第四百十二話
「ふわあ、懐かしい匂いがするねーっ!」
キラキラと目を輝かせたはるなは、馬車に乗ったまま身を乗り出すようにして思い切り空気を吸い込んで、そんな感想を口にする。
「僕はずっと内陸に住んでたし、あんまり県外にでなかったからなあ」
「私も同じよ。大会で出るくらいで海はあんまり行ったことないわね」
「外は嫌」
大輝、秋、冬子の順に反応する。
「私はお父様と外遊に出た際に何度か訪れたことがあります」
ふわりと優しく微笑んだリズは王である父親に同行した際にこの街にきたことがあるらしい。
彼らはドワーフの国を出て、獣人の国を通過して、トゥーラの街に到着し、更にそこから南西に進んだ港町にやってきていた。
はるなが懐かしい匂いと言ったのは、海の潮の香りのことだった。
「すっごいねえ、こっちに来てからいくつかの街に行ったり、色々な場所に行ったけど海は初めてだー!」
はるなの母方の実家が新潟にあるため、長期の休みになるとそちらを訪れており、彼女にとって海は割合身近な場所でもあった。懐かしさを覚える匂いと景色を見て、嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
「はるな、あんまり身を乗り出すと落ちるわよ。……まあ、でもあんたの気持ちはわかるわ。といっても、あんたのとはちょっと違う感覚だけどね」
呆れ交じりの秋のその言葉には大輝も、外が嫌と言った冬子も頷いていた。
「そうだねえ、海なし県に住んでる僕らはなんというか海に対するあこがれが強いんだよね。だからといって出向くわけじゃないんだけど、海に来ると内心テンションが上がってるけど、外に出すのはちょっと恥ずかしい……みたいな」
照れ交じりの今度の大輝の発言に、秋と冬子が頷く。
その様子をはるなとリズはキョトンとして見ていた。
「まあ、なんにせよこの世界に来て初めての海辺の街だ。存分に楽しもう! あと、情報集めも忘れないようにね」
気を取り直すように笑いかける大輝たちがこの街にきた理由は情報集めと、ここからの旅立ちに繋がっていた。
「そうだねえ、まずは宿を決めて、海の幸を味わって、それから情報集めといっくよー!」
いつの間にかにこにこと満面の笑みのはるなが仕切って、これからの予定を決めていた。
嬉しそうな顔で指示を出すはるな、そして海ということで内心喜んでいる三人、彼らを見て苦笑するリズ。
誰もはるなの提案に反対するものはおらず、彼女の言葉通りに行動していく。
そんな彼らは、海が見えるレストランで食事をしていた。
レストランといっても、カジュアルな店であり、また海辺の街独特のエキゾチックな雰囲気もあいまって、大輝たちの気分を更に盛り上げていた。
「ねえねえ、この貝、めっちゃ美味しいよ!」
「こっちの海老みたいなのすげえ美味い!!」
「もう……あんたたち少し落ち着きなさい――こっちのカルパッチョのほうが美味しいんだから」
「お刺身美味しい」
それぞれが注文した品に対して舌鼓をうっており、それを他の面々にも共感してほしくアピール合戦が始まっている。
店にいる他の客も楽しくおしゃべりをしながら食事を楽しんでいるため、大輝たちが特別目立っているということもなかった。
そんな彼らをリズは微笑ましく見守っている。
海の幸を味わえるとあって、彼らは朝食を抜いてきており、ランチをいつも以上に大量に注文してガツガツと食べていた。
最初は微笑ましく見守っていたリズも次第に頬に汗がつたっていた。
彼らの食事はしばらく続き、終わるころには苦しくて動けないほどだった。
「みなさん……ちょっと食べ過ぎだと思いますが……」
そんな彼らを見て、ひとり静かに食事をしていたリズは困ったように笑いながら料金を支払いに行った。
彼女の気遣いもあって、しばらく店の隅を借りて大輝たちは休むこととなった。
だが、彼らはただ休んでいるだけでなく、店で話している客の会話に聞き耳をたてたり、休憩中のウェイターやウェイトレスから情報を集めていた。
普段から活気のあるこの街だったが、ここ最近は特に人の流入が多いという話だった。
それも商人や旅人ではなく、冒険者が多いとのこと。
その原因についての情報について、大輝たちは話し合っていた。
「これは、きっとそうだね……」
「うん、でも……」
大輝と秋は神妙な面持ちで話している。
「うーん、まさか海に来てまでそんなことがあるなんてねえ」
「危険」
はるなも難しい顔をしており、冬子も一言危険であると語っていた。
今回集まった情報では、海の上に瘴気溜まりができて、そこに大量の魔物が集まっているという話だった。
問題はそこではなく、領主がそれを解決するために多くの報奨金を出すと話したことだった。
冒険者ギルドはその取りまとめを担当して、冒険者たちの結果を集計するとのことだった。
「うーん、ただでさえ船上という不安定な場所での戦い。しかも、相手は空の魔物なのか海の魔物なのかわからない。それに、船が壊されたら終わりという危険もはらんでいる」
瘴気溜まりはどんな状況になっているのか、大輝たちは嫌というほど知っているが、この街に集まっている冒険者たちはそれを知らない。
金のため、名誉のため、正義感から――いろんな理由はあれど、この戦いに参加する者は多いだろうと予想がつく。
「――だったら、やることは一つよね」
お腹が落ち着いてきた秋が立ち上がる。
「だねえ」
ぴょんと飛びあがるように次ははるなが立ち上がる。
「うん、行こう」
ぐっと気合の入った表情の大輝も立ち上がる。冬子は無言で頷きながらすっと立ち上がり、それに続く。
「みなさん……行きましょう!」
彼らの正義感にリズは感動しながら、立ち上がる。
彼らは、店員に冒険者ギルドの場所を聞いており、場所を貸してくれた礼を告げると店をあとにしていった。
四人の勇者の話は一旦ここまでとして、蒼太の話を次話から……
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