第三百四十話
一通り農場の探索を終えた一行は、農場の入り口で待っている農場主のもとへと向かっている。その表情は一様に厳しいものだった。
「おぉ、戻ってきましただな。それでどうでしただ?」
大輝たちの姿を確認すると表情を明るくした彼はそう質問してくる。
「魔物たちは倒しました。フォレストウルフ数十体、そしてデカイ狼も一体いたので、それを倒しました」
デカイ狼と言った瞬間、農場主はピクリと反応したがそれも一瞬のことですぐに笑顔になる。
「ありがとうございますだ。これで再び農場経営ができますだ」
感謝の言葉を言った農場主が深々と頭を下げた。なにか重しが取れたかのようにほっとした表情を浮かべている。
「一つ、聞きたいことがあります」
だが彼らは目の前の農場主に聞かなければならないことがあった。秋が切り出した言葉でピリッとした緊張感が辺りに漂う。
「な、なんですだ?」
何か聞かれると思っていなかった農場主は明らかに動揺している様子だった。びくりと体を揺らしてなぜか彼らと視線を合わせようとしない。
「農場主さん。あなた、作物を保存している小屋の裏に何を隠していました?」
その問いを聞いて、農場主の視線は泳ぎ額には玉のような汗が浮かんでいる。なにか聞かれてはまずいことがあるとその態度がはっきりと証明していた。
「い、一体なんのことですだ。おらにはなんのことだかわかんですだ……」
動揺しきって明らかに怪しい様子の農場主を全員がじとりと目を細めて見ていた。
冬子が見つけた扉の先にあったもの、それが問題のあるものだったからだ。
「じゃあ、この子はなんですか? どういうことですか?」
後ろにいたリズはその腕に子ウルフを抱きかかえて農場主の前に立った。大人しくその腕の中におさまっている子ウルフはきょとんとした愛らしい表情を見せている。
あの扉の先にいたのは幼いフォレストウルフの子供だった。人に慣れているのか特に抵抗することなく、リズの腕に抱かれてここまで連れてこられたのだ。
「う、うぅ、そいつは」
決定的な証拠を突き付けられた農場主はその場に崩れ落ちる。
「ランクの高い魔物の子を捕獲することは禁じられているはずです。あなたがこの子を捕まえたのが原因で多くの冒険者が危険にさらされることになったんです。それがわかっているんですか!」
リズの言葉は強いものだった。おそらくこの子ウルフを彼が隠していたことで、フォレストウルフたちは作物がなくなっても住処を変えず、子ウルフを探すためにこの農場に居座っていたのだろう。
受付嬢の話から、この依頼は報酬が低いため、それに合わせて低いランクと見積もられてしまっている。そして、出てくる魔物もフォレストウルフ数体という実際よりも少なく見積もられた情報だった。そのどちらもギルドに依頼を出す際に適切なものではなく、彼の個人の都合で事実が捻じ曲げられて現在のものとなっていた。
「最初から依頼の内容を低く伝え、報酬も低くし、更には自分自身が原因であるのにそのことは何も言わなかった。これは大きな罪になります!」
リズは怒っている。ともすれば大輝たちまで危険だったことを考えると、そうそう許せるものではなかった。これまで低ランクの冒険者たちが依頼を失敗してしまうのも彼が嘘の情報を提示したことが大きい。依頼する内容を偽装することはものによっては冒険者の命を危険にさらすため、禁じられているのだ。
「い、いや、その、あれは……」
五人全員が非難の視線を浴びて、農場主は観念し、ぽつりぽつりとこれまでの経緯を話し始めた。
「前にふらっとうちの農場に来た貴族がおっただ。そのお方が言うには、ウルフの子を捕まえてきたら金貨二十枚で買ってくれるという話だっただ。そんな金、おらが一生働いてもお目にかかるかわかんねーだよ。だから、ついついその甘い言葉に乗っちまっただ……」
甘い誘惑に惑わされて決断したのは彼だが、その弱い心につけこんでそそのかそうとした貴族に対して大輝たちは怒りを覚える。
「それで、しばらくしたら確認に来るとの話だったんだども、一向に来る気配がなくて、待ってたんだけども気づいたら魔物にも襲われるようになって……どうしていいかわがんなくて、魔物の討伐をギルドに依頼したんですだ」
農場主はひどく自分の行いを後悔しているようにも見える。子ウルフはあの地面にあった扉の先に閉じ込められてはいたが、傷つけられたり、食事を与えられなかったということはなく、健康そのものだった。きっと罪悪感にかられた彼が最低限の世話をしていたと思われる。その時についた子ウルフの匂いを感じ取ったフォレストウルフたちが子供を取り返そうと襲ってきた、ということだろう。
