橋の下の利用法
橋の下の利用法
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ドブ川に架かる橋を、くぐって遊んだ事は無い?
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約束通り一週間後、ザルトーニュクスは荷物を抱えてグルナート商会を訪れる。
大きな欠伸をしながら入り口をくぐり、コラレを見つけるとグルナートへの繋ぎを頼む。
グルナートの所へ案内されると、再び欠伸をしながら、商業ギルドが再開しているか確かめる。
「だいぶお疲れの様子ですが?」
「すまんな。それよりも商業ギルドは再稼働できたのか?」
「はい。こちらは必要な案件でしたので滞りなく」
「それは良かった」
ザルトーニュクスの出来ていて当たり前といった問いかけに、グルナートは胸を張って答える。
「新しい商会の方は?」
「そちらも出来ています。
が、何をするのか分からない為、名前だけですが」
「じゃあ、商業ギルドへ行って来る」
「ではいっしょに参りましょう」
「いいのか? 忙しいだろう? でも助かるな」
「構いませんよ。私も行かねばなりませんから」
「ふーん・・?」
新しい商会の方も出来ていると言うので商業ギルドへ向かうと告げると、グルナートが案内すると道案内を兼ねて付いてくる。
悪いなーと思いながらも、助かるし、まぁいっかと流す。
二人がギルドに着くと、グルナートに向かってギルドの職員が挨拶をする。
「お帰りなさいギルド長」
「ギルド長?」
ザルトーニュクスはグルナートの方を振り返る。
「言いだしっぺという事で・・。ある程度形になるまではと言う事なのですが、暫定的にギルド長を兼任する事となりまして」
「それならそうとさっき言ってくれればよかったのに」
「まぁ、恥ずかしさ半分、驚かすの半分と言った所で」
頭をかくグルナートに誘われて、ギルド長の執務室となる部屋へ向かう。
「グルナート会長が、ギルド長をやっているなら話が早い」
すぐさま机の上に、荷物の中身をぶちまける。
山と積まれた金貨と、それに混じる宝石に驚くグルナート。
「これは!?」
「無利息、無期限で困窮している商会に貸し出してくれ。割合とか金額は商業ギルドに任せるよ」
無利息で無期限と言う事は、事実上くれてやると言っているようなものである。
例えそれが元悪徳商人の財産であるとしても、自分の持ち物であることには変わらない。
「畏まりました。早急に手配いたします」
頷くとグルナートは、金貨と宝石を袋に詰め直し、ギルド職員に貸し出しの手続きを指示するため席を外す。
しばらくしてグルナートが戻ってくると、ザルトーニュクスはソファーで舟を漕いでいた。
まだ話の途中であるため、申し訳なく思いながらも声を掛ける。
「ザルトーニュクス様、お待たせしました」
「おっと寝てしまったか・・。度々すまんすまん。ここの所、殆ど寝てい無くてな」
「ならばこれからの話は後日という事に致しますか?」
「いや、直ぐに済ませるから」
そういうと、もう一つの件について関わる話を始めると思いきや別の話を始める。
「なぁ、グルナート会長、ダンジョンの常識を知っているか?」
「常識・・、ですか?」
ダンジョンには常識など通用しない。
その中で常識というと一言では説明が出来ず、答えに窮しているとザルトーニュクスから助け舟が出される。
「多くの荷物を持てないから、金になるモノしかもって来ない。
しかもあくまでも冒険者基準でという事になる」
「ああ、そうですね。こちらからこれこれが欲しいと指定すれば別ですが、基本的にはレア素材、次に宝石類、重くはなりますが貴金属でしょうね」
常識と言う程では無いが、冒険者たちは自分の価値観でアイテムを取捨選択する。
そのためダンジョン産の素材にはどうしても偏りが出てしまう事がある。
「となると、こう言った物は真っ先に捨てられる」
そう言うと一冊の本を取り出し、ペラペラと捲った後、テーブルの上に投げ出す。
「確かに。本は嵩張りますし、識字率の低い冒険者には価値が分かりませんね」
荷物の重さで反応が遅れれば、自分の命を縮める事になる。
当然軽くて嵩張らず、自分が価値ある物だと思う物に本が入る事は稀だろう。
「そういう事だ」
「それで何の本なんですか?」
「新しい調理法だな。・・たぶん」
「なっ!?」
グルナートは驚いて腰を浮かせ、思わず本を手にしてしまおうとする。
