第1章:自主退者は荒野に飛ばされ山に潜む?
「では、本日の授業をおわる。生徒アティア、お前は提出物の事で生徒指導室に呼び出しがかかっている。」
「またですか?」
鈍く輝くぶ厚いメガネ。
病的に痩せた身体に濃いクマをこしらえた生徒“アティア”は反射的に声を上げた。
「“またですか”とはなんだ。口答えではなく返事をしろ!」
「はい、すみませんアレクセイ先生」
授業終了の合図と伝言を残した教師は「給食より先だぞ」と退出していった。
ガックリとうなだれたアティアの頭から赤茶の髪がザラザラと机に落ち、その下で瓶底のようなレンズがついた眼鏡を外し自らの顔を抱え込む。
(またやっちゃった…)
俯いたまま“あ~”とか呟いているアティアを遠巻きにし周りは小声で話し始める。
「ああ、またアイツだけ呼び出しくらったのか」
「提出物って学生論文の事だろ。どれだけおかしな事を書いたって通るのにな?」
「だからさ、真面目に書いてないから怒られてるんだろ」
「あ~やだやだ。さっさと行って来てくんないかな」
「あの教師の話し方も気にくわないがアティアの口答えもダメだろな」
「そろそろ週末イベントくらいになると思っとけば?」
「あの教師じゃな…」
クラスメートの反応は様々だが皆共通して呆れているようだ。呼び出しの多さをなんとかしようとアティアが周囲に相談したりした時期もあり周囲も相談に乗っていたりしたが、そのうちアティア本人が他人事のように答えてしまうようになったので周囲も諦めた。
提出物の内容が、“特定の人物と内容が酷似している”と突き返されたりして、期限ギリギリまで徹夜して、書き直した結果までこれだ、呆れられたくらいで内容がどうにかなるなら、
アティアはいくらでも呆れられていい。退学してもかまわないとさえ最近は考えている。入学して以来、何一つとして上手く行ず、魔法研究そのものが、どうでもよくなる事が増えてきていた。
この世界には魔法が存在していて誰もが魔力を持って生まれてくる。
国が魔法使いと認める素質があるのは数百人に一人いるかいないか程度。だけど、魔法を学ぶ学園や施設が存在し魔法学が重要な学問の一つであると認識されている。
◇
私は田舎の出身なのですが、学園への入学基準である魔法が全て使えたお陰で入学できました。
同じ年に入学した生徒達は総じて優秀であると言われているなかにあって私の評価は最も下にある。
うん、入学時から私の成績は安定の最下位です。
嫌われてるとか云々ではなく、通常の魔法と私の使う魔法は系統が違うからで、学園長が“諦めなさい”ととても優しく諭してくれる程度の問題らしいです。
論文に関しては呼び出しされてもまあまあなんとかなるんですが、魔法体系の違いで学園から配られる腕輪が感知すると与えられる評価ポイントに反映しないらしいのです。
それでも《魔法の薬調合》を毎晩しているとたまに評価ポイントがはいるので辛うじてゼロではないのです。
入学してから生徒指導室や学園長室への呼び出しが絶えなくて学園始まって以来の問題児なんて言われてます。
憐れみを向けられるより盛大に笑い者にしてくれている方がいっそ楽ではありますかね。
得意ではないが、自分なりに魔法を考察する事は嫌いではなかったから論文は真面目に書いているのですが、ほぼ同じ内容でももっと濃い論文を天才と呼ばれている第三王子と侯爵子息達が私より先に提出していたりすると、教師から書き直すように言われます。
カンニングだとか盗作だとか思われてはいないようですが、「これほど内容が似ていたのでは殿下が気分を害される恐れがあるから他分野で書き直してくれると私共としては有り難い」のだそうです。
尤も内容は私より突き詰められ完成品度が高いので私の論文が下位互換になるのも仕方がないし構わないと思いながら書き直します。
個人で出来る研究ではロクな資金もないから、論文というより、個人で実験できる範囲を超えてこうしたら“こういった物があれば、こんな実験が可能であるのではないか”といった内容を考察するようにしてみた。
しかし、そんな物は確実性を求める学生の論文としては受理されないので、最終的にクラスメートと同じように当たり障りのない図書室の“論文”を参考に論文を書き提出してみたりする。
最近では「学園生徒でありながらこの程度の物しか書けないのか」と呆れている人もいるのだと言われているそうですが、図書室だけで論文は完成出来ると同じ教室にいる皆が話してるからそれはそれで認めて欲しい所です。
そもそも、初年度の魔法を知らない時に書いた最初の論文が“奇天烈”だったおかげで一部の研究が大変な事になってるらしいんです。
