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第6話 確かな希望

 あの日から一週間が経った。学校では授業が本格的に始まり、生活面ではバイトをかなり入れていたため和真にとってこの一週間は忙しい日々になっていた。明日は休日で一息つけると思い、すぐ帰路につこうと思っていたが今は夏希のいる部屋の前に来ていた。



「完成したらしいから行け。あいつテンション高くて面倒だからとっと行け」、と孤門先生に言われたからだ。よほどテンションが高くて大変なのか二度も「行け」と言われたところに和真は不安を覚えたが、夏希が作ってくれたデバイスを取りに行かないなんて選択肢はない。


 和真は自身の不安を切り捨て扉を開けた。


 部屋の様子は以前と違っていた。机の上には以前は無かったマイクロチップなどで溢れて返り、床にはフレームの材料があちこちに散らばっている。


 そんな散らかった部屋に一つだけほとんど物が散乱していない場所があった。机の中央に二つ何かが乗っているだけ。そこはまるで暗い舞台にスポットライトを当てたかのように目立っていた。


「あれは……」


「私が作った君のデバイスだよ」


 夏希の声がしたことに和真は驚いた。夏希が物陰にいたせいで和真からは見えていなかった。


「あっ、ここは和真君からは見えないのか。驚かせてすまない」


「えっと、夏希さんは何をしてるんですか?」


「後片付けだよ。私は夢中になると周りを気にしなくなるから今していたんだ」


 和真は夏希を几帳面でありそうなイメージを持っていた。だが実際には一度熱が入るとに夢中になって目的に向かって突き進む、夏希はそんなタイプなのだ。


 スイッチが入ったからこそあの高笑いが出た。そう考えれば確かに頷けることだった。そして作り上げたデバイスのお披露目だからなのか一度は落ち着いたはずの夏希にスイッチが再び入ろうとしていた。片付けをしていた時の少し恥ずかしげな顔を潜ませ、今は研究者の雰囲気を漂わせている。


 夏希は腕を組んだ後、机の上に置いてあるデバイスに向かって歩いて行きながら、機能の説明を始めた。


「君は魔力拡散が速い為、普通の術式では細かい部分が無くなり発動させることが出来ない。ならいったいどうすればいいのか?」


 夏希は言葉一つ一つを強調するかのように区切りながら話していた。問いかけの後、少し間を置いてから説明を再開していく。


「私の考えた出した答えは簡単にすれば良いだ! 細かく効率よく考え、洗礼され尽くした形ではない。水を容器に入れるだけでいいぐらい簡単にだ!」


 夏希は机に置いてあるデバイスの二つのうちの一つを手に取った。操作パネルが取り付けてあるだけで一見機能だけを重視しているように見える白いフレームで作られたガントレット型のデバイス。黒のラインが引かれてあるだけで他に装飾はされていないシンプルなデザインなのに和真には思わず目を向けてしまう魅力があるように思えていた。ずっと求め続けていた自分を変えることが出来る、そんな可能性を持ったデバイスだからこそ和真にそう思わせるのかもしれない。


「これは使用者の魔力を負荷が無いレベルで自動で溜め込んでいく。空気中の魔力素を一緒に取り込み、溜めた魔力と混ぜ合わせる機能も取り付け魔力拡散を少しだけでも抑えることに成功した。だが、このデバイスは自分の魔力を溜めることに特化させたもの、これだけでは充電式の電池だけあるのと変わらない。このデバイスで溜めた魔力を使う本体……それがこれだ」


 次に夏希は黒のフレームで作られたガントレット型のデバイスを手に取った。白のデバイスとは色彩が真逆になっていてフレームの色は黒で白のラインが引かれている。形は少し似ていて操作パネルを無くし、液晶だけが取り付けられていた。


「これは結界を用いて器を作り上げるデバイス。器の内側は通常の結界作用とは逆に魔力を収束させ、内に固定する。魔力が拡散しようと器に入れるため外に漏れることはない」


 夏希の説明を黙って聞いていたが白のデバイスの魔力を溜める機能は必要なのか疑問に思えた。黒のデバイスの機能があれば前もって魔力を溜める必要なんて無いように思えるのだ。


