第六話
アトラとウォーターカイザーウルフとの間の距離が十メートルを切ったあたりで、アトラが足を止める。
対するウォーターカイザーウルフは微動だにすることなく、アトラをじっと見ているように見えた。
『カイザーとはなかなか大仰な名を冠しているな』
アトラはなんてことないような会話を投げかける声音でそうウォーターカイザーウルフに声をかける。
しかし、ウォーターカイザーウルフから返事は返ってこない。視線もアトラを見ているというより、なにか虚空をみているような向きをしている。
やはりか――そうアトラは心の中で思う。
近くで見て改めてわかったことだが、ここまでに現れた他の魔物とも、地上で見かける魔物とも、このウォーターカイザーウルフは性質が違うようだった。
『魔物、というよりダンジョンそのものといったほうが近いのかもしれないな』
感情が浮かばないその表情からは、いつ攻撃に移るのか、そういったものを感じさせない冷たさがあった。
どちらから動くか、そんな読み合いに意味があると思えないため、アトラは先制をとることにする。
『ふっ!』
呼吸を整えて息を一つ吐くと、一気に距離をつめ、爪による攻撃を放とうとする。
「ガアア!」
しかし、アトラの進行方向に、瞬時に沸いたように水の槍が発生する。
『むっ』
反射神経の良さでサイドステップによりそれを避けて、再度向かって行こうとするが、今度はそちらに水の槍が生み出される。
ウォーターカイザーウルフはアトラの動きを読んで、真っすぐ向かえないように水の槍を次々に生みだすことで邪魔をしていた。
どうやら、この水の槍は魔法ではなく、技であるため、魔力のタメなどを必要とせず、次々に生み出すことができるようだった。
『ふむ、なかなかやるようだな。ならば……』
技を最小の動きで避けるアトラは、細かなステップを踏んで近づいていくことにする。
ただ、小さな移動を繰り返しているだけだったが、あまりの速さに残像が見え、あたかもアトラが数体に増えたかのようにも見えてくる。
「ガルル?」
そのことにより、一瞬ではあったが、ウォーターカイザーウルフの瞳に感情が生まれる。
気づけばアトラが増えたように見え、そして水の槍があたったように見えても、それらがアトラをすり抜ける。
信じられないものを目の当たりにしたため、大きく目を見開いていた。
『ガアアア!』
そして、手が届くところまで近づいたアトラはその困惑の隙をつき、爪による攻撃を放つ。
水でできた身体をしている自分にはただの爪の攻撃など効かない――そう考えていたウォーターカイザーウルフだったが、ゾクリと嫌な気配を感じたため、慌てて一歩後ろに下がる。
しかし、一瞬判断が遅れたため、爪がかすることとなった。
「……ガルル!?」
驚くウォーターカイザーウルフ。
なぜならば、かすった場所――正確には左の前足の付け根あたりだが、そこがえぐれたまま、もとに戻らないためだ。
『ふむ、水であるならばすぐに削られても、斬られてもダメージはない――そう考えていたか?』
その通りであるため、ウォーターカイザーウルフの顔色が変わったように見える。
「グルルル……」
未知のものを、力の計れないものを相手にしている。
そう考えたウォーターカイザーウルフは、ゆっくりと横に動いていき、アトラの様子を探るような眼差しでにらみながら警戒を見せる。
『悪いが、時間をかけるつもりはない』
そう告げた次の瞬間、アトラの姿は消える。
ウォーターカイザーウルフはどこに行ったのかと慌てて周囲を見渡すが、見える範囲のどこにもアトラの姿は見えない。
『――後ろ』
その声が聞こえて、慌てて後ろを振り返るが、そこにもアトラの姿はない。
そして、自分の視界に影がさしたことに気づいたウォーターカイザーウルフは上を見上げようとするが、時既に遅く、飛びかかってきたアトラの攻撃を直撃することとなり、そのまま絶命してしまう。
最初の無表情さが嘘のようにハッとしたような顔をしたまま、死に絶えたウォーターカイザーウルフは地面に倒れる。
『敗因は、最初から集中して戦わなかったことだな。操られているのか、そもそも自らの意志が薄弱なのかわからんが自らの心を封じていてはとっさの判断ができないだろう』
ふんと鼻をならすように冷たい目で倒れるウォーターカイザーウルフをみるアトラ。
この考えはあくまでアトラの考えだったが、機械的な判断をしていてはアトラの素早い動きに対応できないのは明白なことだった。
「いや、アトラ強いな。恐らくはダンジョンコアを守る、守護者みたいなものだっただろうに……圧倒的な結果だ」
嬉しそうな笑顔を見せた蒼太は軽く拍手をしながら、アトラへと近づいていく。
「うん、さすがです! 経験の差、地力の差、戦術の差、どれをとっても圧倒的な実力差でしたね」
にっこりと笑顔を見せたディーナもアトラの戦い振りに感心しており、近寄ると優しく頭を撫でる。
『ふむ、あの程度の相手ならばわけはない。普段、ソータ殿やディーナ殿に稽古をつけてもらっているからな。……どの相手も二人より強いということはない』
さすがに全く身体を動かさなくては鈍ってしまうため、蒼太もディーナもアトラもトゥーラの自宅の庭で訓練はしており、そのなかで組手などを繰り返していた。
周囲に影響が出ないように障壁を張って行われる組手は並みのものではない。
「だいぶ本気でやってからなあ。あれも実戦とまではいかないが、怪我くらいはしたから……まあ、訓練の成果が出たのはいいことだ。とりあえず、こいつの素材も回収してっと……」
蒼太は、以前にやった組手のことを思い出しつつ、ウォーターカイザーウルフの魔核を亜空庫に格納する。
「この奥、ですね」
ウォーターカイザーウルフがいた奥にある扉に視線を向けたディーナが呟く。
基本的にダンジョンの一番奥にはダンジョンコアがあり、それらは守護者と呼ばれる強力魔物によって守られている。
ディーナも情報としては知っていたが、実際にこの奥がどうなっているのかわからないため、好奇心と緊張が入り混じった表情をしている。
「行ってみるか」
一歩前に出た蒼太は扉に手をかけると、力をいれて手前に引く。
ギギギギと重苦しい音をたてながら徐々に開いていく扉。
開いた先は小部屋になっており、その中央には小さな祭壇のようなものがあった。
その祭壇の上にこれまで見たどの魔物の核よりも大きい宝石のようなものが浮いていた。
大きな宝石のようなものが生み出す淡い光が、部屋全体を明るく照らしている。
「これがダンジョンコア……」
「綺麗です……」
感動したように魅入るその宝石のようなものはサイズでいえば、直径一メートルはありそうなサイズのコアだった。
『――汝、ダンジョンコアを求める者か?』
そして、その時、三人の頭に直接厳かな雰囲気の声が響いてきた。
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