第三百九十五話
「ふむふむ、なるほどなるほど、王様からの紹介か」
アントガルは紅茶を飲みながら片手間に書状を読んでいる。一通りそれに目を通すと、カップをおいて大輝たちを改めて見回す。
「うーん、別に構わないが……あんたたち、俺が武器を作るにふさわしい勇者なのか?」
アントガルは懐疑的な視線を一向に送った。ここまで彼自身、大輝たちの立ち振る舞いにそれらしさを感じなかったのもあるかもしれない。
「そ、その、ふさわしいというのはどういう基準で……?」
困ったような表情で大輝が恐る恐る質問するが、アントガルは腕を組んで考え込んでいた。
「どうしたものか……」
何をもってふさわしいと判断するか。それをどう見せてもらうか、どうすればいいか彼は考えていた。
「……そうだなあ、王様が俺を見込んで紹介したってことだから、少しだけ昔話をしよう」
思い出すようにゆっくりとアントガルが自分のことを話し始める。それがアントガルが自分たちの武器を作ることに繋がると考えた一行は姿勢を正して座り直し、真剣な表情になる。
「俺は、自分の才能に疑問を持ってしばらくの間、武器どころか何も作ることはしなかった。だが、ある出会いが俺を変えてくれたんだ」
それは蒼太とアントガルの出会いの話だった。
アントガルは語りながらも難しい表情をしてはいたが、どこか穏やかな雰囲気で懐かしい思い出を振り返っているように大輝たちには見えた。
「あいつは俺に武器を作って欲しいと言った。――この世界の誰も作ったことのない武器、そいつ自身も作ったことのない武器。それを俺となら作れると言った。……そして俺はあいつとその武器を作ることになった」
その時のことはアントガルにとって今でも鮮明に覚えている記憶のようで、彼自身も気づかないうちに柔らかく口元が微笑んでいた。
大輝たちは黙ってそれに聞き入りながらも、彼が語る『あいつ』について思いを巡らせている。
「もちろん、そう言われてすぐに俺が作ることを了承したわけじゃない。そいつが持っていた武器を見せてもらって、そいつの力を見せてもらって、そいつが俺に望むものを聞かせてもらって――それで作ろうと、作りたいという気持ちになったんだ」
それは蒼太だからできたこと、大輝たちにはできないこと。しかし大輝たちはアントガルに武器を作って欲しいならばそれをなんとかしなくてはならない。
大輝はぐっと硬い表情で唇をかみしめた。どうすればアントガルを説得できるだろうかと悩む。
「……僕たちは、武器を作ったことはありません。あなたに見せられるような武器も持っていない。どんな武器を作ってもらうのがいいか、そのビジョンも持ち合わせていないです」
絞り出すように大輝が語り始めたのを、アントガルとはるなたち四人は黙って聞いていた。
やはり勇者の子孫で最高の武器職人と言われるアントガルに武器を作ってもらうのはそう簡単ではないのだと改めて思い知らされながら、それでも言葉にしなければ気持ちは伝わらないと大輝は言葉を選ぶ。
「その方のように僕たちにはあなたに見せられるものはないです。……ただ、気持ちだけは誰にも負けないつもりです。僕たちは魔王を倒すためにこの世界に呼ばれました。これまで力をつけるために、長い期間修行もしました、色々考えて装備を買ったりもしました。――でも、足りないんです」
悔しそうな表情で大輝が言う。どうしてこういう大事な時にこそはっきりと勇者だと自分の力を証明できるなにかがないのだろうかとぎゅっと口を閉じる。
「なるほどな……まあ、少し弱い気がするがまあいいだろうさ。念のため聞いておくが、こいつの話は全員の総意ってことでいいんだな?」
腕組みをして全員を見回すアントガルの質問にみんなが頷いていた。大輝の言葉に触発されたように全員真剣な表情でアントガルを見ていた。
「――わかった、それじゃあ裏に来てくれ」
アントガルは細かい説明はせずに、裏手にある武器の練習場へと移動していく。
大輝たちはこれから何があるのかと緊張に息を飲みながらついていった。
「よいしょ、よいしょ、よいしょ」
裏手に到着すると、アントガルはどこからか彼の身体より二倍ほどある何やら巨大な人形を運んでいた。金属でできているそれはかなり重量がありそうに見えるが、彼の足取りは軽そうだ。
大輝たちはそれを呆然とみている。
「ふう、やっと用意できた」
それは蒼太が試し斬りをした人形よりも更に強力に改造した、竜鉄を使用した人形だった。