 和真はそのことを尋ねようとしたがその疑問を感じとったかのようなタイミングでなぜ二つデバイスを用意したのか、その理由を夏希は話し始めた。


「分かっているとは思うが、これはセット運用のデバイスで二つはリンクし思考コントロールも可能になっている。つまり頭の中で上手くイメージが出来ていれば設定していた器を簡単に作れるんだが……」


 考えるだけで動かせれる思考コントロールの仕組みを大したことではないように夏希はあっさりと言いのける。これだけすごいデバイスにいったいどんな欠点があるのだろうか。


「例えば器で武器を作り上げたとしよう。それは見た目は武器に見えるかもしれない。けど中身は拡散する魔力を無理矢理内側に収束させている不安定な状態だ。どうしても内側には魔力の無い穴が出来てしまう。密度が無いのに外側から衝撃を与えられたら耐えられず、形を維持出来ない。崩れれば魔力は器から出てしまうから込めた魔力は無くなる。壊されたから何度も作り直していては、瞬く間に魔力が無くなる。その激しい魔力消費を抑えるために魔力保管の補助型デバイス、魔力操作の本体に分けることにしたんだ。特化させれば性能は格段に良くもなるからね」


「なら多くの人が魔力保管のデバイスを持とうとするんじゃないんですか?」


 魔力を余分にストックしておける。メリットしかないのに持っていて困ることはない。和真の疑問はもっともだ。


「誰もは持てないんだよ。これは工夫を凝らして最低限使えるレベルにはしてある。けど、もっといい材料があればより性能を上げられる。……分かったかな、誰もが持てない理由?」


「……なんとなく」


 そこまで聞けば察せれた。高価な物の中でもさらに高い。名家でもなければ買えないくらいのデバイスが魔力保管型なのだ。


「受け取ってくれ。君専用のデバイスだ」


 夏希は笑顔で二つのデバイスを和真に差し出した。


 和真はそれを戸惑いながらも受け取り、手首に取り付け固定する。両手に付けているが重さは全く気にならい。これだけ軽いのなら常に付けていても生活に支障をきたすことはなさそうだった。


「有効的に使ってくれ。これを魔法と呼べるのか分からないし、和真君の望んでいたものとは違っていたかもしれないけど」


「いえ、十分です。これだけ手助けしてもらっていて文句なんかありませんよ。ありがとうございます」


 本心からのお礼をした。和真のお礼を受け取った夏希は照れたように頭を掻いていた。


「君からお礼をされるとなんだか照れるね。母親にでもなった気分だよ」


「なら子供の俺は親を手伝わないといけませんね」


「ふふ、助かるよ。向こうに落ちているものを片付けてくれるかい?」


「はい、分かりました!」






――――――――――――


「あっ! 和真!」


 片付けを終え、下駄箱に着いた和真に誰かが声をかけてきた。振り向いて見るとシオンが手を振りながら歩いていた。


 シオンは図書室で必要な本を借りるとすぐ帰るつもりだったがいつもはすぐに帰る和真が珍しく学校に残るのを知り、待っていたのだ。


 それを知らない和真はシオンが図書室に本を借りにいくことは知っていたため、たまたまタイミングが重なっただけと思っていた。


「本は見つかったのか?」


「うん。和真、今から帰るんだよね。なら一緒に帰らない?」


 シオンの家は和真の学校までの通り道の途中にある。断る理由は無いためすぐに返事をした。


 二人は学校を出てしばらくの間は課題やバイトの話をしていた。和真が荷物の持ち手をかえようと腕を動かした時、制服の袖で隠れていたデバイスをシオンは見付けた。


 今まで和真は腕に何も付けていなかったのに今は付けている。しかもただのブレスレットでもないため、シオンはとっさに和真の腕を掴み袖を捲ってそれを見ていた。


「えっ!? これデバイスだよね?」


「びっくりした! これは今日、夏希さんから貰ったんだよ」


「……夏希さん? そんな人学校いる?」


 和真は当然のことのように夏希の名前を出したがシオンは知らなかった。考えてみれば和真自身、孤門先生の紹介で夏希に会っている。普通は生徒が学校の設備を借りている研究者の夏希と会う機会はないのだ。


