専マネ
「マジ意味わかんねぇし、ざっけんなよなぁ。」
あおいはダブルスの本戦を終えた。
こんなに長い間テニスを習っていても、あおいはボレーにかなりの苦手意識があって、ダブルスでも前にいるともの凄く消極的になる。
テニスはメンタルが物凄くプレーに影響する。ボレーに苦手意識がある人が無理矢理ボレーをしようとしてもなかなか上手くいかない。
今日のあおいはまさにそんな感じで、前では殆ど役に立たなかった。
後ろにいれば心強いんだけれども。
それゆえ相方だった先輩の中途半端さも相まって、初戦で負けてしまった。ちなみに5ー7。
しかしそれはあおいが機嫌を損ねる理由ではない。この大会はあおいにとってどうでもよいのだ。
「なんであたしは一回戦負けが許されないわけ?先輩達は一回戦負けしてもしょうがないで終わるのに、あたしが一回戦負けで怒られるのおかしくね?」
そう、あおいは顧問に「あなたがいながらなんで一回戦負けするんですか、もっと真面目にテニスに向き合いなさい。」といった内容の説教を受けたのである。
多分顧問はこの大会があおいにとってどうでもいいことをわかっている。言いたかったのはどんな勝負も手を抜くのはやめろということだろう。
「顧問が言いたかったのは、獅子は兎を捉える時も全力、的なあれじゃない?」
「あたしは獅子じゃねぇし。」
言葉遣いはかなり獅子だけど。
そんなわけで大会も早々と終わり、あおいはテニスクラブに向かう。
あおいはほぼ毎日クラブでレッスンを受け、さらにレッスンが終わったあとも壁打ちを1時間近くやる。
さらに朝から走り込みもしているし、体幹トレーニングも欠かさない。テニスに関しては物凄く真面目だなぁ。そりゃあテニスも強くなる。
ちなみにあおいは勉強ができなさそうで、そんなにできないわけでもない。できるわけでもないが。
本人曰く「1日家で本気で60分だけやる。」そうだ。宿題など込みで。
私もテニスへの姿勢は見習わなきゃなぁ。勉強は一応、ちょっと勝ってるし、うん、見習わなくてもいいよね。
あおいのレッスンが始まる。なんとなく成り行きで私もあおいについてきてクラブまで来てしまった。
高校生になってから、あおいと一緒のことが多かったので、何度かこのクラブには来てる。
昔は私もほぼ毎日のように通っていた。私が通っていたころとコーチは半分くらい変わっていたが、あおいを教えるコーチは私とも昔から面識のある仲の良いコーチだった。
「なつきー、今あおいの練習相手できるか?」
クラブの窓越しにテニスコートからコーチに呼ばれる。暇なので付き合おうかな。
「りょーかいです!」
ラケットを持ってコートに向かう。あおいはコーチとマンツーマンでのレッスンだから、コーチが球出しにまわると相手がいないのだ。
「今から厳しいコースに俺が球出しして、あおいがスライスロブで返球するから、なつきはできる限りスマッシュしてくれ、無理だと思ったらさっさと諦めていいから。」
どうやらあおいの守備の練習のようだ。厳しい状況でできる限り正確に深いスライスロブを上げるのは至難の技であるが、うまく上げられると形勢を逆転できる可能性がある。
「さぁこい!あおい!」
「一球もスマッシュなんて打たせねーから!!!」
威勢はいいな!
と思ったら早速来たロブが浅い。
「はいよっ!」
パーン。私の打ったスマッシュがあおいの横を抜ける。
「あおい弱っ!」
「なつき、もっと言っていいぞ。どんどんあおいのメンタルをいじめてやってくれ。」
「やっぱダブルス県大会初戦負けは弱いなぁ!」
「てめーあとでぶっ殺す!」
あー女の子がぶっ殺すとか言っちゃうー。
そんな感じでこの練習を15分して、あおいは死にそうになっていた。
「はい、タオル、汗ふきなんし。」
「はぁ・・・はぁ・・・さんきゅ・・・。」
厳しい球出しをほぼスライディングしながら15分返球し続けるあおい、見ていて面白かったです。おつかれさま。
「あおい、なつき、疲れてるとこ悪いけど、二人に提案があるんだけど。」
コーチがとつぜんの提案。ラケット変えたら?とかかな。なわけないか。
「なんですか?」
「なんすか?」
「いやさ、結構なつきがいつもあおいの周りにいるみたいだし・・・・・」
何故か言うのをためらう。焦らすな気になるじゃないか。
「焦らすんじゃねーよ気になるだろーが。」
あ、あおいも同じ事考えてたか。脳の作りは違うはずなんだけどなぁ。
「じゃあ思い切って言っちゃうけど、なつきさ、あおいの専属マネージャーやってみない?」
「「はぁ?」」
あおいと私が同時に声を上げる。
「マネージャーって、あたしがなつきのことコーチ公認でパシっていいってことか!?」
「なわけないだろ、ほら、テニスのプレーってのは客観的な視点も大事になるんだよ、だけど俺はあおいの学校関連の試合の時ほとんどあおいを見れないし、なつきなら一番あおいのことを上手く分析してアドバイスできそうじゃん?」
「コーチ、わたし全然自信がありません!」
「あおいのテニスの事、なつきは他のどんな奴よりよくわかってるだろ?」
「そんなこと・・・・・」
「さっきだってなつきは、あおいがクロスにスライスロブ打つことが多いことを練習始めて1分たたずに見抜いて、あおいが打つ前から少し球出しと逆の方向に移動してただろ。」
「まじかよ!?」
「・・・・・まぁ。」
「よし、決まりだな、これからなつきはあおい専属マネージャーとして、特に試合の時しっかりとあおいを見て欲しい。」
「決まってない!あおいも何か言ってよ!」
「いやー別にあたしはなつきが専属マネージャーになるの嫌じゃないけど。」
うー、まぁ私も嫌じゃないけど。
「んー、あーもう、わかりましたよー、試合見てればいいんですよね?」
「もちろんそこそこマネージャーとしてやってもらうことはあるぞ、はい、とりあえずはこれ。」
といって渡されたのは、まだ何も書いていない分厚いノート。
「こ、これはもしや、噂に聞くテニスノートですか!?」
試合の間に相手の情報を書いてどんどん増えていき、気がつくとラケットバックいっぱいになるくらい増えて、さらにコートチェンジの間に時間を忘れてチェックするあれかっっっ!?!?
「いや、まぁ、テニスノートというか、あおい分析ノートというか。とにかくあおいの試合でのプレー内容を隅々までメモしてほしい。できる限り繊細にお願いする。」
うわー、めんどくさそ。
「・・・・・私にも事情があってあおいの試合が見られない時はやりませんからね。」
「あぁ、それでいいよ。」
「おぅ、マネージャー、オレンジジュース。」
「パシるなぁぁぁあ!」
かくして、私はあおいの専属マネージャーになった。パシリではない、はず。
結果 あおい 県大会ダブルスベスト32
なつき あおいの専属マネージャーになる