とある店主はとある常連とかく語る。
今回は店長の日常で書いてみました。
日が落ち、町が茜色を帯びる頃になると次から次へと冒険者たちは町に戻ってくる。
地下に降りる冒険者達は日をまたぐ場合がほとんどだが、大魔境に向かう冒険者のほとんどは日帰りである。
そんな冒険者達で横丁は一気に人でごった返す。それはまるで祭りでもあるかのようだ。
夜の帳が下りる頃になるとそんな冒険者達を相手にしている店舗も一気に活気を帯びる。
暗くなった町並みをいくつもの明かりが照らし、客寄せが声を張り上げ、あちこちで料理を作る芳しい香りが立ち込める。
この時間を狙って露店を開く者たちが次々と姿を現し、吟遊詩人達は様々な曲を歌い路上に彩を添える。
ここ小狸亭もそんな冒険者達で今日も盛況だった。テーブルは既にいっぱいで、おのおのが気ままに酒と料理に舌鼓を打つ。
「よっしゃ!これで新しい盾が新調できるぜ」「うっは~うめ~」「・・・だからよ!」「これは経費になるかしら」「軟骨がこんなに旨いとか」「クソ!なんであそこで逃げんだよなめてんのか」「酒がたらねーわ」「明日もう一回アタックしようぜ」「これ研ぎに出しちゃだめ?」
冒険者たちは今日の成果をある者は嘆き、そして怒り、喜び、また悲しむ。
全ての感情が入り混じるある種の混沌の中に酒が加わり、凄まじい熱気に店内が満たされる。
今日は春先に入ったことにより少し人間の数も増えたのか、外に机を出し露天にまではみ出している有様だ。これは予想外の多さだった。
「これは・・・追加の人員を増やしておくべきだったか・・・」
思わずマリオンはぼやきを漏らしてしまった。
本来忙しい時は助っ人として呼ぶこともあるシェリルもセリナも今日は呼んでいない・・・
混雑を予想していなかったマリオンは次から次へと入ってくるオーダーに目を回す。
事も無げに対応するチャーリーはともかく、時間担当のミュン、緊急事態だからと残ってもらったジニー、更に諸事情から一時臨時皿洗いとして雇っているマートンの3人は既に限界だ。
・・・あっまたジニーが切れて怒鳴っている・・・また尻でも触られたのだろうか・・・
本来ならマリオンも手助けをしたいとは思うが、この時間は彼も自分の担当でていっぱいなのであった。
彼のこの時間の担当は酒の段取りが主な仕事であった。
ビールやワイン、蒸留酒取った定番からなじみの商人から用立ててもらえる「ニホンシュ」や「ショウチュウ」も人気で、油断しているとあっという間に底を突いてしまう。
ドワーフの団体などが来た時は本当に空にされた苦い記憶がまだ覚めやらない。
それだけならばまだ手配と管理だけなのだろうが、彼にはここで彼だけにしかできない仕事があった。
「カクテル」 これが彼が始めてしまった大仕事であった。
様々なお酒を果物やジュースでブレンドして出す混酒。言葉にするのは簡単なのだが、彼はこれをリズミカルに、ダンスのように行う「カクテル・パフォーマンス」というものを始めてしまった。
カクテル自体はアルコールを好まない人を釣る程度の効果しかなかったのだが、実際これを目当てにここに通うものが出始めた。・・・正直これにかける時間が彼を一層苦しめていた。
・・・よく考えれば今は忙しいので無し!とか言ってしまえばいいのだが、残念ながら彼にはいまだそういう機転はまだできない・・・
生真面目な彼の性分ががそこに顔をのぞかせていた。
・・・まあここだけの話その必死に仕事をして目を回す姿が可愛い。 と、わざと注文を入れている者もいたりするが、そのことは内緒だ。
夜も10時を回ると客の入りも落ち着きだし、散々騒いだ冒険者達が一人一人と席を離れ、各々の部屋や家路へと足を向けだす。さすがにこの時間になると馬鹿騒ぎをする客はいなくなる。
「酷いわ!!アル!!私を騙していたのね!!」
「なにをいっているんだ!!エレン!!俺は君に嘘なんかついたことなんて一度もない!!」
「言い訳はよして!! ああっ!!!」
「はーい本日の愛の冒険者劇場が は っじ ま る よ~~~~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼・・・少しはいる・・・
そんな頃だった。
小狸亭の扉が乱暴に開けられた。いつもはカランコロンと軽い音がする鳴子はその勢いに押されたか押し黙る。
「御用改めである!!」
何だ何だ何事だと客たちがいっせいに目を向け・・・何だこいつかと興味を失い再び日常に帰っていった。
「・・・ええっと・・・何か御用でしょうか?カミーユ様」
「・・・ああ・・・うん・・・まあお約束ってことで・・・」
思いのほかのしらけっぷりにちょっとブルーになりながらも颯爽とカウンターの彼女のお気に入りの席に向かう。
