第三百四十四話
「さあ、あとは最後の依頼よ」
手をパンパンと叩きながら秋が宣言すると、他の四人は首を傾げていた。オークとの戦闘をやり切った達成感で気が抜けているせいもあるのだろう。
「あんたたち……忘れたんじゃないでしょうね!」
ため息交じりにそう言うと秋は順番に四人の顔を睨んでいく。
「も、もちろん覚えてるよ。ね、ねえ冬子ちゃん?」
慌てたように森ウサギをぎゅっとするはるなは完全に忘れており、視線を泳がせながら冬子に話を振る。
「あ、当たり前。ねえ、大輝」
その冬子も普段の無表情の中にも焦りをにじませながら大輝へと視線を流す。
「えぇ!? ぼ、僕に振るの? ほら、あれでしょ、……あれ、なんだっけ……?」
驚きながらも思い出すように頭をひねる大輝にいたっては誤魔化す素振りすらなく、完全に忘れているようだった。
「もう、みなさん忘れないで下さい! 最後の依頼は治癒草の採集ですよ!」
リズは自分が選んだ依頼を忘れられてしまったため、口をとがらせながら人差し指を立てて三人を注意した。
「あー、そうだった。忘れてた……えへへっ」
誤魔化すように笑うはるなはついに忘れていたことを認める。その隣では思い出したように冬子も大輝もなるほどと頷いていた。
「はあ、まあそんなことだと思ってたけどね……とにかくオークたちは倒したから、これで自由に採集できるでしょ。確かこのへんだったわよね?」
呆れたような視線を三人に送りながらの秋の質問にリズが大きく頷いた。
「そうですね、形は私が知っているので……」
きょろきょろとあたりを眺めるリズはそう言いながら、どんどん森を進んで行く。
「ありました!」
その後ろを四人がついて行くと、リズがとある一枚の葉を手にして四人に見せる。
「よーし、それじゃあ誰が一番たくさん採れるか勝負しよー!」
「いいね、僕が一番だ!」
「負けない……」
「ちょ、ちょっとあんたたち! 私だって」
それをじっと見た四人が競争するように治癒草を集めようとするが、それを黙って聞いていたリズの身体がぷるぷると何かを耐えるように震えていた。
「いけません!!」
次の瞬間周囲に響いた大きなリズの声に四人の動きがぴたりと止まる。これまで城でも話す機会が何度もあり、旅の間もたくさん話をしたが、彼女が初めてこれほど大きな声を出したことにみんなは驚いていた。
「いいですか? 植物にも命があるのです。ですから必要以上に採る必要はありません。ね、わかりますか?」
にっこりとリズは笑顔で言うが、その背後には逆らってはいけないオーラが揺らいでいた。
「は、はいっ」
「う、うちはこの子を抱いてるからみんなに任せるね!?」
「わ、私もこういうの苦手だから任せるわね……」
「リズ先生、お願いします」
ニコニコ笑顔のリズに四人は背筋を伸ばして固まり、四人の総意でこの依頼は彼女に任せることになった。
「はい、ではみなさん少々お待ちくださいね」
くるりと方向転換したリズはきょろきょろしながら治癒草を見つけると綺麗な仕草でしゃがみこみ、丁寧に採集していく。その様子は植物を大事にしているということが伝わってくるほどに柔らかで優しい手つきだった。
「リズの意外な一面を見たね……」
そんな風に採集しているリズに見とれながら大輝はポツリと言った。
「あんなに怒られるとは思わなかったねえ」
はるなも腕の中に抱いた森ウサギを優しく抱き寄せながら意外だという様子でリズを見ていた。
「城から出られて、今は好きなように自分を出せるからなのかなぁ?」
ふと、はるなは城にいる時のリズを思い出していた。城での彼女は姫として一挙手一投足をみられているといった様子でとても窮屈そう、それがはるなが見た彼女の印象だった。
「せっかくだし、僕らにももっと心を開いてくれるといいんだけどね」
一緒に旅をする仲間なのだから、もっと気楽にしてほしい。それが大輝の気持ちだった。
他の二人は、というと秋と冬子はなんだかんだ言ってリズに教えてもらいながら治癒草の採集に加わっていた。
「リズ、これでどう?」
「トーコさん、いいじゃないですか! とても上手ですよ」
ふわりと普段の優しい笑顔のリズに褒められた冬子はまんざらでもない様子だった。無表情に見えるその中にも誇らしげな雰囲気がにじみ出ている。