「そ、それは……?」
人形の顔があまりにデザイン性のない不格好なものになっているため、大輝たちは戸惑っていた。
「あぁ、これはな、試し斬り用の人形。なんでもかかってこい君二号だ」
蒼太には言ってなかったが、実はこの人形には名前が付けられており、それの二号が今回用意された人形だった。あの時はあっさりと破壊されてしまったため、手持ちの材料を最大限に生かして強化した、アントガル自慢のものだ。
ぺしぺしと人形を叩きながらも、アントガルのその表情はどうだと言わんばかりだ。
「……は、はあ? それで、僕たちは何をするんですか?」
未だに何をするのかわからず困惑交じりの大輝のその問いに、アントガルはにやりと笑った。
「――これを、斬ってもらう! あぁ、斬るのは小僧でもそっちの嬢ちゃんでも構わない。他のやつらの武器は剣じゃないみたいだからな」
やってみろ、とどんと腕組みをするアントガルの言葉を聞いて、気合の入った表情で大輝は腰の剣に手をかけていた。
「あぁ、一応言っておくがこの人形はかなりの硬度だ。例えば、これは普通の鉄の剣だが……ほれ、この通り」
試すように近くにあった鉄の剣を手にし、アントガルが軽く振り下ろしたそれはポッキリと折れてしまう。大輝たちの表情が驚愕に染まる。
鉄の剣も普通の金属ならば傷くらいつけられるものだが、あっけなく折れてしまったことに信じられない様子だ。
「今のが鉄の剣じゃなくて、もっと硬い、例えばミスリルでできた剣だったとしても同じ結果だっただろうな」
何も考えずに始めようとする大輝に対して冷ややかな眼差しでアントガルが忠告する。
「うっ、ほ、本当ですか。どうしよう……」
思わぬ忠告に大輝はおずおずと剣を鞘に戻して考え直す。
「……あ、あの、何か試しに使える剣とかないですか?」
少し考えても名案が浮かぶわけでもなかったため、申し訳なさそうに申し出るが、大輝はこの時点で既に弱気になっていた。先ほどまでアントガルに自分の気持ちを真剣に伝えていた男とは思えないほどの様子だ。
「あぁ、そっちに立てかけてある剣なら好きに使ってもらって構わない。ただ……」
弱気になっている大輝を見て、そんな心構えであの人形に傷をつけられると思っているのか? という言葉をアントガルは首を緩く振って飲み込むことにする。そこまでしてやる義理はないと思ったのだ。
「――大輝、駄目よ」
その時、秋が剣を取りに行こうとする大輝を止める。強い意志を宿らせた眼差しで大輝を射抜く。
「大輝が倒したいのは魔王よね? ……恐らくこの世界でも最強、もしくは上位に位置するはずよ。これから先、どんどん強い敵と戦うことになるのに、人形相手にそんな逃げ腰になってどうするのよ!」
腰に手を当てて秋が大輝を一喝する。気合の入ったそれは大輝の心に強く響いた。
「秋……うん! 僕の剣で斬るよ!」
大輝と秋が熱い気持ちを話している間に、すたすたと冬子が人形に向かっていた。
「“エアカッター”!」
程よい距離まで近づくと、冬子は剣ではなく、魔法で人形を斬ろうとしていた。
「――って、冬子! 先にやってるの!?」
「せっかくこっちでまとまっていたのに!」
冬子とて勇者の一人。剣は使えないが魔法の腕は非常に高い彼女がうっかり切ってしまったら前衛の自分たちの立つ瀬がないと大輝と秋が慌てて彼女のもとへとむかう。
「……ダメ。魔法でも傷一つつかないみたい」
冬子は実際にどれだけの強度があるのかを、自分でも試そうとしていた。あっけなく弾かれて霧散したエアカッターを無表情で見ていた。
「……はあ、あんたやるなら一声かけてよね」
「ごめん、まあ駄目だと思っていたから。これは確かに生半可な攻撃だとダメだと思う。本気の一撃でやるしか」
長い付き合いの秋たちくらいにしかわからないほどの小さな申し訳なさをにじませつつ、冬子は自分の魔法では無理だと諦める。
「あのっ、そのアントガルさんに武器を作りたいと思わせた人もこれやったんですか?」
自分には出番がないだろうと少し距離を開けて見守っていたはるなが疑問を口にする。
「あぁ、あいつの時はすごかったな。今と同じものではなかったが、あっさりと壊されたよ」
アントガルのそれを聞いた大輝の目に強い炎が宿った。
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