その姿を見て「何も知らない」客が口笛をピュウと鳴らした。まあ無理もない。彼女は間違いなく美女である。
鋭く切れ長の目と眉は鋭くまるで美しい名刀のようだ。いつもはすっぴんなのだが珍しく化粧をしており、真紅の口紅でいつもより妖艶さも上がっている。。紫がかった美しい銀髪を後ろに束ね、水色地に白の飾り縁のマントを肩に掛け、その涼やかな色彩が薄暗い店内の中でひときわ存在感を放つ。
だが彼女にわざわざ声を掛けるものはいない。それはマントの下からのぞく無粋な衛士隊の制服のせいかもしれないが、制服の詰襟の部隊長の証たる金色の狼の紋章のことを考えればやむをえない話だ。
有名な女性だ。
カミーユ=ラウム。若干24にしてこの町の衛士隊「副」隊長となって既に5年。剣の腕は衛士隊随一。魔術にも精通し規律に厳しく一切の情を許さない氷の花、バアルの鬼女、白い悪魔。
恐怖と畏怖とかなりの悪意とほんのちょっとの好意で彼女はそう呼ばれている。
彼女はまっすぐカウンターの手前から三番目の席を目指す。そこは店主の定位置の真正面になる、彼女のお気に入りの席だった。
「・・・っあっ・・・」
・・・そこには既に女が座っていたが、にこりと微笑むとそそくさとその場を離れていった。彼女は当たり前のようにその席についた。
・・・この人は・・・
マリオンからしてみれば営業妨害にも等しいのだが、彼女は店に出初めの頃から続く常連の一人だ、仏頂面を見せて抗議の意思を示すも無碍にもできない。
彼女はそんなマリオンの様子すら楽しそうにこちらを見ていた。トントンと机を叩く。
何も言わずとも早く望みのものを出せといわんばかりだ。
注文は分かっている。お気に入り、ブラッディ・マリーを用意すると彼女の前に出す。
「打てば響くとはこのことだねぇ ああ お姉ちゃんはは嬉しいよ」
出されたブラッディ・マリーを美味そうに飲み、その味ににんまりと笑う。
「私は客を追い出すような姉なんて持った覚えはないんですけどねぇ」
「おや?カクテルのことを下らない混ぜ物とか邪道とか言われてたのを擁護したのは誰だったかな?」
クスクスと笑いう彼女にため息をついてみせる。何を言っても彼女は喜ぶばかりなのは良く分かっている。
彼とて忘れちゃいない。忘れちゃいないが限度があるだろう。
だから他所で怖いとか誤解を受けるんだ。せっかく美人で優しい人なのに・・・
大体あの登場もどうなんだとも思う。今では周りの常連は彼女の受けないギャグであることは分かっているが、「ゴヨウアラタメデアル」とは何のことなのだろう。まあ何であれ衛士隊が怒鳴り込む事態とか体裁が悪すぎるではないか。
言いたいことはあるのだが、そこは商売、黙っていることにしていた。
なんでも昔どこかで見た衛士隊の光景らしく、本来ならばその組織に入りたかったらしいのだが、未だにどこの組織か分からないそうだ。 謎である。
「・・・ああ、でも今日は丸々ギャグでもないか・・・」
そう言って彼女は早くも2杯目を催促してきた。
・・・ここの衛士隊は勤務時間中は禁酒という決まりはないものかと思うが、
やはり商売なのでマリオンは黙ることにした。
「やはりウチもなくなってますね・・・」
指定された案件を確認してマリオンは首をかしげる。
「フン・・・また消えたか・・・」
冒険者達は必ず依頼を受け仕事をする。これは討伐・探索・調査・捜索・護衛・運搬・鍛錬・捕縛・採取全て同じである。そしてこれら依頼は冒険者ギルドに一旦集約され、各冒険者の宿に配布される。
冒険者達はこの情報を元に自分たちの行動を決めて冒険者の宿で相談する。
そして受付と報酬の受け取りは各冒険者ギルド受付窓口で行われるという流れなのだ。
が、最近とある依頼の依頼書が張り出した後すぐ消える。
「どういうことなんでしょう・・・」
依頼内容は初心者用とも呼ばれる「モンスター」の駆除だ。当たり前の話だが依頼書自体に価値などない。依頼を独占したいならすぐ受けてしまえばいい話だ。
「・・・分からんかね?」
うーん と首をひねる彼を試すように語っていた彼女はくすりと笑い、彼の口元に手をやる。
う・・・ん・・・全く思いつかない・・・
ピッ
その隙をつかれ、小さい音を立てて彼女の口ひげが奪われた。
あっと思わず口元を隠し、恨めしそうに返すように促すが、彼女は笑って取り合わない。
というかいつから気づいてたのか聞きたいところだった。
ほう・・・これはこれは・・・
彼女からすれば会った瞬間から気づいてたわという思いであろうが、
その下にあるものは予想以上のものであった。
ふふふふふふふふこれは楽しくなりそうだ・・・
・・・おっと危ない もう少しがまんがまん・・・
コホン
「マリオン君?君はこんなもので見た目を誤魔化して本物になれると思うかね?」
うっとこわばるマリオンに手ごたえを感じた。
いける!今日はいける!!
