第三百七十六話
五日後
受付を済ませると、大輝と秋はそれぞれの控室に分かれることとなる。
参加人数が多いため、いくつかの組に分かれて予選を行う。各組の全員で戦い、最後に残った二人だが決勝トーナメントに進む。
国の主催で行われる大きな武闘大会と同じ仕組みで行われる。
大輝と秋は別の組になったため、予選での直接対決は避けることができた。
そしてA組、B組と順調に予選が進み、次は大輝のC組の番となった。
「だ、だいくんなら大丈夫だよね?」
はるなはここまでの戦いが思っていたよりも激しいものであったため、ハラハラした不安な様子で観客席から見ている。
「大輝も秋も大丈夫……だと思う」
「思うって! うぅぅぅううっ」
淡々とした冬子の返事が余計にはるなの不安を助長していた。じたばたと持て余した気持ちを誤魔化すように唇を尖らせて唸る。
「だ、大丈夫ですよ! お二人とも強いですから、負けるとしても互いで戦うことになった場合だけだと思います!」
慌てたように隣の席のリズが励ますと、ぱっと振り返ったはるなはその手をとり鬼気迫る表情で大きく何度も頷く。
「だよね! 大丈夫だよね!」
当初はるなは大会と聞いて大輝や秋が高校の時に参加していた剣道の大会を思い出していた。しかしこの予選を見て、この世界の大会というのは思っていた以上に壮絶なものであったため、恐怖を感じていた。
「大丈夫、大丈夫」
そう笑顔で声をかけてきたのは街で会った親子だった。
「怪我をしても回復魔法が使える職員が待機しているし、よほどのことでもない限り無事に戻ってくるさ」
「そうさ! それに、にいちゃんたち強いんだろ? 仲間だったら信じてやらないと!」
彼らの言葉にはるなは大輝と秋のことを信じると強く心に決める。
「そうだよね! うん、だいくんも秋ちゃんも強いんだから負けるわけないよね!」
やっと明るい顔になるはるなだったが、この声が大きかったのが良くなかった。
「おいおい、姉ちゃんたち。結構なことを言ってるじゃねーか」
既に酒を飲んでできあがっている男が絡んでくる。赤らめた顔で下世話に笑う彼は、はるなや冬子、リズと言った種類の違う美人たちに最初から目をつけていたようだった。
「あんたの知り合いが勝つだって? はっはっは、この大会にはクラン『竜の角』のリーダーであるグリダイツが出るんだぜ? 勝てるわけがないだろ!」
同じように大きく笑った他の男もジョッキを呷ると話にのってくる。
「竜の角?」
この世界のクラン、いわゆる冒険者の集団について知らないはるなはきょとんとした表情でその名を聞き返した。
「はっ! そんなことも知らねーのか! 『赤い一撃』とまでは言わねーが、有名なクランの一つだぞ」
無知を責める男ははるなのことを馬鹿にするような口調になっている。自慢げに絡んだのに反応がないことに苛立っているように見える。
「むう、そんなことないよ! だいくんたちならその、なんとかダーツにも負けないもん!」
馬鹿にされたように感じたはるなは勢いよく立ち上がって男たちを怒鳴りつける。
「ハ、ハルナさん、落ち着いて下さい。冬子さんもなんとか言ってあげて下さい!」
揉めるのは良くないと立ち上がったリズはおろおろしながらもはるなのことをなだめようとする。
リズの助けに応じて冬子も立ち上がってはるなを止める――そう思われたが彼女の口から出た言葉は異なるものだった。
「そのなんとかダーツ? 大輝と秋がそんなやつに負けるわけがない」
表情筋の動かない冷たい顔と抑揚のない言葉できっぱりと冬子が言い放ったのだ。
「っなんだと! ふざけてんのか!」
カッと頭に血が上った男が今にも二人に掴みかかろうとするが、そこに別の場所から声がかかる。
「まあ、落ち着け」
酔っ払った男たちよりも更に頭一つ分背が高い男が酔っ払いの肩を掴んで制止する。
「なんだ、てめ……くそっ!」
必死に振りほどこうとするが、ただ肩を掴まれているだけだというのに背の高い男の力が強く、見動きすることができなかった。
「まあまあ、いいじゃないか。……で、そっちのお嬢さんたちの仲間は強いのか?」
「あったりまえ! うちの仲間は二人ともすっっっっっっっっごく強いんだからね!」
自慢げな表情ではるなは腰に手をあて、たたわわな胸を張って男に答える。
「そうかそうか、いいじゃないか。俺の名前はグリダイツ。なんとかでも、ダーツでもないからよろしく。予選が終わったんで上に来てみたんだが、いい話を聞くことができた。ダイキとアキだったな。覚えておこう。はっはっは!」
上機嫌でそう言うグリダイツは笑いながら颯爽とその場をあとにした。
「ま、まさかあれがグリダイツだったのか……」
酔っ払った男たちもさすがに顔は知らなかったらしく、彼の登場で一気に酔いが醒めてしまったようだった。
「あ、あの人がその、グリダイツ?」
「……そうみたい」
何度もグリダイツが去って行った方向と冬子たちを見るはるなも同様に彼の出現に驚き、冬子も珍しく動揺を隠せないようだった。
「す、すごいですね。有名なクランのリーダーさんに会うのはこれで二人目です」
上品に口元に手をあてて驚くリズはふとカルロスのことを思い出していた。
「二人目?」
聞き返してきたのは元酔っ払い男。有名なクランのリーダーと言われて何人か頭に浮かんだが、どれも簡単に会えるような人物ではない。
「はい、先ほど名前のあがった赤い一撃のリーダー、カルロスさんに続いて先ほどのグリダイツさんで二人目です」
「カ、カルロス!?」
ふわりとほほ笑んだリズの口から出たその名前は彼らを驚かせるのに十分だった。想像以上の大物の名前にずるっと椅子から滑り落ちそうなくらい男たちは驚いていた。
「うん、カルロスさんいい人だったよ!」
リズに抱き着くようにしてはるなもその話に乗ってきたため、嘘ではないのだと男たちはごくりと唾を飲んだ。
「……あ、あんたたち、実はすごいやつなのか?」
どんなやつにはなしかけてしまったのだろうかと男の一人が恐る恐る質問する。
「ふっふーん、私たちは世界を救う勇者です!」
ドヤ顔で再び自慢げに胸を張ったはるなの回答にはさすがの男たちも首を傾げる。勇者と言われるような人たちが武闘大会ならまだしもこんな大会に出ているとは思えなかったからだ。
「はるな! それくらいの思いで戦っているってこと、だよね? 勘違いされるような言い方をしない」
自分たちが勇者であることを喧伝するのは良くないと考えた冬子が珍しく声を荒らげてはるなを窘めた。
「そ、そういうこと、それくらい強いんだよ!」
ハッとしたように自分の発言のまずさに気づいたはるなはなんとか言いつくろうとしたが、見えないところで冬子に腕をつねられていた。
観客席でそんな騒動があったとは大輝も秋もつゆ知らず、戦いに向けて控室で集中していた。
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