ある冒険者のとある嘆き
「だからってみんなを見捨ててよかったっていうの!」
涙交じりの怒声が小狸亭のテーブルの一角から轟く。
他の客のことも考えて欲しい・・・とも思うが心情としては理解が出来る。あえて何も言わず使い終わったジョッキをただ磨く。そこのあたり、店を親より譲り受けて一年に見たら無いとしてもマリオンは心得たものだった。
小狸亭の一階は居酒屋が備わっている。そこでは通常の泊り客だけではなく一般のお客さんもやってくる。そんな中には勿論冒険者もいる。彼らはこういった酒場で意見交換をしたり仲間同士で親睦を深めたりすることが多い。まあ彼らからすれば生まれも育ちも違う者同志が腹を割って話すにはこういった酒場はうってつけなんだろう。
「私一人帰ってきて・・・みんなを置き去りにして・・・私・・・どうしたら・・・」
「あの時はこうするしかなかったんだよ・・・」
昨日朝早くに迷宮に向かったはずの女魔術師であるエレンが傷だらけで部屋から出てきた時は何事かと思った。慌てて下にいた司祭のベクターに治療に当たってもらい一命を取り留めたものの、彼女は泣き通しだった。パーティーが全滅した。自分のせいだと泣き叫ぶ彼女を強引に休ませ、残されたメンバーの回収に向かうべきか検討を始めた頃・・・これまたボロボロになった戦士のアルベルトが帰ってきた。
「あー・・・死んだかと思った」
あの後アルベルトは鬼のような大暴れをして見せたという。元々はゴブリンなど敵ではない実力はあった彼だ。問題は数だあったわけだがそのなりふり構わず突進してくる姿にゴブリンたちが退散を始めたのだという。後で確認したらその中にゴブリンシャーマンが混ざっており、指揮をするものがいなくなったのも一因であろうとのことだった。とはいえそこまでいたるまでに受けた傷は数知れず、いやはやもう一度戦闘が始まれば・・・という状況だったという。いやあ良かったね。
しかしそんな彼が最初にやったことは彼女の無事な姿を見てよかったと感涙することだった。その瞬間、彼女の色んな感情がが爆発したのだった。
「あの時私が火を放ったばっかりにあんなことになって・・・本当なら私が責任を取って最後まで残るべきだったのに!
なのに私一人が生き残るなんて・・・そんなことが許されるはずが無いじゃない・・・。」
「お前が一人残ってどうなるっつーの。」
まあもっともだ。魔法使いと一言で言ってもいろいろいるがエレンは実に純粋に魔術師だ。攻撃魔術を多彩に操る女史ではあるが荒事に向いているかというとそんなことは無い。一人で残ろうものなら果たしてどれだけ持ちこたえれていたか分からないんだからむちゃくちゃな理屈である。
「大体女を置き去りにして逃げた男なんてそれこそ許されない。」
「ピコだって女の子よ!」
なおも食い下がる。
「ピコは今年で22歳よ!分かる?あの子は人間で言ったらまだ子供のうちに入れてもおかしくないほどの!小さな!女の子なの!」
「ピコだけじゃないわ!いいえ!そもそもモーヴィスも!クラウンも!苦楽を共にして3年も一緒に冒険を繰り返してきたって言うのに!」
もうこらえ切れなかった。涙を拭くことも忘れて嗚咽を漏らす・・・
ピコ・・・小柄なドワーフの少女。白い衣服から除く茶色い髪と浅黒い顔、彼女はこれから大きくなるんだからと常に大き目の神官服を付けていた。ドワーフ特有の体型ともあいまってチョコチョコとついてくる姿は愛らしいとしか形容しようがなかった。まだまだこれから・・・彼女はこの経験を生かして多くの冒険者の手助けをする司祭になりたいといっていたのに・・・。
モーヴィス・・・茶色い巻き毛にタレ目、戦士としては華奢な体格をしていた青年。戦士としては優しげな風貌をしているが火の様な激しさを持った男だった。果敢に剣を、斧をと多彩に使いこなし、パーティーの主力の一角だった彼。何某かの武器を極めたいんだ。そのためにはいろんなことを経験したいんだと語った彼の旅がまさかこんな形が終わるなんて・・・。