「そういえばシオンとは接点がないな。夏希さんは学校の機械全般の整備を請け負う代わりに、設備を使わせてもらっている研究者なんだ」


「研究者の人からデバイスを貰ったの!?」


 シオンは心底羨ましそうな目で和真を見た。高価なものであるデバイスをタダで貰えた。それを聞けば、誰もが羨ましく思う。シオンがこう反応したのも仕方がなかった。


「一応データ取りのためだけどな。ただで貰うのは気が引けるからお礼したいんだけど、お金とかは駄目だろうし……。どうすればいいのか……」


「たしかにデバイスを貰ったお礼するなら大変だろうね」



「…………シオン、そろそろどうしたのか聞かせてもらっていいか?」


 話している最中、シオンはやけに体を揺り動かしていた。その様子は焦っているというより、何かを抑えているようだった。隣でこんなことをされ続けられれば和真も流石に気になる。


「その、操作するところとかを見てみたいと……」


「それぐらい別に気にしなくていいのに……」


「私が気にするの! だって興味があるからそれに飛び付いていくなんてみっともないよ!」


 和真はあっけらかんに言うがシオンは顔を赤くしてそれに反論する。和真にはなんとも思えなかったが、シオンにとって恥ずかしいことらしい。


 和真は見せることに抵抗はない。道に立ち止まってやるわけにはいかないから自分達がどの辺りにいるのかを確認し、この近くにある公園に向けて歩き出した。


 そこは子供の遊び場で賑やかな場所だが、子供は遊具で遊んでいるためベンチの方にはまず寄り付かない。


 程なくして公園に着いた二人はベンチに向かう。案の定、多くの子供がいたがベンチには一人も座っていなかった。


 ベンチに座ると和真は袖を捲り上げ、デバイスを動かそうするがその動きは何だかぎこちない。極めて重大な問題が和真におきていたからだ。


(なんか隣から木とか土の匂いとかじゃない、もっと別の香りが……! 恥ずかしがるならこっちだろ!)


 デバイスの操作を見るには近づく必要があり、和真のすぐ隣にはシオンが座っている。そのせいで隣からシオンの髪の香りや体温が和真に伝えられていた。


 これまでの人生でこんなに女の人と密着したことがなかった為、和真には免疫がまるでなかった。


 隣から伝わることにどぎまぎする和真。それに対しシオンはまるで気にしていない。妙に汗ばんだ左手に力を込めて邪念を振り払い、パネルの操作を始めた。


 いざ動かしてみると思うより簡単にデバイスへ意識が集中していた。指は素早く動き、画面に表示させた情報を和真はどんどん確認していく。


「デバイス名は『白夜』。魔力充填率は15%。あとのことは、もう一つの方の設定をしないとやれなさそうだな……」


 『白夜』は充填率の表示や魔力使用量の調節が出来るが、操作用のデバイスの設定をしなければそれは出来ない。機能的に『白夜』はサポート用のデバイスなのだ。


 和真は『白夜』の設定を後回しにし、左手にある黒のデバイスの画面に目を向けた。『白夜』と違いタッチパネルでの操作だったが、さっきよりも簡単に操作が出来ていた。


「デバイス名は『無月』。形態設定をするには……、これを押せばいいのか?」


 和真はデバイスの表示にそって『無月』を操作し、形態設定の画面に移っていく。


 これをシオンは見ていたが何をしようとしているのか不思議に思い『白夜』と『無月』にはどんな機能があるのかを和真に尋ねた。


 発動に時間が掛かる魔法を瞬時に使えるようセットしておく。それが一般的なデバイスの機能だが和真の持つそれはあきらかに違っているからだ。


 和真は夏希から聞いた自分が魔法を発動させれない原因。そして解決させるデバイスの機能についてをシオンに話した。それを聞くとシオンも理解したが、和真はまず何を作るつもりなのかが気になった。


