第4話
この村に来る途中、王都方向に歩みを進める数十人の村人たちと遭遇した。
その中の何人かが、半狂乱になりながら、村に残った家族を助けてほしいとすがりついて来た。
ユーディリアはその村人たちに、「最大限の努力をします」と突き放した言い方をして、再び馬を走らせた。
そうして辿り着いた村は、見るに堪えない惨状だった。
俺は現代において、こんな匂いを嗅いだことがなかった。
村中に漂う、濃厚な、死と血の匂い。
建物はあちこち倒壊していて、その合間で、何か巨大な生き物が『食事』をしていた。
夜の暗闇の中だからディテールは見えないが、見えなくてよかったと心から思う。
こんな光景は、当たり前の平和の中で暮らしてきた人間に、耐えられるものじゃない。
「殺すよ。一切の容赦なく焼き殺す。いいね、みんな」
馬から降り、俺のすぐ横でそう言ったユーディリアの声は、ぞっとするような冷たいものだった。
『食事』をしていた巨大な生き物──トロールたちが、俺たちの存在に気付く。
『食事』を中断して、俺たちの方に向かってくるトロールたち。
“魔の国”の精鋭の魔術師たちは、これを迎え撃つべく、杖を掲げて呪文の詠唱を始める。
トロールたちがこちらに辿り着くよりも早く、4人の小隊長たちの呪文が完成する。
彼らの杖の先から、まばゆい電撃が闇夜を切り裂いて迸り、1体のトロールを集中砲火で貫いた。
4本の強烈な稲妻に貫かれたそのトロールは、それで息絶えて倒れる。
次いで、トーマス中隊長と、ユーディリアの呪文が完成した。
2人は杖の先に、圧縮された火球を生み出すと、残った2匹のトロールのちょうど中間地点に向けて発射する。
中間地点の地面に着弾した火球は、そこで大爆発を起こし、残る2匹のトロールをその爆発に巻き込んだ。
その激しい爆発がやんだ後には、ほぼ黒炭と化した2匹のトロールの姿があり、それらはすぐに、地響きを立てて地面に倒れ込んだ。
一方的な、呆気ない幕切れだった。
ユーディリアが呟く。
「ねぇ、トーマス……。どうしてボクは、あの人たちを、救えなかったんだろう」
ユーディリアが言う『あの人たち』とは、今この村に残っている、すでに物言わぬ躯となった人たちのことだろう。
ユーディリアのその問いに対し、トーマス中隊長は、首を横に振る。
「ユーディリア姫。領民すべてを救うことは、不可能です。姫も我々も、為すべきことを為すべきように為した。そのように考えるべきです」
トーマスというおっさんの言ったその言葉は、あるいは、俺たちより長く生きた人間の処世術だったのかもしれない。
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。
やがてその雨は、本降りとなり、傘も持たない俺たちを容赦なく打ちのめした。
ユーディリアはその雨の中で、子どものように大声を上げて泣いていた。
その後の散策で、村の逆側の入口付近で、惨殺された1頭の馬と、1人の自警団員のむごたらしい躯が発見された。
あとで聞いた話によれば、その自警団員が単身、トロールたちに立ち向かってその注意を誘導し、村人たちが逃走するための時間を稼いでいなければ、現実に倍する数の死者が出ていただろうということだった。