瞳に映った夜のネオン
僕は君のような人に今まで出会ったことがなかった。
君は、年の割にとても幼く、どんなことにでも興味を示す人で、長所は愛嬌のあるところ。短所は世間知らずなところ。
その短所のせいで、いつも君は誰かに騙されていた。
そう、僕が君に出会った時も確か君は不良たちのカモになっていたね。
「おいおい、姉ちゃん。俺らにガン飛ばすなんていい度胸してんじゃねぇか」
いかにも不良、といった格好をした男達が、小柄な女の子のまわりを取り囲んでいた。
当時、よくその街をよく歩いていた僕からしたら、そんな様子は深夜のこの町ではよく見る光景だった。
世間知らずな女の子へ、不良たちが絡む。そして金を巻き上げたり、怪しげな店に連れて行き、酒を飲ませ酔わせる。
その後は、ご想像にお任せ、だ。
僕は、それを見て最初は見て見ぬフリをしようとしていた。
しかし、取り囲む不良たちの壁の間から見えた女の子の姿を見て、通り過ぎようとしていた足の方向を、男達の方向へ向け直した。
そして、あろうことか男達の間に割って入った。
「やめろよ」
まさか僕も自分がこんなことをするとは思ってなくて、半分戸惑いながらの行動だった。だが男達も僕の姿を見て、少し動揺したようだった。
「なんだアンタ……この女、お前の客か?」
男達の視線を受ける僕の服装は、全身黒のスーツで固めた、明らかに夜の人間といった服装。そう、僕はいわゆるホストという職業の人間だった。
「そんなんじゃないけど……とりあえず、やめてくれないか」
僕は男達の間に割って入り、取り囲まれていた女の子の腕を掴んで壁の外へ引きずりだした。
それを不良たちは止めることなく、見ていた。
夜の街に生きる者同士、変に干渉をしない方がいい。それはまぁ暗黙の教えのようなものなのだ。
そうして、その場を離れた僕は、女の子を人気の居ない場所まで連れていった。その間も女の子はじーっと僕の顔を見ているばかりだった。
男にこんな人気のないところに連れていかれてるんだから、少しくらい警戒しろよな……。僕は少し女の子の事が心配になる。
立ち止り、改めて女の子の顔を見る。女の子はおそらく僕と同じくらいの年齢だろう。20歳くらいだろうか。確信が持てないのは、少女が化粧っけがなく、小柄で童顔だったからだ。
「あの」
女の子は相変わらず僕の顔をじっと見つめ、口を開いた。
「ん?」
僕が女の子に反応を示すと、女の子は僕の手をギュッとつかんだ。
……!? 突然のことに僕は戸惑い、身を固くする。
「あの、ありがとうございました!」
女の子は僕の目をじっと見つめたまま、手にぎゅーっと力を込める。
「とても……とても怖かったので、助けていただいて、凄く、ホッとしました。ありがとうございます」
そこまで一気に言うと、女の子は強張っていた顔に少しだけ笑みを浮かべた。
「私、篠原 愛美と言います。本当に助かりました……ありがとうございます」
何度も何度も「ありがとうございます」という愛美は、本当にほっとしたように笑っていた。
本当に警戒心のない女の子だな……。明らかに僕も怖い夜の人間だと、格好で分かるだろうに。
「……僕は、アキラ」
しかし、愛美の警戒心のなさに、毒気を抜かれた僕もつい名を名乗っていた。
「アキラさん……? 字はどんな字を書かれるんですか?」
「朗読の朗……で朗って読むんだ」
そして、何故か僕は源氏名でなく本名を教えていた。
きっと、愛美の混じり気の無い純粋さに、つい僕も油断したのだろう。
それから、僕は口を閉じることのない愛美に質問攻めにあった。
お仕事は何をしてるんですか? お家はどこなんです? 犬を飼ってるんですか?
話の流れで次々に尋ねられる質問たちに、つい応えて話を続けてしまっている僕がいた。そうして、
「なんで、私を助けてくれたんですか?」
話し始めて1時間が経っただろうかと言う時に、愛美はそう聞いてきた。
僕はその質問に、それまでの会話で軽くなっていた口を少しだけつぐんだ。
「……? どうかしました?」
愛美は不思議そうに僕を覗き込んできた。
僕は、指で顔をかきながら、少し愛美とは反対側へ目をそらし、口を開いた。
「あんたが」
「私が……?」
愛美はきょとんとした様子で、僕の答えを待っていた。
「小学校の時に好きだった子に、似てたんだよ」
悪いか。僕は愛美の方を向けず、顔をそむけたまま言った。
愛美はそれを聞き、嬉しそうに笑った。
「そうだったんですね……へへ、なんか嬉しいです」
そして、愛美はしばらく黙ると、静かに口を開いた。
「私も、朗さんに助けられた時、とても嬉しかったんです」
「なんで」
どうせ、不良に囲まれて怖かったからだろ。とか思いながら、僕は愛美の方を見た。
「……朗さん、覚えていませんか?」
愛美は少し意地悪く笑った。何のことか分からず、頭を傾げる僕。
「もう、気づいてくれたかなぁって少し嬉しかったのに」
愛美は拗ねたように口をとがらせる。
「河野 朗くん」
「……!? なんで、僕の名字を知ってるんだ……」
驚く僕に、余計口をとがらせて愛美は言葉を続けた。
「もう。小学生の時、隣の席だった私ですよ。あきらくん」
そう言って笑った愛美の顔に、小学校の時の初恋の相手が重なる。
「えみ……ちゃん?」
そう、助けた時に頭に浮かんだ女の子。
「嘘だろ……」
だって、えみちゃんの名字は違った篠原じゃなかったはず。
驚く僕をよそに、腕時計に目を落とした愛美は慌てていった。
「あれ、朗くん、お仕事ってまだお時間大丈夫なのです……?」
愛美が見せた時計の針は、僕の始業時刻を少し過ぎていた。
「あ、やべ……」
慌てだす僕に、同じように慌てだした愛美は「急いで急いで」と身振り手振りをした。
いざ行こうとするが、途中だった話を思い出し、僕は愛美を振り返る。
すると、愛美も同じことを考えていたのか僕の顔を子犬のような瞳で見つめてきた。
「あ、の。まだ私朗くんとお話ししたいんですけど……」
全く同じ気持ちだった僕は、愛美の手を掴み走り出した。
そして大通りの24時間営業のファミレスチェーン店の前に連れていくと、そこで手を離した。
「もし、待っててくれるなら、ここで待っててくれる?」
無理にとは言わないから。そう言うと、愛美は嬉しそうに笑ってうなずいた。
「うん! 待ってる!!」
そして、愛美は僕の背中を両手で押した。
「待ってるから、朗くんはどうか早くお仕事行って……!」
「分かった分かった……」
そして振り返って愛美に向き直り、僕は愛美に手を振った。愛美は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべたまま手を振って僕を見送った。
その輝く瞳には、夜の街のネオンと、同じように嬉しそうな顔をした僕が映っていた。
「待ってるからね。それで、またいっぱいお話をしようね」
僕は頷いて手を振り、愛美に背中を向けた。
うん、いっぱい話そう。お互いの知らなかったことを、もっともっと。
世間知らずな君と、薄汚れてしまった僕の話を、もっと。
-END-