる。

 日頃であれば躊躇していたかもしれないが、今の私に迷う時間は無い。

 私は覚悟を決めた。

 私は学校の指定靴であるローファーを、全力で急斜面に擦りつける。

「足ブレーキぃぃぃぃぃっ!!」

 ズザザザザザ。という心臓に悪い音が足の裏から聞こえてくる。ごめんなさい靴底! 今は許してくれ!!

 焦げたゴムの臭いが曲線状に広がり、不快な臭いが鼻孔を駆け巡る。しかし、靴底を失う代償か、臭いが増すのと比例して自転車は減速していく。そのまま1秒、2秒、3秒。熱くなっていく靴底を力強くすらせる。そしてある程度減速してきた4秒頃。私は急ブレーキをかけ、

「と、止まった……」

 私は「はぁぁっ」というため息とともに首をがくんと項垂れる。そしてすぅっと息を吸い込んだところで、焦げた靴底の臭いを掻き消すような甘い桜の香りが鼻孔をくすぐった。

 黒猫が飛び出しきたところまで時間にしてコンマ数秒、距離にして1.5mほどであろうか。黒猫が飛び出してきた路地までギリギリのところで自転車は止まったのだ。

 目の前を確かめる為にゆっくりと首部を上げる。するとあの時の黒猫が苦労なんてまるで知ったことなんて無い様子で、大きく尻尾を振りながら私の目の前を平然と横切っていった。

「……あんにゃろー、私の苦労も知らずにぃ」

 私自身が元々の原因であることなんて棚に上げて、私は一言文句を垂らす。ぶつかりそうなったところを避けて転けたことは10:0でスピードを出していた私が悪いので、実際問題黒猫には何の罪も無い。

 さっきの黒猫が路地の反対側にある塀の上に登り、じぃっと私の方を見つめる。いや、そんなに見られても何にも出ないよ?

 私は何だかやりきれない気持ちになりながらも、一言「やれやれ」とそれっぽい事を言いながら今度はゆっくりと赤みを帯びた坂道を下っていった。

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