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帰宅


「ウェルツェ君!」


「ウェルツェ、バイバーイ!」



過保護な弟による姉の職場の行き帰りの付き添いは最早日常であり、ウェルツェが歩く度に年頃の女性達に声を掛けられるのもまた日常であった。


どの子も女の子らしく髪を結い、髪飾りなんかを付けて、豪華さは違えど皆着飾っている。それはミゼの目には綺麗な宝石のように輝いてみえた。


ウェルツェには、結婚適齢期の女でも無いのに、既に多くの“声”がかかっていた。


“声”と言うのは、孤児院を出て家に来ないかという誘いのこと。


養子に取られるか、婿に取られるか。


その違いはあれど、ウェルツェに掛かる“声”は並一通りのそれを超えていた。


そしてそれらのどれを受けたとしても、ウェルツェには今とは到底比べ物にならない、素晴らしい生活が約束されたものだった。

しかし、ウェルツェは未だ孤児院に籍を置いている。


悪い話では決してないそれを断る理由をウェルツェは口にはしなかった。




ミゼにとってただ一つ、気がかりなのは皆ウェルツェの“見た目”ばかりに目がいってしまうことだった。


王族御用達の絹糸よりももっと上等なのではないかと思う滑らかな、銀とも言えず白とも言えない淡い色の髪。


瞳は透き通ったアクアマリンのよう。


顔は中性的。線も細く、繊細なイメージを人に抱かせるのに身長は高く、実は力もあるという欠点なき優良物件。


「眼福」「天使ってきっとこんな顔」「むしろ見ているだけで天に召されそう」と、町の女の子達から好評も好評。大好評だ。


ウェルツェは肩甲骨位までと男子にしてはかなり長めの髪を一つに三つ編みしているのだが、その理由は勿論、ミゼが三つ編みだからであるというのは本人(ミゼ)以外の知るところである。


見た目が良いに越したことはない。

醜い方が良い訳ではない。


だけれども、あまりにも人間らしくない見た目に、誰もが惹かれてしまうのだ。

ウェルツェ自身を見る事は怠りがちになってしまうのだ。


ミゼにはいつも街道の馬車の通らない方の道を譲ったり、仕事で失敗した時は言わずとも気がついて慰めてくれる。


そろそろ姉離れする時期になっても「姉さんに悪い事が起きませんように」といって朝職場に出る時はおまじないのキスを額にしてくれる。


(ウェルは、本当に優しい子。ちゃんと、ウェルを見てくれる人にあの子を任せたい。)


確かにミゼにとっては、多少甘えたがすぎるけれど最高にいい弟である。

だけれどもミゼは知らない。


ウェルツェのその優しさの全てがミゼにだけ注がれていることも、年頃の女の子にならよく届く恋文が一つもミゼに届かない本当の訳も、ウェルツェは本当はミゼを“姉さん”だなんて思ってない事も。


