第三百九十一話
「それにしても近衛の名前をここで聞くことになるとは思わなかったね」
城で色々と説明を受けた五人は、宿に戻ると大輝の部屋に集まっていた。皆思い思いの場所に腰かけながら最初に口を開いた大輝のほうを見ている。
「ねー! びっくりだよね! しかも、王様が知ってるなんて……近衛くんって一体何者なんだろ?」
はるなは自分たちとは別の行動をとることとなった蒼太が、国の重鎮に顔を知られている。しかも口ぶりからすると、それなりに親しい関係であることに驚いていた。
「ふん、力があるのを隠して一人で行ったんでしょ。あいつはそういうやつよ!」
腕組みをしながら少し不機嫌そうな秋はやはり蒼太に思うところがあるため、今回名前が出てきたこともあまりよく思ってはいなかった。
「……彼はすごい人だと思う」
自分が想像していたとおりの人間であると冬子は考えていた。正確には彼女の妄想だったが、冬子にとってはどちらでもよかった。普段からあまり動かない表情筋が心なしかホクホク顔のようにも見える。
「私はほっとしています。能力に関してはどうやったのかはわかりませんが、偽装していたのかもしれません。……ですが、ソータ様がみなさんの召喚に巻き込まれたのはおそらく事実です。ですから、無事でいてくれただけで私は嬉しいです」
穏やかに微笑むリズは蒼太を勇者召喚に巻き込んだことに強い責任を感じていた。しかもその彼にキチンと謝罪する間もなく、すぐに蒼太は城を発ってしまっていた。それが彼女にとって心残りであった。
「リズ……うん、無事でよかった。それに、どんな形であれ僕たちのことを気にかけてくれていてよかったよ。僕も近衛がどこで何をしているのかは気になっていたからね」
からっと笑って見せた大輝自体は蒼太が力を貸してくれていることに好意的な印象を持っていた。
「ふん、あんなやつどうなってもいいのよ!」
「……秋、その言い方はよくないと思う」
「そ、そうですよ! せっかく無事だったんですから良いことじゃないですか!」
「み、みんなちょっと落ち着こうよう!」
徐々にヒートアップし始めたみんなをはるなが立ち上がってわたわたとなんとか止めようとしたが、その声は届いていないようだった。
「うぅ、だいくんどうしよう……」
話を聞いてくれない三人に肩を落としたはるなはしょんぼりとした表情で、大輝のもとへとやってきた。
「うーん、しばらく放っておくしかないかなあ……僕の部屋なんだけどね」
自分の部屋で騒ぐ三人に大輝も困ったように笑うしかなかった。
さすがに取っ組み合いにまではならなかったが、三人の口論は深夜遅くまで続き、他の部屋から苦情を受けた宿の店主が注意に来るまで終わることはなかった。
翌日
「さて、色々と情報をもらえたし紹介状も書いてもらったから、いよいよドワーフの国に向かおうか」
「おーっ!」
御者台に乗り込んだ大輝の声掛けに馬車から身体を乗り出したはるなが腕を大きく突き上げて元気よく返事をする。
しかし、秋、冬子、リズの三人はそれぞれぐったりした様子で馬車の中で座り込んでいる。
「もう、みんな元気ないよ? せっかく次の国に行くんだから元気よくいかないとー!」
大きな声で元気づけようとしたはるなだったが、その声は一層三人の元気を奪っているようだった。
「……はるな、ごめん。少し静かにしててもらえる?」
ガンガンと痛む頭を押さえる秋はいつものように注意するのではなく、懇願しているようだった。
きょとんとしたはるなが馬車にいる三人の顔をぐるりと見回すと、頭を抱える秋をはじめ、冬子とリズは青ざめた表情で俯きながら力なく座りこみ、秋の言葉に静かに頷いていた。
昨夜、三人は口論を途中で止められたことで、それぞれが腹に据えかねていたらしく、あのあと騒いでもいいであろう酒場に移動し、酒を飲みながら話の続きをしていた。
結果、友情の再確認をして関係を壊すことなく、むしろ結束が強まっていた。
だが、勢いで注文した酒を慣れていないのに調子にのってガンガン飲んでしまった三人は初めての二日酔いに悩まされているようだった。
「もー! 未成年なのにお酒なんて飲むからだよ!? いくらこっちの世界の成人が十五歳だからって、それでも私たちは日本人なんだからね? お酒は二十歳になってからだよ!」
あのあと、大輝とはるなはそれぞれの部屋でゆっくりと休んでいた。そのため、ピンピンしていたはるなは腰に手を当ててびしっと大きな声で三人を注意した。
「ぐえっ……ご、ごめんって、もうしないから、許して……」
「はるな……ごめん」
「すいません……」
はるなの声がキーンと頭に響いたのか苦しげな表情で秋と冬子が謝り、こちらの世界の人間であるリズもこの体たらくから申し訳なく思い、謝罪した。
回復魔法でなんとかできないかと最初は思ったのだが、使い手である肝心のリズが二日酔いで上手く魔力のコントロールができないため、自然に回復するのを待つことにしたようだ。
「はるな、二日酔いは辛いって聞くからそのへんにしてあげて。今日はこっちで二人で操縦しよう」
大輝は手招きしながらはるなを御者台に呼び入れると、彼女は大輝に呼びかけられて嬉しそうに御者台へ移動していく。
それを確認しながら彼は後ろの三人へ気遣うように声をかけた。
「なるべくゆっくりと進むつもりだけど、舗装されていない道で馬車だからどうしても揺れちゃうと思う……だから、その……はい、これ」
大輝がそっと三人に渡したのは、紙袋の中にもう一つ別の袋を入れたもの――いわゆるエチケット袋というものだった。
「もし、我慢できなくなったらそこに、ね?」
自然な流れで気を使ってくれている大輝だったが、三人――特に秋と冬子は情けない気持ちになっていた。大輝の顔が、まるで小学校の頃の乗り物に弱い生徒を相手にする先生のような表情になっていたためだった。
「ぐ、ぐぅ……ありがたく頂いておくわ……」
「…………」
「あ、ありがとうございます……」
しかし、馬車の中で嘔吐するわけにもいかないため、差し出された袋をありがたく受け取ることにした。ゆっくりと進みだした馬車は案の定揺れるが、二日酔いのためかいつもよりも揺れが酷いように感じられて、それぞれ黙って酔いがさめるのを待っていた。
こみ上げる気持ち悪さと馬車の揺れに必死に耐えながら三人は強い決意を胸に秘めた。
――酒なんて二度と飲むものか! と。
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