「ふう、反省しているようですけどこれは歴とした犯罪ですからね。私たちとしてもこれは冒険者ギルドに報告する義務があります」
怒り心頭といった様子のリズの口調はきつく、うそをついた農場主を許せないという気持ちが強いようだった。
「うう……」
責め立てられる農場主の様子を見ていた大輝たちは次第に彼に同情してなんとか取りなそうとするが、静かにリズが言葉を続ける。
「ですが、貴族に言われれば断るのも難しいと思いますし、それほどの大金を出されるとなれば心が揺れ動くというのもわからないでもないです。なので、今回のことは報告させてもらいますが、あなたがウルフの子を捕まえたという話はしないでおきましょう」
それがリズの出した結論だった。彼女も彼を許せない気持ちはあるが、姫として上に立つ者の立ち振る舞いはわかっていた。下の立場の者を守るために地位のあるものは振舞わなければならないというのに、それを悪用していた貴族に対する怒りの方が最終的には勝ったのだろう。
「みなさん、いかがですか?」
先ほどまで怒っていたとは思えないほど穏やかな表情でリズは振り向くと大輝たちに尋ねる。
「あぁ、僕はそれでいいと思うよ」
「それが無難でしょうね。もし、ギルドの上の人と話すことがあったらその時には貴族のことも話しておきましょう」
大輝はリズの判断に納得し、秋は貴族のことを機会があったら報告という選択肢を残しておく。もとをただせば、責任は違法な取引を持ち掛けた貴族にあるからだ。
はるなと冬子もリズの結論に笑顔で頷いていた。
「あ、ありがとうございますだ。ありがとうございます……どうかその子は森に放してやってくだせぇ」
農場主はリズが出した答えに何度も頭を下げて礼を言っていた。子ウルフを捕えていた罪悪感から解放されてほっとしたのか、うっすら涙を目に浮かべている。
「わかりました。さて、それじゃあこの完了書にサインを下さい」
秋が依頼完了のサインをもらう。これで農場の依頼は達成された。
「それじゃ、次の依頼に向かおうか」
そして、彼らは森ウサギの捕獲に向かった。後方では荒れきった農場で彼らの姿が見えなくなるまで見送る農場主の姿があった。
農場の周囲には森があり、そこで次の依頼をこなすことにする。
「まずは、この子ウルフを逃がそうか」
大輝にそう声をかけられたリズが抱いていた子ウルフをそっとおろすと、子ウルフは何度かリズのことを振り返ったあと小走りで森の中へと戻って行った。
「もう捕まらないで下さいね」
先ほどの戦いで逃げ出したフォレストウルフたちとうまく合流できることを願ってその後ろ姿を見送るリズは笑顔だったが、目じりにはうっすら涙が浮かんでいた。
「さて、今度は次の依頼だね」
子ウルフの姿が見えなくなったころに気持ちを切り替えた大輝の言葉にはるながやる気を見せて大きく頷いた。
「今度はうちの選んだ依頼だね!」
自分で選んだ依頼にはるなはやる気満々だった。依頼とはいえ、可愛いもの好きの彼女は森ウサギに会うのが楽しみだった。
「どのへんにいるのかなあ?」
一番に森ウサギに出会いたいと今回ははるなが先頭に立って森の中を散策していく。
途中、何度か魔物に襲われることもあったが、それはリズの練習相手になってもらっていた。彼女も数をこなしていくうちに戦闘にも慣れてきたようだった。
そうして更にしばらく進むと、森に中に小さな草原が現れる。少し開けた場所のそこは穏やかな日差しが差し込み、柔らかな風になびく草花が一面に生えていて、森ウサギのような小動物たちが過ごすには快適な条件がそろっていた。
「なんかいるわね」
秋が目を凝らして草原の中を見ると、何かがぴょこぴょこ動いているのが見える。それに合わせて草が揺れて小さな音を立てている。
「あれ、みたいだね」
彼女の見ている方向に目を向けた大輝もそれを確認していた。おそらくこの草原を森ウサギが住処にしているようだった。
「よおっし、うちが選んだ依頼だからうちが捕まえてくるね!」
お目当ての森ウサギを目の前にやる気満々のはるなは準備運動をしていた。
「いや、僕らも……」
大輝がそう言った時には、準備運動を終えたはるなが草原の中へ意気揚々と走って向かっていた。
「……任せましょう。はるなも勇者の一人だし、なんとかなるでしょ。もしダメだったらその時手伝えばいいわ」
秋ははるなのやる気を尊重して見守ることにし、他の面々もその意見にのることにした。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? エルフの国の水晶姫 1/21発売です!
ナンバリングされていませんが、2巻にあたります!




