0-1.旅立ち
黒いローブを身に纏い蛇を模した杖を握り締めたウノは、機嫌悪そうに街道を歩いていた。
「…ブラリ旅が楽しそうとか言ったヤツ、手ぇあげな」
ウノの頭の上から声がする。
声の主は、まあ黒猫だったりするわけで。
表情筋が豊かでは無い筈の猫なのに、器用にも憎たらしいイヤミ顔を作り上げている。
「はぁ…はぁ…はぁ!仕方ないじゃない!だって私…魔女だよ〜。体力なんてないよー魔力もないしー」
息を切らしながら前に歩こうとする彼女の姿はなんともいじらしい。
「フーン。ま、今目指している場所に金を掛けずに行く、なんて元の俺でも無理だけどな」
クロが尻尾でピタピタとウノの顔を叩いていると、ぴくんっ、とウノの肩が震えた…様な気がした。
片手でクロの首根っこを掴み自分の前に持って来るウノ。
「へぇー…これから行く場所は物価が高いからなるべく金を使うないいなと言って、最後の馬車を見送らせたのは誰でしょうかねー?」
ジットリとクロの目を覗き込むウノ。
さすがと言うべきか、その表情には年齢にそぐわない魔女独特の凄みが付加されている。
「な…何を言ってるんだろーなー。しょっぱなから俺の金を当てにしていたくせに!う…離せ…二ャー!フギャー!」
猫パーンチ猫パーンチと四肢を繰り出すが、人と猫のリーチの差を考えるとその距離は明らかにクロの敗北を意味する。
戦わずして──クロの敗戦である。
ガシャラガシャラガシャラ…
遠くから馬車の音が聞こえてくるのだが、まだ二人は喧嘩に夢中である。
しかも街道の真ん中で。
ガシャガシャガシャガガガガ!
「…ちょっとそこの蒼髪のヒト何してるの??」
清楚可憐でプラチナブロンドを携えたどこぞのプリンセスかと見紛う程のお姉様。その彼女が馬車から喋りかけたところでやっとウノはその存在に気付く。
「ふぇ?あ…ああ、お邪魔でゴメンナサイ。クロ!!止めなさいってば」
ニャーニャーと、尚も猫パンチを繰り返しているクロを胸元にしっかり抱き抱え道の端に寄る。
「…うーん…蒼髪の貴女?何処に行くのかしら?」
「私?私は…ホラ、あそこ。輝きの町に行こうかな〜とか」
それを聞いて、プラチナブロンドの彼女は何やら従者と話をしてからウノに喋った。
「私も…そこに行く用事があるの。女性の一人歩きは危ないわ。どう?ご一緒なさらない?私が誘ったんだもの。代金は私が持つわ」
…ウノにはとても魅力的な提案だった。
クロと目を合わせ、軽く頷く。
彼の瞳の奥曰く、使えるならなんだって使え、だそうだ。
「嬉しい嬉しい嬉しい!じゃあお願いしようかな?……あ、えっと。私、ウノと言います」
「私は…アイリン・クロウリーよ。ヨロシクね」