魔法の圧縮術とか魔力波を利用して精霊属性魔法より強力な接地型魔法の魔法陣の“魔法式“を打ち出すアイデアとか今考えるとおかしいんですよね。
まず発動までに複数の陣や工程が必要になるので、無から作る《魔法》ではなく《儀式魔術》と呼ばれる分野になるのだそうです。
それも私がやれば一応形として三メートルならなんとか飛ばせるんですが、近すぎて威力をだせないので、“魔法の出来損ない魔法”と呼ばれてるんですがね。
要するに、今の私では《陣》を打ち出す為に手の平に集め圧縮した魔力を勢いよく爆ぜさせるための魔力が足りなくてそうなるらしいので現時点では《実戦》は不可能です。
打ち出すのと同じ陣を設置してトラップにでもしといた方がまだ確実です。
しかも陣式は魔法構成が成長しないので学園の計測器が反応してくれないので、成績には反映しません。
ぶっちゃけトラップを投げてるだけですから、あらゆる意味で役立たず以外の何物でもありませんよ。
まっとうな論文を書いた所で先を越されているのだから、無駄な金の消費を抑え、完成品を読ませてもらうに限ると思いついてからは、それらの分野への研究対象としての興味はあまりありませんが、論文が展示される回数が減ってしまったのが残念です。
潤沢な資金があれば魔法具くらい買えるんですが、手作りで陣を組み込んだ道具で研究するなんて虚しいだけです。
◇
「どうしてキミは真面目に論文を書けないのかね」
「真面目に書いたつもりです…」
「ふざけるなっ!こんなものが人前に出せると思っているのかっ?!」
「うぷっ!?」
バサバサと投げつけられた紙束が地面に散らかる。
教師が私に投げてきたのは昨日私が提出した論文だった。
内容としては奇抜さもなくありきたりな纏まり方が出来た傑作なのだが、学年主任はお気に召さないらしい。
「私は以前書いていた魔法力学の纏めになる論文を書けば退学は取り止めにしてやるといったんだ」
「ですが、それは“王子殿下が同じ研究を続けている”と言われて作り直しになりましたし、私が研究したモノより洗練された論文が提出されると推察されるので、あれから考えるのをやめてしまいましたし、あの論文に必要な資材を買えるだけの資金もありませんので、書けと言われても書けることがなくて…」
研ぎ澄まし、なお究めるのが研究で、昨日今日で結果がでるような魔法研究はないと言うのは有名な言葉です。
過去に、研究所などが功を焦り御披露目したらドカンと消えた都市もあるらしいですから、
費用がないの不安定な設備でドカンだなんて危ない橋は渡りません。
「…あれほど、細部まで研究した事を放棄?」
「はい…」
…まぁ、魔石や元手がかかる材料の調合をしなければ継続できない内容でしたし、比較的安全な細かい反応を扱う部分だけ手を出して、後は過去の論文から抜き出してシッタカして語ったただけなんてとても言えません。
「いいかねアティア君。出し惜しみをしてるつもりかもしれないが、入学以降魔力以外の全てが最低に落ち込んでいる取り柄のない君が、我が学園を卒業した“魔法使い”を名乗るのであるとなれば、担任はもちろん教頭である私や、学園長すら恥を掻くのだと何度言えばわかるのだ。
君がこうして私と話ができているのも恩情で在学させているのは私が学園長を諌めていからで、今の君で途中退学も十分ありえ、誇りある学園生の証であるその腕輪を、取り上げて生徒としての登録をなかった事にした方が楽ではあるのだよ」
そこで教師は私に向かって「君ならばどうしていったら学園の為になると思う?」と話をしながら私の右手にカギを握らせた。
学園から止めさせるのは簡単なのでしょうが、尚見込みのない生徒に退学を勧めてくれているのだ。
私の左手には、学園生徒の証でもある魔力を楽に制御する為の稀少な素材で出来た腕輪があります。この腕輪のお陰で、学園の結界からはじき出されないでいられ、学園生徒として衣食住が保証された安全な暮らしの中で生きられているのだが、担任にカギの事を話した時に、“それは才能のない者にはそれとなく渡し、後悔がのこらないよう自らに選択させて縁をきらせるためのカギだ”と、教えてくれた。
退学者は魔力を封印し学園生徒であった過去を口に出す事にすら厳しい規制を与えられるのですが、学園生徒には戻れないものの自主退学にペナルティーはないんでこれは恩情なんでしょう。
因みに、自主退学は家を継ぐため学園に通えなくなった貴族様や急な政略結婚などといったなどで理由で度々あるため、その名誉のためにあるのだそうです。
