第5話:魔法使いの助手は、論理を爆破する
ふらりと一人の少女が事務所に入ってきた。前回の事件で俺に論理でやり込められた、魔法学院の落ちこぼれ・エリスだ。彼女は周囲の山積みになった野菜を見てケラケラと笑う。
「ねえねえ探偵さん。なんかすごく賑やかだね! 私、この『悩み相談屋』の助手になりたいんだけど、どう?」
「だから、ここは探偵事務所だってば!」
俺が叫ぶ横で、エリスは勝手に看板を『ツヨシ&エリスの魔物退治・何でも悩み相談所』と書き換えていく。
「やめろ、おい! 俺の探偵としてのプライドが……!」
こうして、俺の探偵事務所は、魔法とドタバタが渦巻く、史上最高に騒がしい職場としてスタートを切ることになった。
俺の論理的な捜査は、果たしてこの「何でも屋」の日常の中で生き残れるのか。まあ、案外、この混沌とした日常の中にこそ、俺が求めていた「最高のミステリー」の種が隠れているのかもしれないな。
……とりあえず、山積みのキャベツの山をどうにかしないと、事務所が野菜で密室になってしまう。
これが俺の、異世界探偵としての、極めてコミカルで、極めて理不尽な日常の幕開けだった。
「おい、いい加減にしろ。ここは探偵事務所だ。魔法の実験場じゃない!」
王都の裏路地の一角、俺――ツヨシの事務所に、朝から乾いた爆発音が響き渡った。
犯人の黒幕へ繋がる鍵を握る少女、エリス。前回の図書館での騒動の後、彼女はなぜか「あなたの論理っていうのが気になるから」という身勝手な理由で、俺の助手として居座っている。
彼女は天才的な魔法の使い手だが、その思考回路は壊滅的だ。
「ツヨシ、見て! この魔力回路をいじったら、お湯が沸かせるはずなんだけど、なぜか隣の部屋の窓ガラスが全部割れちゃった。不思議だね!」
「……それは不思議じゃない。魔力の流路が逆流しただけだ。物理現象として完璧に説明がつく」
俺が溜息をつきながら書類を整理していると、事務所の扉が激しく叩かれた。
現れたのは王立警備隊の隊員だ。蒼白な顔で「緊急事態だ」と告げる。
「王立植物園で事件だ。庭師が石化されて死んでいる。周囲は堅固な魔法障壁で守られていたはずなのだが、なぜか犯人の痕跡が一切ない。完全に……『何もない空間からの攻撃』だ」
俺は立ち上がった。
「完璧な密室か。クリスティの好物だ。エリス、行くぞ。……余計なことはするなよ」
「了解! お任せを!」
植物園は、魔法で育成された巨大な熱帯植物が立ち並び、人工の小川が流れる美しい場所だった。中心部には、頭から石化した庭師が倒れている。周囲には、魔法障壁を維持するための魔石がいくつか砕けていた。
「どう思う、エリス?」
俺はルーペを使い、現場の土壌や砕けた魔石の破片を細かく調べ始めた。石化魔法は、人体に含まれる水分を強制的に鉱物へ置換する高度な術式だ。
「うーん」エリスは小首を傾げ、宙に指を向ける。「この辺り、変な魔力の残り香がある。多分、犯人は北の方向へ飛んでったよ! 今すぐ追いかけよう!」
「待て。足跡一つない地面をどうやって飛ぶんだ。……論理的に考えるんだ」
俺は庭師の死体から数メートル離れた地面に、微かな『へこみ』を見つけた。それは植物の根元に隠れた、極めて小さな穴だ。
「エリス、魔法でこの穴の深さを調べてくれ」
「そんなの簡単だよ!」
エリスが杖を振るうと、小さな光の塊が穴へと注がれた。しかし、彼女の加減を知らない魔法は、穴を調べるどころか、周辺の土壌を豪快に吹き飛ばした。
「あああ! 土が! 花壇が!」
「ごめん! 失敗!」
吹き飛んだ土の先、そこには小さな金属製のパイプが転がっていた。
俺はそれを拾い上げた。内部には、わずかに酸の匂いが残っている。
「これは……魔法の石化じゃないな」
俺は庭師の石化した肌を注意深く観察する。石化魔法なら全体が均一に鉱物化するはずだが、この死体は部分的に『腐食』している。
「犯人は、魔法使いのふりをした『科学者』だ。このパイプから、特殊な化学物質を噴霧したんだ。魔法障壁は、魔力による侵入は防ぐが、物質の透過までは制限していない。犯人は、この園内の植物に擬態して装置を仕掛け、遠隔操作で庭師を殺害したんだ」
「えーっ? 難しいこと言ってると犯人逃げちゃうよ!」
エリスが飽きれ顔で杖を振り上げる。
「待て、まだ犯人の場所を特定……」
俺の言葉が終わる前に、エリスが園内の巨大な食虫植物に向けて光弾を放った。
「あそこが怪しい!」
爆発とともに食虫植物が粉砕され、その中から隠れていた男が転がり出た。男は驚き、逃走を図ろうとするが、エリスの追撃が容赦ない。
「逃がさないよ!」
再びドカン、と魔法の炸裂音。男はあっけなく気絶し、周囲の花壇は壊滅した。
「……お前なぁ。推理の面白さを台無しにするな。男の持ち物から、この犯罪組織の手がかりが得られたかもしれないだろう」
「でも、勝ったよ! 犯人は捕まったし、解決だよね!」
エリスは俺の渋面を見て、ケラケラと笑う。
確かに、俺の論理的な推理は、彼女の強引な直感と圧倒的な武力によって完膚なきまでに叩き壊された。しかし、悪くない。
「……まあいい。君の『魔法』という破壊力が、論理の壁を突破する鍵になることもあるかもしれないな」
俺は男の所持品を調べ始めた。そこにはやはり、『影のチェスボード』の刻印がある小さな鍵が入っていた。
この国の隠された闇を解き明かすための、新たな断片。
「よし、行こうか、助手」
「うん! 次はどんな謎を爆破すればいい?」
「……爆破はしないでくれ。頼むから」
俺と魔法使いの凸凹コンビは、静まり返った植物園を後にした。
魔法という名の幻想を論理の光で追い詰め、時折、助手によってそれが派手に爆破される。俺の異世界でのミステリーは、どうやら今後、より騒々しく、そしてより最高なものになっていきそうだ。
王都の夕暮れは、今日もまた何かを隠そうとしている。
俺は助手を見守りながら、次に現れる『論理の穴』を探し始めた。