暗い畦道を他愛ないことを喋りながら帰る。

向かうのは、暖かい火の灯る優しい我が家───。



そんな平凡で、平凡だけれども何よりも幸せなこの時間はミゼにとって掛け替えのないものだった。

だけれども、気付いていない訳ではない。

ミゼが嫁ぐにしろ、ウェルツェが引き取られるにしろ、終わりは確実に近づいている事を。






所々割れたステンドグラスは、かつてはここら一帯では一番豪華な礼拝堂であった事を微塵も感じさせない。


大きくヒビが入った白い壁や、その壁をぐるりと覆う蔦も、この建物を不気味なものに見せていた。


礼拝堂の隣の、かつて町の集会所だった、何処か物々しい雰囲気のあるここが、ミゼとウェルツェの長年育った家である。



木で出来た、立て付けが悪く開けづらい扉を前に、嗚呼そろそろ大工のバイトで養った能力を活かして扉を作り替える頃だなぁ、なんてミゼは思う。


今は八百屋で売り子をしているが、彼女の前職は鍵屋、その前の仕事はお屋敷の家政婦であった。

更にその前は薬師の弟子、その前はネズミの駆除を仕事としていた。

全て挙げるとキリがない。


馬鹿馬鹿しい仕事から、はたまた学のない孤児院育ちが出来るはずがないと金持ちが笑うような高学歴な仕事まで、合わせて64種類。

因みに血尿が出るほどに仕事に打ち込むのは家計を支える為でもあったが、ミゼの趣味でもあるのであった。



「ただいま……。」


ギイ…と存在感のある音を出来るだけ出さないように努力をして扉を開けるのには理由があった。


『お姉ちゃーん!聞いて!ニアね、ニアね!』

『うっえっ、お姉ちゃ……ヒジュが意地悪すっるっひっく……』

『してねえよ!泣き虫ヘレン!』


最年長のミゼは16歳。

その次のウェルツェは15歳。ウェルツェの次に歳上のエレンは10歳。その下に並ぶ残り総勢12人の少年少女達は皆構ってほしい盛り、甘えたい盛りの子供である。


院長は彼らの母親役であり、ミゼは彼らの紛れもない姉であった。姉の帰還の音を聞けば昼間留守にしていて構っていないツケであるかのように彼らはミゼに飛びついてくるのだ。


因みにウェルツェの役割は兄ではなく、姉と遊ぶのを妨害する邪魔者という扱いだ。


勿論、ミゼは、弟妹が自分を慕ってくれるのが嫌なわけではない。嬉しいに決まってる。


けれど、全力でヘロヘロな時に一斉に飛びつかれるのにはなかなか辛いものがあった。


(いつも静かに扉を開けたところで、結局はすぐにバレるから意味はないけど……)


急な突撃に備えて体に力を入れる。

以前、ぼうっとしていた時に飛びつかれ、バランスを崩して後ろに倒れ込んでしまったところ、ウェルツェは激怒した。


『ねぇ……姉さんを離しなよ。』


その言葉自体の意味はそんなに怒りを感じさせない。

だが、その声は氷の様に冷たく、鋭く、顔を見ていないミゼでさえ冷や汗をかいたのだ。

子供達が震え上がったのも無理はない。

それ以降、自分が転ぶと子供達が怒られると理解したミゼは、ぎゅっと目を瞑り、死ぬ気で突撃受入れ体制を取っていた。



「……あれ。」


がしかし、訪れる筈の衝撃は訪れず。


ゆっくり目を開けると、いつもは入ってすぐにでも誰の姿が見えるのに今日は子供達が誰1人いなかった。更には灯りもついていない。


「へぇ、あいつらが此処にいないなんて珍しい。」


ウェルツェも少し驚いた様子で、ミゼの間の抜けた声に賛同した。


もしかして、みんな揃って出掛けたのか。

一瞬そう思ったミゼだったが、廊下の奥に光を見つけてその疑惑はすぐに消えた。


灯りの付いているのは、厨房。


院長先生と料理を手伝える年頃の女の子とミゼで、日々如何に節約して美味しいご飯を作れるか作戦を練る戦場だ。

そんな厨房の中を覗くが、思わず「え」と声を漏らしてしまったミゼ。


それも当然だろう。


目に入ったのは、基本男子禁制、5歳以下禁制の厨房にてわちゃわちゃと集まる大勢の弟妹達。

しかも何やら粉モノを混ぜている。混ぜているのは一番のガキ大将のヒジュだ。危険、危険すぎる。



「お姉ちゃんとお兄ちゃん!やっと帰ってきてくれた!」


大勢の弟妹達の中心、ひとり背丈が飛び出しているエレンが、涙目でじゃがいもを剥いている。


帰宅早々この状況、しかも何やら泣きながらじゃがいもを剥いている妹。これはどうしたことか。


「何があったの?」とエレンに聞こうとしたミゼ。

だけど声を出す前に、チョンチョンと足元を誰かにつつかれてミゼは下を向いた。


「お姉ちゃん、あのね、リースがね、院長先生から離れてくれないから、僕達お料理するの!」


元気よくそう報告したのはミゼに特に懐いているハイリだった。

褒めて褒めてと言わんばかりの笑顔である。


右手でハイリの頭を撫でながら、ミゼの頭はフル回転する。


(えっと、これは何事でこの子達が厨房にいるんだ?っていうか包丁!火!竈!危ないでしょ。まずはエレン以外は此処から追い出そう。……ああ、後ろから何かぎゅうぎゅうしてくる……ウェル!考え事が出来ないでしょうが。でも取り敢えず!)



「リースって、誰?」


ハイリから出たその名前は、明らかに初耳なものだった。





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