猟奇的な幸せの条件
初投稿作品となります、無理やりテンション上げつつ楽しんで書いていこうと思いますので、読んでくださる皆様も楽しんでいただければと思います。
「よーし! それじゃあ今から、そこのそいつを思いっきりぶん殴れぇ!」
ライダースーツのような黒いエナメル質の服装に身を包んだ女の人が、奇声を発しながらバットをフルスイングするモーションで豪快に笑う。
その姿は某映画に出てくるタイラー・ダーテンさながらで──『イカれてる』という言葉が最高に似合うそんな表情をしていた。
「……」
「どうした? さっさと殴ったら楽になるぜ!?」
ヒャッハーッ!! と叫ぶその女の人は誰が見ても異常で……いや、もしかしたら今の状況を傍から見たら私の方が異常なのかもしれないんだけど。
当たり一面真っ白な四角い部屋の真ん中に立たされている私の手には、ホームセンターに売っていそうな一mほどの木製のハンマー。ただしやけに赤い染みが付いているという例外つき。そしてそんな私の目の前には、首から下を紐でぐるぐる巻に縛られたおじさんが、膝立ちしながら上機嫌な様子で私の方を見つめている。
「やっぱジーターってすげぇや」
ついでにすこぶるトチ狂った女の人もスイングしながら私の方を見つめている。
イカれてるとしか言えないこの状況。だが結論から言うと、私がこのおじさんを全力で殴らなければ誰も得なんかしないのだ。それがこの女の人の言い分であり、私とおじさんが救われる唯一の方法なのらしい。
けど、だからといって「わかりました」で即実行に移せるかというと……そういう訳ではない。当然のことながら私はたじろぐ。
そんな私を見かねたのか、女の人がちょっと不機嫌そうな様子で、
「つーかさほら、早く殺りな? 獲物は渡したろ?」
クイッと顎を動かしながらそう言った。
私の喉を生唾が下る。
「……やっぱ本当にやらないといけないんですか?」
「おう、そりゃそうよ。それが約束だし仕事だし」
いつの間にかゴルフスイングにシフトチェンジしていた女性が、当たり前じゃん? というふうに確かにそう答えた。
私の額を冷えた汗が滴る。このいかにもなハンマーでおじさんを殴れ?
無理だって! 本当に無理なんだって! 私は心の中で必死に叫ぶ。
そんな躊躇が止まらない私は、ハンマーから手を離しそうになる……のだが。
「あれ? ……離れない?」
「そりゃそうだ。そのおっさんをぶん殴らねぇと外れねぇようになってるからな」
「なんて殺生な!?」
「殺生な!? じゃねぇよ。今から君が殺生をやるんだし」
いつの間にか卓球にシフトチェンジしていた女の人が、スマーシュッ!! と叫びながらそう言った。
殺生をしろだなんて言われても、今まで16年間。普通の女子学生生活を送ってきた私だ。当然、人を凶器で殴る経験なんてしたことない。つまりこれが人道的にアウトな初見プレイというわけで……これはなかなか厳しいよね?
そんな私のことを案じてくれたのか。視線を上げた先にいるおじさんは私の方をみて優しく微笑んでくれた。
やめろ。尚更殴りにくいわ。
「下手に手ぇ抜いて苦しむのはそこのおっさんの方だかんな。一発で殺れよ。後頭部をズドンだ!」
さっきから物騒なことを言ってくる女の人が、球技の動きに飽きたのかフェンシングの動きをひとしきりしたあとに、親指を地面に向けながら愉快そうにそう私に言った。
「そうだ! 苦しむのは僕なんだぞ!」
おじさんまでノリノリだ! 縛られたおじさんが、これ以上なくサムズアップが似合うであろう笑顔で私にウインクを送ってくる。
私はすうっと息を吸う。ああ、そうさ。直前になってうだうだ言ってるけど、確かに私はこの状況を受け入れたさ。それについては認めよう。
「……なんでもやるっていったけど」
私はつい数分前に話した台詞を思い出す。けど、
「こんなのってのは聞いてないよ……」
「「ほら、はーやく! はーやく!」」
二人に早く殴るように急かされる。
「……なんでこうなっちゃったんだろ」
ちょっとでも、いや本当気休め程度にでも、気持ちを落ち着かせようと考えた私は、少しの間記憶を遡る事にした。