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日常

市場と言うのは、朝に次いで夕方も活気づく。


というのは、夕食の材料を買いに来た主婦たち、仕事を終えた男達で賑わうからである。



「ミゼルカちゃん。人参と、お芋とそれから玉ねぎもお願いね。」


「はーい!ハイレンさん、今日の晩御飯は何になさるんですか?」


「マッシュポテトよ。」


「いいですねぇ。ハイレンさんは料理が上手だから、きっと凄く美味しいんだろうなぁ。」



ごく普通の八百屋であるこの店も昼間より活気づいていた。


この店は他の八百屋と大差ない店だ。


普通の野菜を売っていて、他の店より安いだとか、美味しいだとかはないのだが、この店だけ一際賑わっている。


それには、買い物に来るマダム達のある裏事情が絡んでいるのだが。



「ねーぇ、ミゼルカちゃん。」



売り子に向かって、エプロン姿のハイレン夫人は何か裏のありそうな笑みを浮かべる。


かつてはこの小さな村に住みながらも、その評判故に城下町からも求婚者が現れたというレベルの美人マダム、ハイレン夫人だ。


売り子のミゼルカは、そんなハイレン夫人の美しく、迫力満点の黒い笑顔に何だか恐ろしいものを感じてたじたじになった。


ハイレン夫人はミゼの手をきゅっと握る。



「ミゼルカちゃん。貴女もうすぐ17でしょう。そろそろ結婚適齢期よね。」


「あ、あは。」



(ああ、また見合い話……!)




実は見合い話は本日31回目のミゼルカである。


彼女に我が息子との見合い話を持ち込むことが目的で、“今日のミゼルカの仕事場”であるこの八百屋には大勢の結婚適齢期の息子を持った母親たちが集まってきているのだ。


ちなみに明日のミゼルカの仕事場は街のはずれの花屋の店番であるから、きっと明日は花屋が儲かることとなろう。




「うちのマルコはどう?しっかり者だし、しっかり街の学校を出た高学歴だし。そりゃあウェルツェには敵わないけど、それなりに見てくれもいいわよ。」


ミゼにとってマルコは幼馴染みだ。


親にとってはいい息子かもしれないが、ミゼにとってはマルコはナルシストでやたらインテリぶる嫌なヤツでしかない。


彼との結婚生活を考え────


有り得ない、と心の中で大きく首を振った。





「ハイレンさんのお言葉は嬉しいですけど、私はまだ結婚は考えた事もないんです。ごめんなさい。」


結婚を考えた事はないというのは事実だった。


両親が居らず、孤児院暮らしのミゼにとっては、孤児院が全てであったからだ。


優しい院長先生に恩返しする為、バイトにバイトを重ね、手のかかる弟妹達のお世話に走り回る毎日なのだ。


年頃の女の子達のように、お洒落に恋愛に……と騒ぐ暇はなかった。






本人は気付いていないがミゼは他の女の子とは違うオーラを発していた。


金髪や茶髪の多いこの国では珍しい、艶やかな長い黒髪。


黒に映える、エメラルドのような新緑色の瞳。


肌も一日中外で仕事をしている事すらもあるミゼであるのが信じられない位白く透き通っていて、外見はまるでビスクドールのように可憐で美しい。


更に働き者で、気配りが出来て、孤児院育ちの為子供の世話もお手の物。


相当のお得物件となっていることにミゼは気が付かない。


それどころかミゼは自身の黒髪が嫌いでコンプレックスであった。


街の少女は皆、金髪やら茶髪やらで華やかなのに自分は陰気臭いと、そう思っていたのである。


陰気臭いは大きな間違えで、むしろそれはミゼをより魅力的に見せていたのにだ。



「ミゼルカちゃーん。そろそろ、自分の幸せも考えても良いんじゃなーい?」


「そっ、そうですね?」



ハイレンの手の力がグッと強くなる。


ミゼは困り果てていた。



(そうですね、なんて言ったけど……今は本当に結婚どころじゃないんだから!)



此処十数年の不況で孤児院の子供達は増えていくばかりである。


そのくせ、国王の浪費で税金も上がる。


物価も高くなる。


子供達と生きていくのに精一杯なのだ。





「手始めに、マルコから行きましょう。」


「手始めって何ですか、手始めって!」


「そうだよ。マルコじゃなくて、ジェイルからにしな。」



(増えた!)



