とあるウェトレスのとある楽園を守る戦い
「実はもう金が無いんだ」
----しまった。----
ここ(小狸亭)へきて二月になる戦士3人のパーティー、ブロンコ・ヘス・マートンはポツリと漏らす。
「はーい かくほー」
いつの間に回りこんだのだろう。先輩が相談者の肩を抑える。
「お客さん・・・ウチはつけはやってないんですがね・・・」
気がつけば店長は玄関口の道すがらに立ち、親父さんは厨房に戻っていった。アレは裏口を押さえにいったんだろう。この調子だと「アイツ」はもう彼らの部屋を押さえに行ったと思って間違いはないだろう。
「いや~ないわ~そのなやみはないわ~・・・つか店でそんなことぶっちゃけるかね~」
先輩がいつものなんだか腑抜けたような口調だがどこか隙の見えない言葉を発すれば
「お客様?現在お預かりしているお荷物は万が一の場合は接収させていただく・・・という取り決めは覚えておられますね?」
店長は静かに業務規約を確認する。
早い 知ってたけどこういうときの先輩たちは本当に早い
三人組は従業員がてきぱきと「後始末」を始める様に鼻白む。その行動の早いこと早いこと・・・。
まあ当然である。金がなくなって夜逃げする冒険者などそれこそ星の数ほどいるのだ。そのときの対処など心得たものだ。
「ちょっと待って!逃げないから!そういうことしないからー」
「うーんそだねーでも逃げる前の人ってみんなそーゆーこと言うモンなんだよー?」
わかるかなーっと追い詰めにかかる先輩。あれはもはや逃走するコソ泥を見る目だ。容赦はない。あの人は店に損を出そうとする人間を許しはしない。そのことを私は知っている。
全体的に店の空気が重い・・・まずい・・・私の楽園が・・・
私、ジニー=アイムニスには「サービスタイム」に強い愛着がある。
先代さんは妙な人脈を持っていて、砂糖や香辛料がやたら安く手に入った。更にこの砂糖を使った「お菓子」は開店当時から驚愕の代物だった。その人気は特に女性冒険者に人気で、今でもリピーターが多い。私は初めて食べてからずっとこのお菓子のファンだった。勤め先を探す時真っ先にここへ来たのも、先代に頼み込んで2時から4時までの間ノンアルコール・お菓子オンリーの時間帯を作ってもらったのもそのためだ。このむっさい横丁に生まれた特に学がないそんな私が生み出した女の子のための時間・・・それがこのサービスタイムなのだ。
ああ、男性客を別に排除している・・・ってわけではありませんよ?なぜか皆さん居心地悪そうにして出て行くって言うだけですからね?
そんな私にとってその雰囲気をぶち壊しかねないこの3人組を触ってしまったのは失敗だった。先輩はともかく他の二人はスグ機嫌が雰囲気に出る。
こんな怒気を放ったまま時間が来てしまったら・・・
困った・・・早くしないと私の楽園が・・・
「いや!俺達だって何とかしたいと思ってるんだよ!」
でもどうにもならない・・・と3人は嘆く。
3人は冒険者としてこの町に来てからは何度も迷宮に挑んでいった。戦士3人・・・という編成である以上、内容は討伐依頼ばかりであったが、序盤の冒険者などそんなものだ。
だがある日彼らはたまさか見つけた第二階層への降り口を見つけ、好奇心から中に入ってしまった。
そこで彼らは第二階層「共同墓地」の洗礼を受けてしまったという。
「俺・・・今でも夢に見ちゃうんだ・・・」
「やめろ・・・聞きたくない・・・」
「・・・っうっ・・・」
3人はあの「臭い」を思い出し悶絶する。・・・ヤバイ・・・吐きそうだ・・・
吐くなよ~マジで吐くなよ~今からじゃ掃除しても臭いが残っちゃうじゃん・・・
幸いもちなおしたようだったがいまだ顔が青い。
・・・まあ後は想像できる。この迷宮は最初から在った共同墓地の拡張中発見されたことによって世に出てきた。そのため元々死体の大量にあったところに瘴気が流れ込み、一気にアンデッドの巣窟となったのだ。まあアンデッド自体は大したことはないらしい。強さから言えば「大魔境」の方がよほど手ごわい。むしろこの臭いこそが「共同墓地」の問題であった。腐敗し、発酵し、そこに湧いた虫を目当てに魔物が湧き糞尿を垂れ流す。その悪臭はもはや「痛い」レベルだという。普通臭いは長く篭っていれば段々慣れていくものなのだが、そこで敵と遭遇すると更に自ら達で新たな悪臭をブレンドしてしまうのだとか・・・。
