第3話
「過去の2回の召喚例によれば、勇者様って、召喚された直後は全然へっぽこなんだって。それが戦闘経験を積むごとに、とんでもない成長速度で強くなるらしいよ」
そんなユーディリアの言葉もあって、俺は半ば強制的に、戦場へと連れて行かれることになった。
「まあでも、いきなりトロールの前に投げ出したら勇者様のプラーナ量でも絶対死んじゃうから、今日は見てるだけだね」
そう言いながら、夜空の下で馬に乗る準備をするユーディリアの今の服装は、ほかのおっさん魔術師たちが着ているのと同じネズミ色のローブだ。
また、ユーディリアの背中には、先端部に大ぶりの宝石があしらわれた、ねじくれた杖が括り付けられていた。
「勇者様は、馬は乗れる?」
ユーディリアが聞いてきたので、俺は首を横に振る。
完全インドア派のニートであった俺に、そんなことができるはずがない。
「わかった。じゃあボクの後ろに乗って」
ということで、ユーディリアの手を借りて、ユーディリアの馬に二人乗りで乗せてもらう。
乗ってみると、馬の背中の上は、予想外に高くてビビった。
10段ぐらいの跳び箱の上に座っているようなもので、視界に移る景色も、ちょっと経験したことのないような高さからのものだ。
しかも、その乗っている10段の跳び箱が動くのであるから、これはもうめちゃくちゃ怖い。
これ、下手に落ちたら、首の骨とか折って死ぬんじゃないだろうか……。
「ボクの体にしっかり捕まっててね。勇者様のプラーナ量なら、落馬しても死にはしないと思うけど」
そう言われたので、目の前のユーディリアの体に、後ろからぎゅっとしがみつく。
やばい、女の子の体とか、すごい柔らかい。しかもいい匂い。
背中に括り付けられた杖が少し邪魔だけど、この際贅沢は言うまい。
「なんか捕まり方が、やらしい気がするんだけど……まあいいや。じゃ、行くよ」
ユーディリアは言って、馬を発進させる。
ユーディリアと俺の乗った馬以外にも、おっさん魔術師たちが、それぞれに馬を走らせて行く。
俺とユーディリアを含めると、総勢は6頭、7人。
聞いたところによると、彼ら全員が精鋭で、小隊長クラスの魔術師なんだそうだ。
ちなみに小隊というのは、だいたい50人ぐらいの魔術師で編成される部隊の規模らしい。
その指揮官クラスばかりが揃っているのだと思うと、壮観な光景だと思えてくる。
ユーディリアの操る馬は徐々に速度を上げ、やがて最高速に達する。
そうなると俺はもう、女の子柔らかいうへへとか、そんな呑気なことは言っていられなくなった。
前方から暴風が襲う中、左右の風景が恐ろしい速度で後ろに流れてゆく。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
いや、速度で言えば高速道路の自動車ほどは絶対に出ていないはずなんだが、自分の身が外気に露出しているせいでリアルに速さを体感できてしまうためか、現代文明の乗り物とは全然別物の怖さがある。
だから俺は必死になって、ユーディリアの体にしがみつく。
いやこれ絶対、振り落とされたら死ぬって。
プラーナ量がどうとか言ってたが……
「なあ、ユーディリア!」
俺は高速で走る馬の上で、目の前にいるユーディリアに言葉を伝えるため、大声で叫ぶ。
「なにー!」
ユーディリアも叫び声で返してくる。
それでようやく会話が成立するほどに、疾走中の馬上というのは、声が伝わらない。
「プラーナ量って、何なんだ! どうしてそれで死ななくなるんだ!」
俺の質問の叫びに、ユーディリアはしばし、考えてから答えた。
「プラーナは! この世界の生物がみんな持っている、体内エネルギーみたいなものだよ! それが多いと、体の周りに、衝撃を吸収するエネルギーの膜を張るから、ダメージに強くなるの!」
……ふむ。
イマイチよく分からないが、漫画やラノベでよくある、『気』とか『念』みたいな、そういうものをイメージすればいいんだろうか。
あの体の周りに、チュインチュインとかゴーってなってて、金色に光るやつ。
ってことは、指先ひとつで刃物を止めたりとか、そういうこともできるんだろうか。
それは熱いな。
「──で、俺のプラーナ量って、多いのか!」
俺がそう聞くと、再びユーディリアは少し黙った。
そして、
「ボクより上! つまり──多分、人類最強クラス!」
そう答えた。
……え、マジ?
なんかこれまでの話を聞いている限り、ユーディリアってすごい強そうな感じなんだけど、それより上なの?
「だけど! それはあくまでも、プラーナの内包量だけの話だからね! 現段階では、ただの役立たず!」
と、ちょっと高揚していたら、ユーディリアさんがしっかり釘を刺してきた。
……ですよねー。
っていうか、役立たずとまで言わなくてもいいと思うんだけどな。ぐすん。
とまあ、そんな話をしつつ。
20分ほど馬を走らせた頃、討伐隊一行は、現場へと到着したのであった。