第7話:真夜中の図書館、あるいは魔法の起源(オリジン)
「……結論から言うと、この世界は巨大なプログラムで動いている。俺たちが『魔法』と呼んでいたものは、古代文明が遺したナノマシンのバグだ」
王都の裏路地にある我が探偵事務所。薄暗いオイルランプの明かりの下、俺――探偵ツヨシは、セバスチャンが迷宮館で落としていった原書を読み解きながら、戦慄の表情でそう告げた。
事務所の薄暗い灯りの下、俺は原書のページをめくる指を震わせていた。古びた羊皮紙には、言語とは思えない幾何学的な記号と、複雑な数値データが整然と書き連ねられている。
「見てくれ、エリス。この数値、以前俺たちが植物園で解析した『石化魔法』の魔力残留量と完全に一致する。これは魔力じゃない。ナノマシンを制御するための、コマンド入力の履歴だ」
俺はデスクの上で、これまで収集してきた証拠品を並べた。侯爵邸の密室に使われた魔導具の破片、迷宮館の空間歪曲を生んでいたコア。それら全てが、ただの『魔法の道具』ではなく、特定の命令に従って物質を再構成する『ナノマシンの集合体』であることを物語っていた。
「俺たちの世界で言えば、コンピュータのOSがバグを起こして暴走しているようなものだ。魔法使いが杖を振るうのは、端末から制御コードを入力しているに過ぎない。この世界の理は、物理法則ではなく、誰かが設計した『システム』によって規定されていたんだ」
衝撃の事実だった。
俺が信じてきた「ミステリーの論理」が、この世界では「デバッグ(不具合の修正)」と同義だったとは。これまで俺が魔法を論理で看破できていた理由は、魔法が超自然的な力ではなく、一定の法則に基づいた「システム」だったからだ。
「納得がいったよ。なぜこの世界の魔力障壁が化学物質で中和できたのか。なぜ密室の扉が物理的な力で操作できたのか。全ては、システムが物理的な干渉を許容する『パラメータ設定』になっていたからだ」
俺は原書を閉じ、深く息を吐き出した。
「だが、さらに恐ろしいのはここからだ。この王国の権力中枢、あるいは『影のチェスボード』の連中も、薄々この世界の正体を知っている。彼らはシステムを修正するのではなく、魔法を宗教化し、民衆に神聖な力として信じ込ませることで、この世界の管理権を独占しようとしているんだ」
「えっ? プログラム? ナノマシン? ……ああ、わかった!」
俺の重苦しい説明を聞いていたエリスは、パッと顔を輝かせた。彼女の瞳には、俺の論理的な説明とは全く別の「異質な理解」が渦巻いている。
「つまり……この世界は、すっごく偉い『魔法使いの王様』が、頭の中の妄想を現実にするために、ちっちゃな妖精さんたちを大量に雇って、世界中で24時間交代でドッキリを仕掛けてるってことだね!」
「……は?」
「妖精さんたちが疲れると魔法が弱くなるから、だから『魔力切れ』とかあるんだよ。なるほど、納得! ツヨシってば難しいこと言ってるけど、結局は『妖精さんの過重労働』が原因なんでしょ?」
エリスは誇らしげに胸を張る。俺はこめかみを強く押さえた。
「違う。妖精なんて一匹もいない。ナノマシンだ。機械だよ。微細な機械が環境を制御しているんだ。いいか、エリス。この世界の理は物理とデータで構成されていて……」
「わかった、わかった! つまり妖精さんの中に、もっと偉い『妖精リーダー』がいて、そいつがサボってるんだね! そのリーダーを捕まえて、キビキビ働かせればいいんだ。天才かな私?」
「どうしてそうなる! 妖精リーダーなんていない!」
俺が必死に図解を試みるが、エリスの変換能力は凄まじい。この世界の謎は、彼女の中で「妖精のストライキ」というファンタジーな解決策へと昇華されてしまった。しかし、彼女の「妖精さん(=システムの中枢)を探そう!」という強引な方針は、奇しくも原書の記述が示す「システムの管理者権限の在処」と一致していた。
「よし、情報の出所を突き止めるぞ。王立学園の図書館だ。そこにある『魔法学園』の禁書アーカイブこそ、妖精さんの……いや、システムのソースコードがあるはずだ!」
俺たちは深夜の王都を駆け抜け、厳重な警備が敷かれた魔法学園へと潜入した。
目指すは、広大な図書館の地下に隠された「禁書アーカイブ」。そこは、この世界の「魔法」に関する全ての記述が収められた、いわばシステムのディレクトリだ。
しかし、館内に足を踏み入れた瞬間、空気が凍りついた。
学園の図書館は、まるで生き物のように歪み、侵入者を拒む結界を張り巡らせたのだ。
「来たね、侵入者。……いえ、管理権限を奪いに来た泥棒さんたち」
図書館の奥底から、無機質な声が響く。学園の生徒たちが、まるで操り人形のように目を光らせ、俺たちを包囲した。
「パニック・ホラー的な状況か! 東野圭吾的な『学園の闇』と、ゾンビ映画のパニックを混ぜたような状況か! 既視感がありすぎて、逆に何が起きるか予想がつかない!」
俺が既視感に戦慄している横で、エリスはやる気満々に杖を構える。
「ねえツヨシ! この結界、魔法じゃ破れないみたいだよ。どうすればいいの?」
俺は書棚の配置や、図書館の構造を論理的に分析した。
「……なるほど。この結界を解くためには、学園内に隠された物理的な『マスターキー』が必要だ。それは魔法の力ではなく、古代文明の遺物である『物理的なカードキー』だ。それがなければ、システムの深部にはアクセスできない」
「えーっ、そんな鍵、どこにあるの!?」
「物語の構成上、こういうアイテムは必ず『一番怪しい場所』にあるものさ。行こう、エリス。この学園という閉鎖空間の最深部へ!」
「よし、ツヨシ! 学園の壁を全部剥がして、妖精さんの指揮所を突き止めよう!」
「お前、探偵事務所をクビにするぞ! いいか、今は壁を剥がすな! 結界のアルゴリズムを見切るんだ!」
俺と助手の、世界をデバッグするためのドタバタな戦いが、今まさに始まろうとしていた。