ミゼはハイレンの横で不敵に笑う中年の女性を見た。


これまた同じエプロン姿だが、ハイレンとは恰幅のよさが違う。


大工の妻らしく普段は大らかで豪快に笑う彼女だが、今日は随分と鋭い目をしている。



「あーら、ミーガン。順番待ち、と言う言葉を忘れちゃったのかしら。」


「フンッ。悠長に見てられなくなったんだよ。ハイレン!あんたミゼにあんな馬鹿息子を押し付ける気かい?」


「なんですって?筋肉馬鹿と名高いジェイルこそミゼルカちゃんに似合わないじゃないの!」




(喧嘩になってしまった……。)


ハイレンとミーガンは幼馴染みで、普段から何かと折が合わない仲であるのは周知の事実であった。


こうなってしまえば、なかなか喧嘩は収まらないのも有名である。




「ミーガンさん、ハイレンさん、落ち着きましょう!」


「大体あんたは小さい頃から私のものを横からかっさらっていって……今度は息子の嫁もかい?!」


「何が息子の嫁よ!大体ミゼルカちゃんだってあんたみたいなガサツな女の娘になりたくないでしょうよ!」


「あんたみたいな神経質な女の娘にもなりたくないだろうよ!」



(だめだ。過去の因縁まで持ち出しちゃってるよ、この人達!)



わいわいと言い合いをする二人。


ミゼの制止も全く意味を為さず、あまりにパワフルな口喧嘩にミゼはただただ困り果てるしかなかった。



(困ったなぁ…。ここら辺でハイレンさんとミーガンさんに口で勝てる人なんていないし……ってああ!並んでたお客さんも違う店に行っちゃうし!)



ハイレンとミーガンの口喧嘩に最初こそ興味深げにしていた他のマダム達も、二人の喧嘩はなかなか収拾がつかない事を思い出せば違う店に並ぶことが得策だと気付いたのであろう。



(私もこの空間から抜け出したい!お願いだから抜け出させてよ!)


ミゼはそう祈り、他のマダム達に目配せするも────



(グッドラック。)


(ああ、視線で何を言ってるか理解出来る、辛い!!)





しかし──────


二人の喧嘩は急に終結したのである。


それだけではない。


街のざわめきも活気も、一瞬にして消え去った。


かと思えば、どこかしこで黄色い悲鳴が上がる。


そういう芸当が出来るのは、ミゼの知る限り一人しかいなかった。


「姉さん、迎えに来たよ。」



コツコツと靴を鳴らし近づいてくる。


その人の歩くところは人がよけて自然と道が拓けるから、その姿は遠くからでも良く見える。





「「ウェルツェちゃん!」」




ウェルツェ。


ミゼにとっての弟である。


といっても孤児院での繋がりなので義理のだが。


人を魅了しすぎる顔立ちをしたウェルツェに、甘い声でハイレンとミーガンはずいと近寄って尋ねる。




「ウェルツェちゃんはどう思う?」


「マルコとジェイル、どっちがミゼルカちゃんの旦那に相応しいと思う?」


「だからっ、二人とも本当に私は結婚なんて……」


「「まぁまぁ、いいじゃないの。」」





ミゼの主張は面白がる二人によって打ち消される。


突然の質問にウェルツェは一瞬目を見開き驚いたものの────




「どっちも、駄目です。」



通常運転、“キラキラー”とまるで星が見えるような見蕩れるほどの笑顔で彼は言い切る。




「ミゼ姉さんはあげません。姉さんは僕のですから。」


「まっ…………。」




ざわめくマダム達。


動じないウェルツェ。


しかしミゼは頭を抱えていた。


(ウェルツェ(うちの弟)ったら、公共の面前で何言っちゃってるの!?)





「ウェルツェちゃんとミゼちゃん……。お似合いよね。」


「まぁまぁ、そう言う事だったの。」


「ちがっ」



否定の言葉を口にしようとした途端、目の笑っていないウェルツェに抱きしめられるミゼ。


美形に抱きしめられるというシチュエーションだが、当の本人(ミゼ)は全く喜んでいない。




「6時、という事で姉さん、仕事終わりの時間だね。帰ろう。」


「ちがーう!!」



彼女の叫びは弟の逞しい胸板の中に消えていき、引きずられるようにミゼは帰路についたのであった。






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