「マリオン君。冒険者の依頼というものは命がけだ。
当然これら情報を預かる者がこれらの情報に無頓着というのはよろしくない。
一見凡庸な依頼、よくある会話の節々にも裏に様々な思惑があることは間々あることなのだよ?
こんなもので見た目を誤魔化してもそんな内面が伴わないなら意味はあるまい?
こんなものでハッタリをかける暇があるならばもっと内面を磨くことをこそ大切にするべきではないのかね?」
「それは・・・」
マリオンは彼女のまじめに諭す姿に思わず押し黙ってしまった。
まったくもってそのとおりだ。
彼とて自分の未熟さは彼が良く分かってはいた。
修行から帰ってくるなり「じゃあ後は頼む」と店主の座を譲られた彼にはいまだ不安がある。
自分はこの店を切り盛りできているのか?
自分が店主としてふさわしいのか?できているのか?
隠し切れない経験の差を埋めることができるのか?
そもそも良い「冒険者の宿の経営者」とはどのようなものなのか?
悩みは尽きない。
「・・・まあ、君はまだなりたてだ。色々学んで段々良くなっていくといい。
私とてこの街でこんな血生臭い仕事を生業にしている。何かと助言もできると思うぞ?」
遠慮なく言ってくれとカミーユは笑う。
「ほ・・・本当ですか?ご迷惑なのでは?」
カミーユは更に優しく笑い(たたみ)かける。
「勿論だとも。 何、私もなじみになった店には長続きして欲しいものさ。
そのための助力であれば喜んでさせてもらうさ。
ああ、そうだな、
今日はこれでオフになるし少しゆっくりできる。今日は一晩付き合いたまえ
報酬は・・・そうだな。今日は奥の部屋は誰も使ってないんだろう?
今日はそこでたっぷり飲ませてくれればそれでいいよ」
「ええ、どうせ今日は予定もありませんし構いませんよ!」
嬉々として奥の間へと足を向ける
ー獲ったー
その瞬間己の勝利を確信して舌なめずりする。
この日のために「色々準備」してきた。ここに来ると嘴を突っ込んでくるうるさい斜め前の店の女も今日は来れない状況にしてきた。姉気取りのあの薬屋もやはり無理。絶好の好機にずっと確信していた泣き所に触れ、奥に誘い込む。
完璧だ!
くくくくく・・・今日は楽しくなりそうだ!ああ!!テンション上がってき・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・隊長」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コルト君」
どっとテンション下がったわ・・・
双方光を失った目でにらみ合ったあと、半眼でこちらを見る部下に皆から恐れられる眼光でもって応える。
「コルト君、一体どうしたのかな?こんな所に来たりして。確か今君は勤務時間だったと思うんだがね?」
(てめえ、何邪魔してんだよ向こう行けよ仕事戻れよ)
「ええ、ご安心ください。間違いなく勤務時間中です。」
(あんた一体何しようとしてた?明らかに悪い癖出そうとしてたろ!衛士隊に迷惑かけんじゃねぇよ)
「ああ、そうかね。では職務に戻ってくれたまえ」
(な・・・何のことかな?あたしゃ別に何もしようとしてねーし)
「ええそのつもりですよ?・・・まあそういうわけで少々確かめたいことがございまして」
(ほう?ではあなたが持ち出しているものを確認してもいいんだな?つうか出せよ)
「はははは何故私に聞くのかな?」
(いや・・・それはちょっと・・・ちょっと待ってそれ後日でってことにしてくんない?)
「・・・荷物を改めさせもらいますがよろしいですね?」
(だめに決まってんでしょ!ここで確認すっぞ?ばれてもいいのか?)
「おいおいコルト君 女の荷物を漁るとかよい趣味とは言えないのではないのかね?」
(ちょ・・・!やめてよ!それこそ隊に迷惑かかるじゃん!)
「なんでしたらヘレンを呼びますが?」
(・・・認めましたね?)
「・・・」
(・・・あ・・・)
「・・・」
(認めましたね!)
「一旦詰め所に戻る・・・ということで宜しいでしょうか?」
(では詰め所に戻りましょうか・・・貴方には言いたいことがたっくさんあるんです)
「・・・し・・・しょうがないなぁ・・」
(・・・くっ無念・・・)
「・・・そういうわけだ・・・済まないな・・・」
「いえ!・・・こちらこそすみません。
お仕事ご苦労様です・・・」
何も知らず心底残念そうに別れを告げる店主と後ろ髪を引かれている隊長をみてコルトはようやく胸をなでおろした。
やれやれ、誰がタレこんでくれたかわからんがおかげでいらん恥を広めずにすんでよかった。
詰め所に戻って確認するとまあ出てくる出てくる「いかがわしいもの」の数々
・・・鞭・蝋燭・荒縄・長釘・その他絶対表に出せない品の数々・・・
・・・本当に危なかった・・・
カミーユ=ラウム。
幼い頃見たという衛士達が行っている拷問を見てすっかり「目覚めてしまった」女・・・
真性ドS・法に守られる人格破綻者・笑う拷問狂・犯罪者の天敵。
恐怖と畏怖とかなりの悪意とほんのちょっとの好意で彼女はそう呼ばれている。
上司からの無茶振りとかマジしんどいっす。