もし手に取って中身を見てしまえば、価値を下げてしまいかねない。
殺されても仕方のない行為を、寸前で思い留めた自分の胆力を褒めたい所だ。
「これを新しい商会で製造販売をしてもらうかと思ってな」
「そ、それは・・」
新しい調理法・・。
一個一個は少額でも、長きに渡ってお金を得られる可能性がある。
下手をすれば、先程山と積まれた金貨を上回る価値がある。
「それで料理が出来るかと・・」
「ダンジョンのレアドロップの中には、新しい料理のレシピだけじゃなくて、こういった新しい調理法の本がある事を思い出してな。
レアドロップという事もあって、なかなか出てくれない上に、特別な素材や特殊な器具、スキルを必要としない物となると・・」
これがザルトーニュクスが、徹夜までしながら探し回ったレアドロップである。
他にもいくつか新しい調理法の本はあったのだが、料理素人のザルトーニュクスのお眼鏡に叶う物が無かったのである。
ちなみにお眼鏡とは、ザルトーニュクス自身にも作れそうだなと感じさせるものだ。
「それをいくらでお売り頂けるのですか?」
いくら利益が見込まれるとはいえ、それだけの労力だ。
幾らの値が付けられるのか予想もつかず、思わずつばを飲み込んで尋ねる。
「売る? あのな物になるかどうか分からない料理法を売りつけるつもりはないぞ」
「えっ!?」
「まずは作れるのかどうかが優先だろう。
その後に出来たものが売り物になるのか、きちんと見定める必要もある」
「はあ・・」
これは新しい調理法をタダで譲るのと同じ事を意味している。
料理法は秘匿されればされる程、価値が上がって行くものだ。
これが先程、殺されても仕方のないと言った理由である。
百戦錬磨の商人と言えど唖然としてしまう。
「悪いが料理はさっぱりでな」
「・・分かりました。早急に手筈を整えましょう」
「じゃあ、後はよろしく」
溜息を吐いて答えるグルナートに、そっぽを向いて欠伸をするザルトーニュクス。
ザルトーニュクスが持ち込んだ、新しい料理の方法とは『燻製』であった。
前の世界も、今の世界の基本は煮る、焼く、炒める程度しか無い。
その理由として前の世界では料理法やレシピがドロップする事は無く、今の世界は簡単に捨てられていた事が一因である。
その本には魚や肉の燻製や、腸詰肉のレシピも一部載っていた。
手始めにと少量作る分には問題無かったのだが、商品として大量に燻製を造るためには、どうしても大量の煙と匂いが出てしまう。
これでは流石に街中はまずいと、湖から流れ出る川の一つに架かる橋の袂に製造工場を作る事になった。
水面上を通る風を流用する事で、匂いや煙を町から遠ざけると考えられたからだ。
いくら経費削減とは言え橋の下では?と言う意見も聞かれたが、燻製の販売が軌道に乗れば、新たに工場を作るつもりだと押し通したらしい。
しかし実際は、収入の断たれていた母子家庭の多くが、そのような場所に身を寄せ合って暮らしていたため、彼女たちの地位向上に一役買ってもらうのが目的であった。
調理に使う塩は、ノース地方は海が近いため、割と安く手に入り易かった。
こしょうや香辛料は、安くは無いが入手が可能であった。
そういった物は実際には、輸送の時間とコストが一番かかるのである。
前の世界と今の世界の違いがここにも表れていた。
前の世界では、移動は魔法で短縮できるが、塩やこしょう、香辛料の生産が非常に少量で、高価な品であった。
反面、物理的な移動しか出来ない今の世界は、物は割と存在するが、運ぶ手立てが無い事が分かってくる。
魔法の有り無しで発生する違いが、何か別の形に置き換わってうまい具合にバランスよく成り立っているのではないかと思えてしまう。
実際にそのバランスによって行商人といった仕事が成り立つ訳でもある。
傍で見ているとドキドキしてしまうので、投資した資金の運用と燻製の会社をグルナートに丸投げして、しばらくの間はサウス地方へと雲隠れする。
雲隠れと言っても、ただ一人の親友【助言】の提案に乗って、ある研究をするためなのだが。
久方ぶりにグルナート商会へ顔出し、馴染みの店員であるコラレに素材を持ち込もうとすると、そのまま商業ギルドへと連行される。
グルナート商会会長兼ギルド長の執務室では、にこやかなグルナートが待っていた。
「随分と長い事お出かけだったようですな、全て丸投げにして」
「そ、そんなに長い事不在だったかな?」
グルナートが、秘書に「例の物を」と言って、用意させている間に話が進められる。
「まずはお礼を申し上げます」