「今から何を作るの? やっぱり剣とか?」


「いや、とりあえず全身を包むバリアーみたいなのを創るつもりだけど?」


「えっ、何で? それほど耐久力が無いならバリアーなんて意味が無い気がするんだけど」


 耐久力が無いバリアーなんて意味はない。攻撃を防ぐためのバリアーとして使うのならシオンの言う通りだった。だが和真が求めているバリアーは違う。


「攻撃を防ぐバリアーじゃなくていい。衝撃緩和のために使うつもりなんだ」


 直接攻撃を防ぐバリアーではなく、衝突の衝撃を和らげるためのバリアー。


 力がそれほど強くなく、スピードに比重を置いた戦闘方法をとる和真にとって防御は欠点だ。攻撃を避ければいいが無理ならダメージが最小限ですむよう防ぐしかない。だが防ぐ方法は手甲でガードか身体を小さくして当たる部分を極力小さくするぐらい。これぐらいでは相手の勢いに押され弾き飛ばされてしまっていた。その際、地面等の衝突の痛みで立ち直りが遅れることが何度か起きていた。和真はそれをなくすために衝撃を和らげるバリアーを考えていたのだ。


「攻撃は防げなくてもエアバックみたいには出来ると思ったからな」


「衝撃緩和かぁー。脆い武器じゃ意味無いのは一緒だし、地味だけど……確かにいいかもね」


「……手堅くいきたいんだよ。地味なのはほっといてくれ」


 慎重にいこうとするのは経験上細かいことの積み重ねをして生きてきた和真にとって当然のことだった。あの事件では泥の橋を駆け抜ける必要があったが、どちらかといえば和真は石橋を叩いて進むのタイプだ。地味なのは自覚はしていたし、半ば諦めていたことだがあらためて言われてみると思いのほか傷付いた。


 この会話の後、和真は黙々と設定を続けることになった。頭の中で器を考える。『無月』は思考コントロールを使ってイメージを必要としていた。


 魔力を光の塊のように捉え、それで全身を包み込ませる……、和真は頭の中の器のイメージをどんどん膨らませていった。


 それが定まると電子音を鳴ら響いた。画面には〈COMPLETE〉と表示され登録が完了したことが分かる。


 集中が途切れたため和真は体を伸ばし、固まった体をほぐしていく。


「やっぱりいいなぁ。デバイス持ってるとカッコいいし、私もちょっと頑……」


 シオンの言葉が途切れた。顔を向けてみるが口は動いているのに声はまったく聞こえない。何が起きているのか。考える暇も和真には無かった。連鎖的に次の異常が襲いかかる。


(なんだ、これ? 何か、引きずり込まれているような、この感じ……)


 知っているのに、知らない。これを懐かしく思う部分もあれば激しく嫌悪している部分もある。そんな矛盾した違和感を和真は感じていた。


 崩れそう落ちそうな心をなんとか保たせながら、和真は立ち上がり辺りを見回す。人影はあるのに声はおろか音すらまったく聞こえてこない。


「……収まったのか?」


 いつまで続くのか気が遠くなり始めた直後、突然違和感はなくなった。風の音、子供達が走り回っている音、子供達の笑い声。ここに本来あるべきの音が周りに戻ってくる。


 精神が身体から無理矢理引き抜かれていたかのように感じ、そのときの疲労が一気に和真へ襲いかかってくる。


「ど、どうしたの? 急に立ち上がったりして」


「シオンは何ともなかったのか?」


「どういうこと?」


 何とも無いような顔をしてシオンは驚いていた。驚くといっても和真が急に立ち上がったことにだった。公園にいる子供も誰一人異常を覚えてはいない。つまりあの異常は和真しか感じなかったということだ。


(俺しか分からなかった? なんだよ、それ!)


「シオン、悪い! 俺ちょっと用事思い出した」


「へっ? 和真!?」


「また明日! 学校で!」

 シオンの返事を待たず、公園から走り去っていく。和真はただ嫌な予感だけを感じながら走った。まるで何かに取り憑かれたかのように走り続けた。



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