当然私の場合には学園生徒だったなんて言える訳ありませんけどねー。
「そう例えばの話だが、実験をしなくとも“魔法力学の過去の纏め”なら書けると思えないかね。もし、キミがそれを書いてみたいと言うのであれば、教頭の私としては学園側に“彼には間違いなく素晴らしい素質がある”と口を大にして皆を説得でき、何があっても今後は学園側から辞めさせようだなんて言わせないだろう。…それとも本当に、そのカギを差し込んで動かして自主退学してみるも一興であるとおもわないか?」
どうせ、私の考えなんて殿下方にはかないませんし考えるのも億劫です。
「…」
魔方力学の論文を提出した所で、いつものように先に仕上がっている論文と比べて細部が不足していると指摘されて終わるりです。
それこそ本当に自主退学を促されているようにしか思えません。
そうですね。それが一番の解決方法なんでしょう。
学年主任が背中を向けている間に、渡されたカギ持ち直し腕輪に差し込みそのまま回す。
覚悟の割に呆気なく腕輪はそのまま床に落ちた。
これで、登録抹消ですか。
いや、もしかしたらこのカギが偽物で教師が私の覚悟を試していたのだと、笑って話してくれることを期待していたのだから覚悟が甘かっただけかもしれないと苦笑する。
「ん?なにを笑っているのか…ね」
床に溶け消えた腕輪に教師は気づいていない、もしかしたら、教師も腕輪が消えてしまうとは思っていなかったのかもしれない。
自ら外し、消えてしまった腕輪に、私は未練がましく手を伸ばしていた。
みっともない、後数秒もしない内に外へ弾き出される部外者でしかないのに。そして、自ら腕輪を外した者は二度と戻ることは赦されない。
「いままで、ありがとうございました」
自らの気力を振り絞り教師に礼を告げる。
「バカなっ!正気か貴様っ!?」
教頭の言葉が終わるより先に、私は部外者を強制排除する魔法に異物として認識され、学園から姿をけした。
◇
次に目を開けた時、私は一人だけで荒野に立っていた。
「…終わっちゃったかぁ」
ペタンとその場に座り込む。
自主退学とはいえ、実質的には追放処分に近い状況だから、二度と学園生には会えない寂しさはある。
ただ、巻き込まれたくないとクラスメートですら口を聞いていなかったので、学園に知人とよべる知人すらいないのだが…。
腕輪を通し結界に力を注いでいたから学園の結界に阻まれずに敷地に入れていたのだから、遠巻きに見るだけならともかく、いままでのように中へ入る事は叶わないだろう。
私は他より魔力がひくかったのか大半の魔力を腕輪に持ってかれていたが、陣を利用すれば中級クラスの威力を数発ならば昏倒せずに使える。
間近で爆発するので諸刃の剣となりますが、今からは身を守るために魔法を使っていくしかない。中級でもダメな敵が来たなら、せめて痛くないように魔力を使い切って先に昏倒してしまおう。
「とりあえず、川を目指そう。」
独白し南に足を向ける。
北には山、南は延々と視界のよい平原だけが続く。
山に向かえば食べ物が手にはいるかもしれないが、それより草原を行ったほうが人に早くあえるかもしれない。
ぐるくるくきゅ~
歩きだそうとした所で腹が空腹を訴えかけてきた。
「ああ、残念なお知らせです。給食を逃してしまったみたいです」
毎日その日の授業が終わった後に、学園内で給食が配られる。食堂で食事ができるのは家位や成績が生徒だけだが、食堂の外ではメインを抜いたパンとスープが配膳がされているので成績が最下位であっても食いっぱぐれる事はないのに、それすら食い逃してしまいました。
どうせ退学するなら、せめてパンだけでももらってくれば…。
最悪そこらの草でも食べながら歩けばいいだろうが、学園の豪華な食事を最後に食べ納めしたかったひたすらに後悔する。
懐に仕舞われた手銭も大した額はないし、いつ使えるかわからない。
そうなると、本気で食べれる草を見つけたら口にしていくしかない訳だ。
「…野生の何かを捕まえて焼いて食べるのは多分難しいし、私は生きて人里にたどり着けるんだろうか」
三メートルの魔法しかない私の呟きは、草原の風の音に流され消える。
「…とりあえずご飯たべたい」
もともと貧乏な農村部で育った私は、高い薬草よりも食べれる草の知識ほうが多い。
たとえ飢饉じゃなくても、おやつなんて普通にありませんから、山に向かうのが正解でしょう。
そして、私は青々と茂る山に向かいゆっくりと歩き出した。
―あ、クローバーって貝割れ大根に似てると思いませんか?
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