第8話
3体のオークの棍棒が、俺の頭部や肩口めがけて、次々と振り下ろされる。
俺はそれを、避けようとも思わず、ただ、くらった。
しかし、そのうちのどの一撃たりとも、俺の体に届くことはなく。
俺の体から数ミリを開けて、ぴたりと止まっていた。
俺の全身を覆うプラーナの膜が、そのすべての衝撃を吸収したのだ。
そして俺は、その間に次の“光弾”を放ち、3体目のオークを吹き飛ばす。
棍棒で殴っても傷ひとつ負っていない俺を見て、そんなバカなと再び殴りかかってくる残り2体のオーク。
だけどやはり、そんな攻撃は俺に何のダメージも与えられない。
そしてその間に、俺の“光弾”が、さらに1体のオークを撃破する。
残った1体は、そこでようやく悟ったようだ。
この人間には、どうやっても勝てない──と。
だからそのオークは、慌てて背を向けて、洞窟の奥の方に逃げて行こうとした。
だけど、それでは一手遅い。
俺の5発目の“光弾”が、逃げ去ろうとするオークの背に向けて放たれた。
そして、着弾。
体のど真ん中を吹き飛ばされたそのオークは、そのまま前のめりに倒れた。
そうして、5体のオークたちは、すべて動かぬ躯となった。
倒れたオークたちの周りに血だまりができていたり、内臓ドバーみたいなグロテスクな風景ができあがってしまったが。
不思議と俺は、冷めた目で、その風景を見ていた。
俺はこの異世界に来て初日に、トロールに殺された人間の無惨な死体と、その『食事』風景を見ている。
モンスターと人間の関係は、それでもう染み付いた。
ここは平和な日本ではない。
愉しく笑い合う日常のすぐ隣に、こういう風景がある世界なのだ。
俺の精神は、存外に容易く、この世界の常識に順応していた。
この世界に来る前の俺だったら、あのトロールの『食事』風景を見た後に、笑ったり、何かを愉しんだりすることは、不謹慎だと思ったかもしれない。
だけど、わずか数日だけどこの世界で暮らしてみて、それは違うと思った。
どんな世界でも、人間は笑わないと、愉しまないと、生きて行けないのだ。
悲しいこと、苦しいことだけをいつまでも反芻していたら、人の心などすぐにぐしゃぐしゃになってしまうだろう。
笑うこと、愉しむことは、必要なのだ。
そんなことを思っていたら、背後からウェンディが声をかけてきた。
「見ている側としては、肝を冷やします……」
彼女は、実際に戦っていた俺自身よりも、俺の健在と勝利に安堵しているようだった。
彼女は彼女で、勇者というジョーカーを自分の引率下で失ったらどうしようという、不安や恐怖のようなものがあるのかもしれない。
だとするなら、見ているだけというのは歯痒いだろうなと、他人事のように思ったりした。
もちろん、洞窟に棲息したオークが、その5体だけなどということはない。
その後も俺は、洞窟の奥に進んでは、オークを倒して回るという作業を続けた。
何しろ、オークの攻撃は俺に傷ひとつ付けることができない。
対して、俺の“光弾”はその一撃で、オークを息絶えさせる。
はっきり言って、戦いなんて呼べるものじゃない。
唯一危惧していたのは、ウェンディを狙われることだが、小出し小出しで現れるオークたちは彼我の戦力差を正しく認識しておらず、それを認識した頃には全滅しているという有り様だから、彼女が狙われるまでには至らない。
それに仮に狙われたとしても、彼女自身、10人強からなる魔術師分隊を率いる分隊長という実力者であり、「そう易々とは殺されませんからご安心を」などと言われれば、過度に憂う必要もないと思った。
そんなこんなでオークを退治して回っていたら、最後には一際大きな巨体を持った、リーダーっぽいオークが残った。
「グォオオオオオオオオ!」
雄叫びをあげて襲い来る巨体は、さらに内包プラーナ量も雑魚オークと比べて多く、俺の“光弾”をぶつけてやっても、一撃では沈まなかった。
その一撃でわき腹を抉られながらも、なおも戦意を喪失せずに迫ってくる。
そしてその、ちょっとした木の幹ほどもある巨大な棍棒が、俺に向かって横薙ぎに振り抜かれた。
俺の左顔面に、棍棒が直撃する。
「──勇者様!」
ウェンディが叫び声を上げて、自身も魔法の詠唱を始める。
雑魚戦では、彼女がヘイトを稼いで狙われるのは好ましくなかったから黙って見ていてもらったが、状況的にそうもいかないと判断したのだろう。
むしろ、手遅れだったと後悔しているかもしれない。
だけど──
「大丈夫です。ちょっと痛かったけど、それだけですから」
俺はウェンディに、心配と手出しの無用を伝える。
殴られた左頬は、青あざぐらいにはなるかもしれないが、その程度だった。
俺は手に持った杖の先を、オークリーダーの顎の下へと向け、バカの一つ覚えの“光弾”を放った。
オークリーダーの巨体は、その魔法による衝撃波を受けて2メートルほど吹き飛び、地響きを立てて地面に落下、そのまま動かなくなった。
そうして事を終えて、帰ろうと振り向くと、そこにいたウェンディは、うっすらと目に涙を溜めていた。
「……本当、見ている側としては、肝を冷やします」
彼女は震える声で、そう呟いたのだった。