その一方で、秋はしゃがみこんで黙々と採集している。思っている以上に採集が楽しくなってきたのか、そんな彼女の横顔は集中に研ぎ澄まされた表情だった。
「アキ、さん?」
その様子が気にかかったリズが声をかける。もしかして、という思いもあった。
「えっ?」
声をかけられて驚いた秋の手には大量の治癒草があった。彼女自身も自覚はないようだ。
「アキさん……それは少しとりすぎでは?」
先ほどのように怒っているわけではなく、リズはやや呆れているようだった。
「あぁ、ごめんなさい。なんていうか、ついつい、ね」
秋が採った治癒草はしっかりとリズの注意を守ったものであり、それ以上注意をする気はリズにもなかった。むしろ先程あれほどの戦闘をした後なのに採集で集中し過ぎて疲れてはいないか、という方が心配だった。
「まあ、少し多いくらいなら依頼とは別に買い取ってもらえるでしょう。このへんにして街に戻りましょうか」
くすくすと鈴を転がすような笑顔を見せたリズの提案に頷いて秋と冬子の二人も立ち上がった。
「お、終わったみたいだね」
それに気づいた大輝が立ち上がり、薬草を踏まないように気をつけつつ三人のもとへと向かう。
「あ、待って!」
森ウサギとの戯れに夢中になっていたことでおいていかれないようにとはるなも慌てて大輝についていく。
「これで三つの依頼を達成できたね。ギルドに戻って報告しようか……あのオークたちのことも報告したほうがいいだろうね」
この森はもともと魔物が生息していたが、あれほどの魔物が出るのはあきらかにおかしかった。もしかしたら自分たちが知らない何かが起こっているのではないか、という不安に皆が神妙な顔つきになる。
「そうですね……私の名前を出してギルドマスターさんに話を通してもらいましょう」
リズの提案に大輝が頷く。
森を出た一行が街に戻り、報告にギルドに戻るとなにやらギルド内は慌ただしい様子だった。
「何かあったのかな?」
キョトンと周りを見回すはるなが疑問を口にするが、既に秋が情報収集のために他の冒険者に話しかけていた。それに気づいた他の四人は周りの話に耳を澄ましたり、状況把握のためにさりげなく周囲を見回していた。
そうしてしばらく待っていると、話を聞いて来た秋が戻ってくる。
「秋ちゃんどうだった?」
戻って来た秋の表情がいつになく真剣だったため、心配になったはるながすぐに質問した。
「早く依頼達成の報告するわよ」
はるなの質問を無視したその剣幕にはるなたちは驚くが、秋が意味もなくこんなことを言うわけもないと大人しく彼女について行ってカウンターに向かう。
空いているカウンターにいたのは金髪を一つ縛りにし眼鏡をかけたミルファだった。
「あの、依頼報告をしたいんですけど」
「はい、それでは冒険者カードをお出しください」
受付嬢としてミルファが事務的に対応していく。その仕事ぶりは手際よく、隙が無いものだった。
「あ、あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
遠慮がちながらも真面目な思いを乗せたリズの言葉にミルファがふと手を止めて顔をあげた。
「私、こういう者なのですが……ギルドマスターにご報告したいことがあります」
ちらりと王家の紋章を見せ、ミルファに対してギルドマスターへの取次ぎを依頼する。
「……急を要するものでしょうか?」
王家の紋章に眼鏡の奥にある瞳を少し見開いたあと、少しトーンを落としたミルファは問題ごとかと内心頭を悩ませた。現在ギルドはミルファが受付にでるくらいには慌ただしい状況にあり、ギルドマスターも同様に対応に追われていたのだ。
「大量のオーク、それとオークキングのことで、と言えばいいですか?」
このままではきっとのらりくらりとかわされてしまうと判断した秋が小声ながらも少し語気を強める。
「ついて来て下さい」
王家の紋章の時以上に目を見開いたミルファは眼鏡をなおしてから立ち上がると、一行をカウンターの中に迎え入れ、ギルドマスタールームへと向かった。
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