あまりの悪臭にキレた探索中の女魔法使いが火を放ってしまい「大災害」に発展してしまったことがあるという。・・・有名な話だ。
だが冒険者たちはそこを越えて迷宮へと挑む。むしろ稼ぐ冒険者たちはコレを越えていくから儲かるのであって「大魔境」程度の魔物を相手していても大した稼ぎにはならない。
確実に彼らの財布はやせ細って言ったのだろう。
ああ・・・どんどん陰気な雰囲気が流れていく・・・私も泣きたくなってきた。
-せめてあの臭いを何とかすればー
「そんな貴方のために! ろ う ほ う です!!!」
突如私たちの話を盗み聞いていたのであろう。カウンターにいた一人の男が立ち上がり叫ぶ。
ああ・・・最悪だ・・・私はその先に天敵の姿を確認する。
薄汚れた白い上着を着た猫背の青年。頭に四角いメガネを乗っけたきったない爆発頭・・・顔はそこそこなのにまったく気を使っていないため第一印象は常に「汚らしい」という印象を与えてしまう男・・・
クリス=バーティン。確かそんな名前だった。
ダンジョン横丁の一丁目には最も迷宮に近い大通りということもあって多くの冒険者が行き交うストリートがある。その中にある一軒「フェニックス薬局」そこの従業員の「迷」薬師。それが彼だ。
こいつはとにかく不意にいる。気がつくといつの間にか私の傍らで話しを聞いている。いきなり会話にはいってくる。何故か後ろにいたりする。少し離れながら帰りについてきてたりする。そして何より私の大切なサービスタイムにいつもいる。男の!くせに!それも!汚い!作業着の間までだ!
正直こいつが役に立つとか思えないんだが一体何を言い出すことやら。
そんな私の苛立ちを他所に得意げにこいつは一本の小瓶を机に置いた。
フッフッフッと笑う姿が本当にうっとおしい。
「え~なになにな~に~♪今度はナニ作ったの~?」
どうせろくなモンじゃないでしょ・・・とは思うが私も17、大人なのだ。
「これはね?どんな臭いも気にならなくする薬さ!!」
「「「!!!」」」
3人が一斉に席を立つ。ええ?珍しい・・・こいつがこんなタイムリーなものを作ってくるとは・・・
「使い方は簡単!耐えられないと思われる臭いのするところに行く前に鼻の中にチュッと一指し!それだけで臭いに対する耐性がグーンとアップ!!」
おおっと三人組は声を上げる。「マジか!」「信じられん」「これで勝つる!」口々に簡単の言葉を発し、ウチ一人は涙まで浮かべている。
・・・どんだけ辛いんだ「共同墓地」
気になるじゃないか。
行かないけど
「まあ実は出来たばっかりの試供品でお金取れる出来じゃないんだけどね?それでいいなら試してみる?」
「「「よ・・・喜んで!」」」
言葉を待たずしてそう叫ぶと3人はその小瓶を大事そうに受け取った。もうそうなると止まらない。早速迷宮入りの話に移行し始めた。よほど嬉しかったのかもはや私たちに目に入っていない。
ちょっと酷いな・・・とも思ったがこちらもいよいよサービスタイムに突入する。かまっていられない。
丁度イイ頃合だったので私はその場を後にした。
気がつくと先輩も店長も彼らを解放し来る楽園の準備を始めていた。先輩たちは早い。本当にそう思う。
彼らは明日にも迷宮に向かうだろう。その目には確かに夢と希望に満ちていた。
私も自らの楽園を守れて万々歳だ。
それにしてもこいつにしては珍しいこともあったもんだ。が、いいことをした時はやはり評価をしてあげるべきなんだろう。私は今日は一品サービスしてやることにしたのだった。
「それにしても臭いを麻痺させるとかどんな薬物入れたんだ?やばいもんじゃねっスよね?」
「え?麻痺じゃないよ?麻痺薬なんて冒険中に使えないじゃん。
ホラ、強い臭いはそれより強い臭いで打ち消せるでしょ?アレは悪臭と呼べるもの22種類一つ一つを濃縮して一噴きで全て味あわせる代物なんだ!あ、危険はないよ?ためしに使ってみた子は今でも元気にラボを走り回ってるからね」
「・・・・・・・・・・・・そっかー・・・走り回ってるかー・・・・・・・・・」
「・・・」
追記 この後彼らは無事迷宮探索に成功した。
帰ってきて楽しそうに(虚ろに)笑う姿を見て私はそっと涙を流しましたとさ
やっぱお酒より紅茶だよねぇ