「礼? 何の事だ」
いきなり感謝されても、全く話が見えてこない。
「お預かりした資金で、多くの商会が持ち直しております」
「・・随分と早く結果が出たものだな」
そんなに長い期間、雲隠れしていたつもりは無いのだが、立ち直りの速さに唖然とする。
「資金繰りだけの問題でしたので、皆商才は豊かだったのですよ」
「ふむ、それは結構結構」
グルナートの答えに対して適当に相槌を打つと、その間にアルコール類と何かの肉の様な物が持ち込まれる。
「どうぞ召し上がって下さい」
「遠慮なく」
肉の様な物を口にすると、今まで食べた事の無い触感と旨味が口いっぱいに広がる。
「っ!? うまい! これは?」
「そうでしょうそうでしょう。
新し調理法、燻製で作成した肉と魚です。筒のようなのが腸詰肉です」
「ああ、これが持ち込んだ本で出来る料理か」
感慨深そうに、皿の上に並べられている燻製を見る。
「お分かりのように、とても価値のある商品となりました。
私どもの腕の見せどころではありますが、かなりの収益が見込まれます」
「それは何よりだ」
グルナートの言葉に、調理法を持ち込んだ自分としても一安心である。
潰れかけていた商会は持ち直し、新しい商会も燻製の製造販売を主たる目的として成り立ち始めると聞けば、喜ばしい限りである。
「つきましては、ヤーデ殿がお礼を申し上げたいと仰っておりまして」
「ヤーデ? 誰それ?」
「ノーウの町長ですよ」
「・・そんな名前だったのか」
町長の名前を知らないのは良くある事なのか、左程気にした様子も無く要件を伝える。
今更、町長が悪徳商会のオークの件を蒸し返してくるとは思えないが。
「出来れば行きたくないんだけど・・?」
「うーん、そこを何とかお願いできませんか」
新ギルド長としても、ヤーデとか言う町長との関係作りもあるのだろう。
後々面倒が起きるかもしれないし、先日は突然の窓からの訪問にも応えてくれた礼もあるしと、気が進まないが行ってみると答える。
「はぁー、分かった分かった。仕方ないが行ってみるか・・」
「そう言っていただけると、こちらの面目が経ちます」
溜息を吐くザルトーニュクスと、笑顔のグルナートが対照的だった。
席を立ち、部屋を出る前に思い出したかの様に皮袋を渡す。
「ちょっとこれを見ておいてくれないか?」
「これは何ですか?」
「お遊びで作った物だ。売るつもりはないが見ておいてくれ」
「分かりました。お預かりしておきます」
この時念を押さなかった事を、後々後悔するザルトーニュクスだった。
いざ町長のヤーデの所へ行ってみると、非常に面倒な話が待ち構えていた。
商会の立て直しと新規事業、町の活性化の礼もそこそこに話し始める。
「何故あの時に、禁制の魔薬が手に入ったと思う?」
「・・さぁな」
ノーウ町長のヤーデに切り出され、出来るだけ無関係を装う様に生返事をする。
「あれは最近検挙した物だよ。
魔薬による事件例として、大量摂取による死亡、副作用による廃人化、薬切れによる狂暴化し襲撃、魔薬を買う金欲しさに強盗だ。
今回の件は多量摂取により死亡した者の家からの押収品だったがね。
実際にノース市や王都に報告へ行かなければならなかったのは事実だったのだよ」
「はぁ・・。それを何故俺に?」
一般人には絶対しない話を、1対1の極秘でするには必ず裏があると警戒する。
「事件に絡んだものとして話をしただけで、物が物だったから、私から直接になっただけの事だ」
「ふーん・・。まぁそうしておこう」
話しは終わりだと、商会の立て直しや町の再活発化の礼を改めて言われ、部屋を出るため扉を開けて貰った時、爆弾を落とし込んできた。
「ただ、まだ何処で製造されているのか、誰が製造しているのかは判明していないがね。
北部の他の町でも同様の事件が起きていると報告が来ている。
王都に近いノーサの町では発生してはいない様だが・・」
誰に語るでもなくこぼすヤーデ町長に、思わず苦渋の表情を浮かべるザルトーニュクス。
ザルトーニュクスを送り出し、扉を閉め席に戻ると町長は呟く。
「自分で正義の味方と言う者は、あまり信頼できん。
彼は自分を悪人と言っている様だが・・」
ザルトーニュクスも扉を背に歩き出しながら呟く。
「面倒な事を・・。
何か理由を付けてでも来るべきじゃなかったな。無視するか・・」
二人が呟いたちょうど同じ頃、グルナートはギルド長室で、ザルトーニュクスから受け取った面倒な物に頭を悩ませていた。
「あの方はビックリ箱か何かなのか?」