クラウン・・・常に私達を守るためにガードをしてくれた頼れる戦士。いかつい顔をしていたから色んな人から誤解を受けていたけれど、常に冷静に誰よりもメンバーのことを見ていてくれた頼れる戦士・・・ほんの少し前、やっと彼のよさを分かってくれる娘を見つけて結婚したばかりだって言うのに・・・あの娘になんて説明したらいいのだろうか・・・
女史は己の罪に涙する。
「エレン・・・」
アルベルトは優しく彼女の肩を抱く。
「エレン・・・俺はそれでもこの判断を間違っていたとは思っていない。あいつらだってそんなこと思って欲しいと思っていないと思う。俺たちは色んな冒険をしてきた。そしてこんな日がいつか来るんじゃないかとも思っていたはずだ。違うかい?」
「それは・・・」
それはそうだ。冒険者なんて命がけの商売をしていれば、万が一のことなんて考えていたらきりが無かった。
「そんな時、もし自分が倒れたら・・・君はあとを追って死んで欲しい・・・生き残ったことを悔いて苦しんで欲しい・・・そう思ったかい?」
「そんなこと思うわけ無いじゃない!」
「俺もそう思うよ」
アルベルトは彼女を優しく抱きしめる。まだ包帯の巻かれた腕からは血の匂いがする。それは彼女を悲しくさせたが決して放して欲しくないとも思わせた。
「俺はね、エレン。あの時君を失うことを何より恐れたんだ。自分の命のことなんて考えなかった。まあこれから会うことが出来なくなるかも・・・という思いはあったけどね。・・・そうだな。悲しかったとしたらそれだけだ。俺にとって君は特別だから。その時は君を守ることしか考えてなかった。でもあいつらだって同じことを考えたと思う。そして生き残ったほうはやっぱり同じように生き延びたことに苦しんでたんじゃないかと思う。わかっちゃうんだ。俺でも。馬鹿のくせにな。」
「アル・・・」
「だから俺はこの苦しみを誤魔化そうなんて思ってない。エレンの苦しみも消せるなんて思ってないだからせめて」
抱きしめた腕に少し力をこめられる。
「だから一緒に苦しませてくれ・・・」
「ああ・・・アル・・・」
ああ・・・アルもも辛いんだ。なのに私は当り散らして・・・
エレンは自分の身勝手さ、罪深さ、そして目の前の愛しい人への想いに涙をこぼす。
「フム・・・」
どうやら落ち着きそうだ。やれやれとしつこく磨いていたジョッキを下ろし、人心地ついた。隣でウェイトレスのジニーが「ええ話や、ええ話や」と泣いているのが非常にうっとおしい。チャーリーは・・・まあもくもくと仕事をしていた。まあこういうごたごたはココでは日常茶飯事だがこうもでかい声で湿っぽくなられると客が逃げちまう。どうやら通常営業に戻れそうだとほっとした。
「まあそんなわけで無事落ち着いたみたいだからお前らいつものテーブルに戻れ」
「嫌だ」
「嫌デス」
「やなこった」
「なあ俺は?」
4人が4人とも死んだような目で拒否の声を上げた。
・・・まあ実際のところいくら不覚を取ったとはいえこのメンバーがゴブリン相手に死ぬはずはないとは思っていたのだが。
残ったメンバーはあの後延々湧いてくるゴブリンを相手して退散させていた。更に分断された二人を探して一晩探し回っていたらしい。散々心配した挙句なんとか足取りを追ってみれば目の前でこの三文芝居を見ているわけだからまあ心情もわかるがこちらも商売だ。パーティー1つに2テーブル取られるほどウチは広くないのだ。早々に固まって欲しい。
「ああっ!だめよ!みんながこんなことになってしまったというのに自分ばっかり幸せになろうなんて!」
「何を言うんだい!こんな時だからこそさ!」
うわ・・・第二ラウンドが始まるよ・・・
「店長。これ空き缶おいといたらおひねりはいってたっすよ」
「ええ話やホンマええ話や」
「人をダシにまあイチャイチャと・・・」
「なんというか・・・神様には申し訳ないデスけどバカップルに天罰が欲しいデス」
「俺らが何でゴブリンごときにやられんだよ」
「なあ・・・俺は?」
「よし空き缶追加で置いとけ。もう知らんわ。」
今日はもうこのままの流れで一日が過ぎるんだろう。そうあきらめてしまおう。マリオンは再びいつもの業務に戻るのだった。
追記。おひねりはその日の三人分の料金を稼ぎ出した。
「なあ・・・俺・・・嫌われてんの?」
初めてづくしでいろいろやってみてます。うまく楽しめてるといいなぁ・・・