第2話
部屋に入ってきた少女は、しかし、問答無用で俺を不埒者扱いすることはなかった。
「えっと……ちょっと待ってね」
少女は部屋の入り口で硬直したまま、俺に待ったをかけると、こちらをじっと見たまま考え込む。
何を待ったらいいのか分からないが、とりあえず待ってみながら、こちらもその少女を観察してみる。
さて驚いたことに、その少女。
今俺の下にいる、俺を召喚したお姫様な少女とよく似た容姿をしていた。
というか、そっくりだった。
小柄な体躯、桃色の髪、碧色の瞳、そしてお姫様なドレス。
決定的に違うところは、髪型ぐらいだ。
俺の下で寝ている少女はゆったりとしたロングヘアーだが、今部屋に入ってきた少女はややボーイッシュな感じのショートカットである。
にしてもこれは、双子──それも、一卵性双生児というやつなのだろうか。
とにかく、髪型以外のすべてのパーツが、まったくの瓜二つであるようにすら見えた。
そしてその少女は、こっちをじっと見ながらの思考の後、口を開く。
「いろいろと聞きたいことはあるんだけど、とりあえず、妹の上からどいてもらってもいいかな。さっきから若干、暴漢に襲われているようにも見えて、気が気じゃないんだ」
「……あ、はい」
気が気じゃない、と言うわりに淡々としている少女の言葉に、俺は粛々と従う。
待てと言われたから何も考えずにそのままの姿勢でいたけど、さすがに非常識だった気がしてきた。
……いやまあ、非常識も何も、そもそもの常識がいろいろと崩壊してはいるんだが。
とにかく俺は、ベッドの上からどいた。
そして、カーペットの敷かれた床の上に正座した。
なんかこう、正座せざるを得ない心境だった。
「……? 不思議な座り方をするんだね。それは、あなたの世界の作法?」
そう言いながら、少女は、ベッドの上に横たわる自分と瓜二つの少女へと近付き、その容態を確認してゆく。
胸に手を置き、次には額を合わせ、さらに何やら呪文のようなものを唱えてゆく。
そして、
「……よかった。魔力が枯渇して、意識を失っているだけみたいだ。これなら1日寝れば回復する」
そう言って胸を撫で下ろした。
そして、再び俺の方に向き直る。
「自己紹介が遅れたね。ボクはユーディリア。こっちは妹のセフィーリア。ボクたちは、この“魔の国”の王女だ。それで……あなたは、勇者様っていうことなんだよね?」
少女──ユーディリアは、そう矢継ぎ早に言ってきた。
そう言われても、まだまだ分からない事だらけなんだが、とりあえず俺は、聞かれたことに答えられる範囲で答えてゆく。
「ああ、そっちの子──セフィーリアだっけ? よく分かんないけど、その子に呼び出されたみたいだ。とりあえず、その子は俺のこと、勇者様って呼んでいたな」
「ふむ、そうなんだ……じゃあ、今ボクたちが置かれている状況とかも、さっぱり分かってない?」
「おう」
「むぅ、そっか……何から説明しよう……」
ユーディリアはそう言って、また考え込んでしまう。
と、そのとき。
コンコンと、部屋の扉がノックされた。
ユーディリアが「誰?」と誰何すると、扉の外から、少し焦りを帯びた男の声が聞こえて来た。
「魔術師団グレゴリー大隊所属、第3中隊長のトーマスです。夜分遅く失礼します、セフィーリア姫。お尋ねしたいのですが、ユーディリア姫の所在をご存じないでしょうか? 自室にいないようなので、ひょっとすると、こちらにいるのではないかと思いまして……」
ユーディリアはその声を受けて、部屋の入口まで行き、扉を開ける。
そこには、ネズミ色のローブに身を包んだ、聡明そうな壮年男性──おっさんが立っていた。
「どうしたの、トーマス。こんな時間にボクに用事ってことは、やっぱり魔物絡み?」
ユーディリアが問いかけると、トーマスと呼ばれたおっさんは、ビッと背筋を伸ばす。
「ユーディリア姫! ──はい。東の洞窟付近の村に、トロールが3体、確認されたとの報告が入りました。現在、討伐部隊を編制中なのですが……」
「うん。トロール相手だと、魔術師団の主力じゃ歯が立たないね。数を動員するより、少数精鋭で行ったほうがいい──分かった、ボクも行くよ。ほかの都市との連絡は?」
「はい、取ってはいるんですが、その……王都の近くなので、ユーディリア姫が出れば事済むだろうという意見が有力で……」
「だよねー。いいよ、ほかの都市には、応援はいらないって言っておいて」
「はい。……しかし、都市の連中は、王族を何だと思っているのか……」
「あはは、そういうのはいいって。でもドレスで行くってわけにもいかないから、少し時間をもらえるかな」
「はい、それはもちろん。……ところでユーディリア姫、そちらの少年は?」
と、俺を置いてきぼりにした話を続けていた2人の注意が、唐突に俺の方に向いた。
ちなみに俺、依然として正座中。
男の質問に、ユーディリアはさらりと答える。
「セフィが召喚した勇者様、だって」
「……は? しかし勇者の召喚は、会議で否決されたはずでは……」
──え、何それ? 初耳なんだけど。
ひょっとして俺、召喚されちゃいけなかった系?
「そうだね。だけどセフィは喚んじゃったみたいだ。嘘だと思うなら、彼のプラーナ量を観測してみなよ」
「プラーナ量ですか?」
おっさんはユーディリアに言われて、俺を凝視する。
プラーナ量とか、また俺に分からん話が出てきたんだが……とか思っていると、俺を凝視していたおっさんが、驚愕の表情を浮かべた。
「……なっ……そんな、バカな……!」
「……ね? これを勇者じゃないというなら、逆に驚きだよ」
え、なになに、何なの?
異世界人の俺にも分かるように、説明してほしいんだけど。
「──でも、それより今は、トロールのほうだね」
「はっ、そうですね。事態は一刻を争います」
だけど、俺の内心の狼狽をよそに、ユーディリアたちはさくさくと自分たちの話を進めてゆく。
……うーん、いろいろ心配になってきたが、もう後戻りはできないしなぁ。
なるようになれ、と思っておくしかないか。